第48回『ジャージー・ボーイズ』


 【ストーリー】


 ニュージャージー州の貧しい町で生まれ育った4人の青年たちは、その掃きだめのような場所から逃れるために歌手を目指す。コネも金もない彼らだが、天性の歌声と曲作りの才能、そして素晴らしいチームワークが生んだ最高のハーモニーがあった。やがて彼らは「ザ・フォー・シーズンズ」というバンドを結成し、瞬く間にトップスターの座に就くが……。



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 クリント・イーストウッドがやってくれた。

『グラントリノ』などで知られる、映画俳優だけでない才能を発揮する監督の作品。

 ブロードウェイの大ヒットミュージカルを基に描いたドラマ。私は世代的なズレでフランキー・ヴァリという人物のことは知らない。ましてや『フォー・シーズンズ』というグループ名も記憶にない。

 ただ、『君の瞳に恋してる (Can't Take My Eyes Off You )』という曲は、有名すぎて、メロディーを聞くと私でも「ああ、あの曲」と何とか分かる。

 そんな調子だから、フォー・シーズンズを身近に知らない私が映画見て、楽しめるだろうか? という心配があったが、杞憂に終わった。

 見事だ。

 見終わったあとで、何も言葉がない。

 もしかしたら、「思い出のマーニー」 という作品を見た時みたいに、気持ちが前面に出すぎてレビューが普通に書けないのではと思った。でも、一日寝てみたら落ち着いたので (笑)、やはり書いてみることにする。



 世界的に成功すること。名声を得ること。栄光をつかむこと。

 その立場にない者は、光の部分ばかりを見てまぶしがり、うらやむ。しかし、強い光のもとには影ができることを忘れないほうがいい。この世界においては。

 まさに、栄光と挫折。

 苦しみもあった。確執も恨みも。

 何かを大切にしようと思うほど、遠ざかる。そして歌を優先すると、他の大切なものは気が付けば遥か遠くへ——

 二度と、取り戻せない距離へ。



 主人公の四人は、人として未熟な点は多かった。

 意見の不一致はしょっちゅう。

 ケンカも、裏切りもあった。

 ただそれでも、そこには音楽があり続けた。

 涙もあった。立ち上がれないのではないかと思える悲劇もあった。

 でも、音楽だけは裏切らず、いつも彼らとともにあった。



 メンバーの裏切り。活動の忙しさから放置していた家族を襲う、数々の不幸。

 打ちひしがれるフランキー・ヴァリ。

 家族をも守れなかったオレが、歌で人を幸せにする?

 バカな。とんだ道化だオレは——。

 彼は、歌う理由を見つけられなくなった。



 メンバー四人のうち、二人が決別。

 最後まで残った一人(作曲担当)のボブが、ある曲を持ってくる。

 抜け殻のようなフランキーに、譜を見せて言う。「意見を聞かせてくれ」。

 反応もなくいい返事ももらえないボブだが、フランキーを信じて楽譜を置いて行く。その晩、ボブのもとに一本の電話が。

「……こことここ、工夫しすぎて安っぽいな。変えないか?」



 そうして、大々的に発表された名曲、『Can't Take My Eyes Off You』。

 君の瞳に恋している、という邦題で馴染みのある曲である。

 数々の苦悩があっても、押しつぶしきることができなかった「歌手魂」。その血の前には、愛する者の死も裏切りの苦さも、勝利を収めることはできなかった。

 映画におけるこの場面は、全体の一番の見どころと言ってもいい。

 酸いも甘いも昇華したフランキーの歌声は、人々の心をつかんだ。



 ラスト。

 全キャラが出てきてのコーラス。

 いがみ合った人物も、別れたあの人も、皆明るく歌う。

(もうこの時点では映画は終わり、リアルな世界観からは飛びぬけている)

 ひとつのドラマが、夢が終わった。

 もう、脚本を演じていたキャストはその脚本上のふるまいを止め、「お疲れ」と肩をで飽き合う。

 私は最後、映画『タイタニック』のラストシーンを思い出していた。

 事故で死んだ乗客たちが、天寿をまっとうした乗客最後の女性(ケイト・ウィンスレット)を、笑顔で迎え入れる。彼女をかばって死んだレオナルド・ディカプリオもいて、再び魂が出会った二人を祝福する。



 そうだな。私の今いる場所はどこか。

 そしてそれはどういう性質のもので、そもそも何をしに来たか。

 すべての人が壮大な演劇の役者たちだと、仲間だと知りつつも、今日も自分の役をやる。批判してくる人も、利害が合わない人も究極仲間(同じ劇団員)だが、この世界では言い返したり、嫌ったりしてみる。

 色々あるけど、これはこれで味わいのある世界なのだ。



 この映画は、是非鑑賞してほしい。

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