第29回『銀の匙』

【ストーリー】


 北海道の農業高校に入学した主人公が、酪農実習や部活に苦悩しながらも仲間たちと絆を深め、農業をめぐる理想と現実のはざまで葛藤しつつ、命の大切さを学んでいく様を描く。



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 内容、展開共に地味だが、それでもオススメできる映画ではある。



 この映画には、「夢がない」 主人公が登場する。

 いい大学、いい会社に入ることが成功と考える厳しい親のもと、息苦しさに耐えかねた主人公は、全寮制の農業高校に入学。夢や目標があるわけではなく、ただ親から離れたいという一点の動機で、全寮制を選んだだけである。

 いざ入学して見ると、めっちゃ「気合い」の入った学校だった。

 何らかの形で、酪農に夢や目標をもった猛者たちの集まりであった。

 朝4、5時起きくらいは当たり前。

 生き物を扱うので、きれいごとだけでは済まされない世界である。

 情熱があればこそ、つらい作業も苦にならないのだが、動機が弱いとただの苦行。

 主人公は、しばらくはハードなスケジュールに振り回される毎日になる。



 ある日のこと、主人公は校舎内で校長先生に出会い、声をかけられる。

 会話の中で、主人公は将来の夢を聞かれ、「実は夢がないんです」と正直に言う。

 すると、驚くべき(いい意味で、その手の学校の校長らしからぬ)答えが校長先生から返ってくる。



「夢がないって、それはいいですね」



 要するに、いい風に解釈すれば「これから何にでもなれる」可能性を秘めているということ。私もそう思うが、さすがに一般向けに「夢も希望もなくてもいい」とは発信しにくい。

 だから、ちょっとマイルドにして、私ならこう言う。



●夢や希望、目標は持っていい。

 しかしそのかなえ方を逆算し、固定したイメージを持たないでほしい。



 あなたは、あなたの宇宙の主人公であり王であり、創造主である。

 あなたが、例えば芸能人になりたい、という夢をもつ時——

 平均的な人間が、ついつい考えてしまうことは何か。

 その夢のかなえ方を、無意識にイメージしてしまう。

 芸能人になるなら、タレント養成所に試験を受けて入り、下積みしてからオーディションなどでチャンスをつかむ、とか。

 そして、宇宙の王である『ご主人様』である、そんなあなたの意向を、宇宙は汲み取ってしまう。悪気なく。

 だから、必然的にその人が夢をかなえるのに、そのルート以外の可能性が薄くなる。(宇宙に絶対はないのでゼロにはならないが、かなりの確率で起こらなくなる)



 大人は、どうしても「地に足をつけたい」傾向があるので、夢を持つ時そのかなえ方さえも同時に固めてしまう。そこは謙虚に、子どもに学んだほうがいい。

 子どもが夢を持つという時、実に無責任である。根拠もない。

「ボク、将来パイロットになる!」

「わたし、将来歌手になるの!」

 幼稚園児がそう夢を語る時、彼(彼女)らはパイロットになるため航空大学に入り航空力学を学び、ライセンスを取らねばなどと考えていない。また、歌手になるにはオーデションを受けて、東大に入るより大変な競争率を勝ち抜かねばならない、などと考えていない。



●でも、それがいいのだ。

 決めつけがないから。



 歌手や芸能人の話でいけば、街角でスカウトされる、という可能性があってもいいのだ。でも、多くの人の頭にあるのは「世の中ってそんなに甘くない」という、カッコいいがくだらない常識である。そのように意識内で前提を持つからそれが実現しているのであって、決して「世の中シビア」ということが真実だから、ではない。

 だから、夢や希望は持っていいが、最終ゴールを思うだけにしておいたほうがいい。でないと、あなたが常識的に考えるそのやり方がエネルギーを持ってしまう。

 もちろん、自分で考えて計画して、その通りやっていくことに喜びを感じる人もいるだろう。それはそれで、悪くない。

 ただし、自己責任で。

 この世界はゲームなので、うまくいくとは限らないのがつらいところだ。

 いや、だからこそ挑む価値のあるのが人生だ、と言うべきか。



 筆者個人のことを言うと、夢や希望を具体的な形として「描きすぎなかった」からこそ、今があると感じている。

 本当に、予想外のプロセスばかり起こっている。やはり、先のことに意識を持っていかれることなく「今という時に在る」ことが最強だ。

 先の事は考えず(もちろん、考えたければ考えていい)、目の前の出来事や取り組む対象に対して、一期一会の思い、全宇宙がそこにあるという思いをもって在るということが本当にオススメである。この世、というゲームの攻略本を出すとしたら、このことはトップ記事になるだろう。



