第2話 フワちゃん
「母体血清マーカーは悪魔で否確定検査です。断定するためにはより精密な検査が必要です」
医師は顔色一つ変えず淡々と説明を続ける。
「・・・先生。私達は何があっても全てを受け入れるつもりです」
夫婦はそう告げると医師を真っ直ぐ見つめた。
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今日は雲一つ無い晴天。沢山のサラシが風になびいている。
「みんな準備は出来たかな?今日は待ちに待った楽しいピクニック。ルンルンタタタン♪ルンタタタン♪お弁当持って元気に行進ルンタタタン♪」
保育士は朝から異様に元気だ。よちよち歩きの幼い子供達は保育士と一緒にリズムをとって踊っている。少し離れた岩場で自分を含めた数人の少し大きな子供達は冷ややかな目で保育士達を眺めていた。
「ルンタタタン♪お姉ちゃんは踊らないの?」
翔ちゃんがリズムをとりながら近付いてきた。手には風車を持っている。
「いいのそれ?引っこ抜いちゃって」
この風車は水子達のおもちゃだ。雑草さえ生えない石ころばかりのこの河原でカラフルな風車はよく映える。誰が供えていくのかは分からない。
「引っこ抜いてなんてないよ。渓先生に貰ったんだよ。ねっ、そんなところに座ってないでさ渓先生と一緒に踊ろう」
翔ちゃんは私の腕をグイグイ引っ張る。
「やめろよ翔!」
私の背後から博が叫んだ。
「嘘をつくなよ。あの男は誰か1人を贔屓して物を渡したりなんかしない。お前が石塔の下に挿してあった風車を引っこ抜くのを見てたぞ」
博はそう言って翔ちゃんから風車を取り上げた。少し涙目になる翔ちゃん。
「ちょっと博!もうちょっと優しく言ってあげなさいよ。その子泣いたら癇癪起こすんだから」
雪子は重たげな黒髪をかきあげながら博から風車を奪い取った。
「翔ちゃん。私はきっとこの風車は、お母さんやお父さんが赤ちゃんのために挿していったものだと思うの。翔ちゃんも大好きなお母さんから貰ったおもちゃ取り上げられたら嫌でしょう?だから雪子お姉ちゃんと一緒に赤ちゃんに返しに行こうか」
雪子はチラチラと保育士の方を見ながら優しく翔ちゃんの手を取った。私は雪子のそんなところが嫌いだ。この間自分の袴が引っ掛かるからと秋枝に何本も風車を抜かせていた。無造作に供えられる風車は時々私達の行く手を阻む。
「待てやぃー!おらのまんま返してくんろー!!」
太助が前方から走ってやってくる。
「わあ!おにぎりに足が生えてる」
翔ちゃんは雪子の手を振り払うとおにぎりに向かって走りだした。
「おにぎりのお化け捕まえたー」
翔ちゃんはおにぎりのお化けを自慢気に掲げた。よく見るとおにぎりに赤いかたまりがへばり付いている。賽の河原では珍しくもない生まれる事のなかった赤ん坊の1人だろう。
「おらのまんまだい!!」
太助は翔ちゃんからおにぎりを引ったくると勢い良く頬張った。
「あぁ・・・。太助が僕のおにぎりお化け食べちゃった」
翔ちゃんは項垂れて膝を落とした。目線の先にはへその緒をブンブン振り回してこちらを凝視している胎児が居る。
「お前さっきフワちゃんの風車持って行きまちたね」
その場に居合わせた一同皆硬直する。胎児から目が離せない。
ごく稀に言葉らしきものを発する胎児も居るがここまでハッキリと、しかも話し掛けてくる胎児なんて始めてだ。
「あぁああぁぁぁ。やっと話ができるおチビたんに出会えたと思ったのにぃこそ泥に食い意地のはった餓鬼。お友達にはなれそうにないでちゅ」
胎児はにまっと笑うと更に続けた。
「まっ、お友達になったとしても温室育ちのフワちゃんはそのうち嫉妬されていじめられまちゅね」
胎児はそう言い残すとピョンピョン跳ねて岩陰に消えていった。
「ああそうだな。温室から出ることが出来なかったお前じゃ俺達とは仲良くできんさ」
博は握り拳大の石を岩陰に向かって放り投げた。
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いつの間にか曇り空、賽の河原の天気は変わりやすい。
雲の下では手のひらサイズの赤ん坊を夫婦が沐浴させている。
「ほらフワちゃん気持ちいいでしょ?」
隣の新生児室から赤ん坊達の元気な大合唱が聞こえてきた。
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