第69回『アンフェア the end』
世の中にはフェアな事なんて何も無い。
目には目を。復讐には復讐を。
アンフェアには、アンフェアを——
そういうナレーションで始まる、このドラマ。
ずいぶん息が長い作品で、やっと今回の劇場版で完結。(……だと思う)
このシリーズを見るたびに思うのだが、自分を主人公である雪平刑事(篠原涼子)に自分を投影して見ていると、本当に切なくなる。苦しくなる。
もし、自分がこの立場だったら、と考える。
信じたのに、裏切られる。
彼女の場合は刑事で観察眼が鋭いがゆえに、完全に騙されるというよりも、ちょっとしたヒントから途中で相手の裏切りに気付けてしまう場合が多い。
だからと言って、受けるショックが軽くなることはない。
結果として最悪になることを避けられるというだけで、受ける心の傷は同じだ。
人間雪平は、強いけれどそういう時、状況を受け入れるために必ず口にする言葉。
『……バカか、お前』
アンフェアにはアンフェアを——
そう言っておきながら、結果として雪平は、犯人に対して誠実を貫いている。
もちろん、具体的な対処というより心の姿勢のことで。
今作でも、最終的な犯人(雪平の父を殺した犯人ではなく、今作のメインの事件の犯人)に対し、途中で気付きながらもその人物を犯人としてではなく「人間」として接する姿勢を貫く。
目の前の犯人を、その罪ではなく事情と
まるでキリストを想わせる雪平の生き様は、アンフェアにはアンフェアをどころではない。
アンフェアなのは誰か?
究極には、この二元性世界を生んだ存在。
そのことがなかったら、すべての問題がなかった。
争いがなかった。苦痛もなかった。悲劇もなかった。
作ってしまったら、そういったものが魑魅魍魎のように無限に生じることは分かっていた。まさに確信犯である。
皆さんは、この世界を生じさせたやつが憎いか?
仮に、そいつがこの世界を作らなかっとしたら?
あなたが「幸せ」と感じたその時は消える。
喜び。感動。愛。笑い。きらめくような思い出——
そのすべてが消える。
どちらか都合の良い方だけ、というのは無い物ねだりである。
相対世界で生きる限り、対になるもの同士セットになる。
時々、「意識が現実化する。最初から幸せだけなんか無理、と決めつけるからそういう現実になる。できる、と心から信じればそうなる。幸せ100%になる!」というスピリチュアル的主張がある。
これは、精神世界をまったく分かっていない。
指導者がこれを言うのであれば、指導者としては最悪である。
究極にアンフェアなのは、そもそもこの世界を出現させたやつだが——
宗教や一部スピリチュアルが言うように、「愛の神」ではない。
この世界を、「愛」のゆえに作ったのではない。
あちら(創造者次元側)は、こちらと次元の違う、まったく異質な意識構造をもつ。こちらの話が通じない。あちらには、「かわいそう」「こんなの間違っている」 がない。
すべてがアリで、すべてを平等に「可能性」として見ており、すべての可能性を存在させるべく機械的に処理するので、こちらの目には冷たく見える。
ターミネーターに命乞いをするようなもので、あちらがかわいそうに思ってやめてくれるということはない。ただ粛々と、あらゆる可能性をマークする「回収業務」をこなすのみ。
アンフェアな上位次元存在に怒っても文句を言っても、何の効果もない。
悔しいが、我々はせめて自分たちで何ができるのかを考えるしかない。
ふたつ、ある。
世界からアンフェアは消滅しない。
永遠に。絶対。個としての分離をやめない限り。
なくならなくても、戦い続けること。
そして、この二つ目がより重要なんだが——
●できるだけ長く生き延びること。
もちろん、自分ではどうしようもない状況というものが来たら仕方がない。
それは、「お迎え」である。
あなたが望める限りにおいて、可能なだけ生き続けろ、ということである。
そこに、勝機がある。
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