 主人公は、酪農実習で豚を育てる。

 赤ちゃんの頃から付き合うことで、愛着が湧く。でも、豚なんて牛みたいに乳が飲めるわけではない。最初っから、全部食用目的である。

 豚の出荷の日が近付く。

 主人公は、担当教官に「その豚を自分で買い取りたい」と申し出る。

「情が湧いたから、殺したくないということか? 死ぬまでペットとして飼うつもりか?」

 そう問う教官に、主人公は一言。



「いえ。肉になった状態のコイツを全部買い取りたいんです」



 後日、精肉化された豚がダンボール数箱分届く。かなりの物量である。

 それを、燻製室でベーコンにする。

 すると、いい匂いが農業高校全体に立ち込める。

 それに誘われ、かなりの数の学生がやってくる。

 そこで、豚肉が皆に振る舞われる。

 そのまま食べてもうまい。中には、カレーにしたりチャーハンの具にしたりと、調理をしだす者も出てくる。色々な調理道具や他の食材も持ち込まれ、その場は幸せ感いっぱいのムードに包まれる。

 主人公は、満足気に自分が手塩にかけて育てた豚を食べるのである。



 そのシーンは、私の一番のお気に入りである。

 これが、「生きるということ」なんだと思った。

 命をいただく。植物も動物も、変わりはない。

 動物の肉食に目くじらを立てる人がいるが、それはひとつのとらわれである。

 結局、原子単位で見たら、原子同士の間隔のパターンの違いしかない。

 意味付けをするのは、人間の認識能力……つまり思考でしかない。

 そして、その思考を裏で操る黒幕は、感情である。

 この感情というやつは基本素晴らしいのだが、潜在的に持つパワー量がすごすぎるので、使い方を誤るとやっかいなことになる。元栓を思いっきり全開にしたホースを想像してもらったらいい。自分の庭に水をやる分にはいいが、道路や他人に向いたらおもいっきり水がかかり、迷惑だ。



 私は、菜食主義もひとつの素敵な生き方だと思う。でもどんなに良く聞こえる信念であろうが、他人に押しつけだしたらゴミに成り下がる。

 私は、菜食を優雅にお楽しみの方には敬意を払うが、肉食を批判したり見下したりするのは、アホかと思う。

 私は、誇り高き肉食人間である。お肉大好き、である。

 菜食主義と肉食OKの方が、ともすれば仲良くなれない状況を結構目にする。

 お互いに、気持ちよく自分のやり方を守れたらそれでいいじゃない。

 生きていたら、ポリシーを変えたくなる時もあるかもしれない。それは、その時でいいじゃない。

 世界中をひとつの価値観に統一しようとするのではなく、あなたが自分の信条に気持ちよく生きることで、その姿を見ていいなと感じた人が仲間になる。その範囲でいいじゃない。

 完璧主義は、多くの苦痛を生む。皆を1日でも早く菜食に、なんてやってると心労が絶えないだろう。

 食用目的で動物を殺すことを受け入れられない人は——



 自分の身近な人が殺されたら、その殺した人間を一生許せないタイプの人だろうなぁ。で、死ぬまで「許せない」を手放せないでゲームオーバーして……

 何度輪廻(コンティニュー)しても次へ進めない、ってタイプだろうなぁ。

(ま、それもいいけど)



 肉が売られている。自分で解体せずとも、調理されたものも手に入る。

 私は、今ここを生きている中で、肉が簡単に手に入り、肉を食うというシナリオを生きている。私は、難しく考えたことはない。だって、おいしいから。現に、食べるということが起こっている。

 仮に世界が変わって、「自分で家畜を殺して解体しないと肉は手に入れられない」 という世の中になったら、あるいは肉食をやめるかもしれない。でも、それはそうなった時の話でいいじゃないか。今簡単においしく食べられるものを、何でわざわざ殺されるシーンを見ろ! これでもあなたは食べたいか? などと見せられて考えなきゃいけない?

 私からすれば、極端な動物愛護は犯罪の域である。迷惑千万。

 今したいよういにすればいい。未来までシュミレーションして、今そうありたい在り方まで変えなきゃいけないなんて、この世界の人間はどんだけ合理主義の機械化人間なんだ?



 かわいそう、という視点は的外れである。

 命に対する、一種の見下しである。

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