第3話トビト記1
冥界の宮殿、サリエルは側近達と供に浄玻璃鏡の前である一人の男を見ていた。
「オシリス、彼は中々良い男ではないか?誰も見向きもせず、朽ち果てウジにまみれた死体を葬っているよ。彼の名は何と言うか?」
「アッシリア捕囚ナフタリ族のトビトです。記録によれば、少し前にラファエル一行と接触しています」
オシリスは訝しげに応えた。
「皇子。私は育ての親の1人として、異星の神に感化された者にこちらから接触を図るのは反対です。先代冥皇の言い付け通り、成人されたら兄上から冠を受け継ぎ冥皇の定めを受け入れるべきです」
「洗脳された兄が本当に帰って来ると思うか?」
「どうか2人の兄上を信じてあげてください」
「諸々の国を滅ぼし、汝等の仕事を増やした張本人よ。幼い私はお前達に世話になるしか出来ないのだ。せめて私自ら迎えに行きたい」
サリエルはオシリスとハーデスに暫くの事を託すとトビトの元へと向かった。
トビトはラファエルの教えに感化され善行を積み、いつか主の側に侍る日を夢見ていた。
今日もトビトは中庭で主に祈りを捧げている。サリエルはトビトの背後からそっと近づくと眩いばかりの光を発しトビトの目を眩ませた。
「ナフタリ族の善人よ、お前はこれから神の子を授かる事になるだろう」
「貴方は御使いか!?」
「そのような者だ。神はお前の死者への敬意を特に嬉しく思っていらっしゃる」
「神がそう仰られるなら私は誰にも葬られない死者を埋葬すべく旅に出ましょう。ああ、主のためなら私は人だけでなく小さな蟻に至るまで全てを埋葬し立派な墓を造りましょう。例え私財を投げ売って困窮しようとも」
サリエルは笑いを堪えるのに必死だった。
「ああ、主よ。もしそれでも墓が足りぬと言うならば妻子を売ってでも墓を立てましょう......」
そう言い終えるとトビトが後ろを振り返りそうになったのでサリエルはトビトの頭を両手で固定した。
「トビトよ、お前の目は直に見えなくなるだろう。これは主のために妻子を売ろうとしたお前への罰だ。だが、これから生まれる子供を旅に出すがよい。アクタバナにその旅の目的がある」
「アクタバナに?」
「取り敢えず、13年後この場所から最短距離でアクタバナを目指すのだ。途中でアザレアと名乗る男に会うだろう。その一行に息子を託すがいい」
「待ってください。アザレアは私の師です。世界を旅する神の使徒です。その一行に同行させろと言うのですか!?」
「大丈夫、そなたの息子はやがてそなたの元へ帰ってくるだろう。アザレアと言う男がそなたの目を癒すヒントとなろう」
サリエルはトビトを眠らすと次はトビトの妻アンナの元へ姿を現した。
「貴方は!」
「私は、神の命を受けた天使である。そなたはこれから神の子を生むのだ」
アンナは突然目の前に現れたあまりにも美し過ぎる青年に一瞬のうちに魅了され心を奪われた。
「貴方の子を......」
「いや、違う。アンナよ、貴方は既に懐妊している。その胎児に宿る精霊が神の化身なのだ」
サリエルはアンナの目線に合わせ言葉を続けた。
「外に雌牛と山羊を一頭ずつ、金貨を30枚置いて行こう。これは、神からのお前達への報酬だ。有り難く承けとるがいい」
サリエルと目線を合わせたアンナは気を失い床に倒れてしまった。
「皇子!なりません!!」
アンナが眠りについた瞬間を見計らって現れたオシリスがサリエルに訴えた。
「しかも、冥界の家畜や宝物を勝手に持ち出すとは。ハーデス殿にも叱られますぞ」
「これから私を育てるのだ。みすぼらしくあってはならぬ。さて、オシリス。丁度良いところに現れた。お前はこれから私の記憶を封じ、私をこの女の腹の中に入れなさい」
「まさかいつぞやのあの天使の元へまた行かれる気ですか!?」
「カウティスとカウパティスを連れ戻すにはそれが一番手っ取り早いのよ。あの天使は今アザレアと名乗って人に紛れているが、そこそこ地位のある天使だ。力もそれなりにあり、人の姿をとるだけでは直ぐに正体がバレよう。さあ、冥界の皇子として命ずる。私の記憶を封じなさい」
オシリスはため息をつくと、サリエルの額に手を当てて言った。
「こんな事は、これきりでお願いしたい」
オシリスは記憶封じの呪文を唱えるとサリエルの魂を女の中に入れた。
「貴方が目的を果たしたら、または貴方と冥界に危機が迫ったら記憶を取り戻す様に暗示を掛けました。願わくば貴方の人生が幸多からん事を」
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