夢の噺

木魂 歌哉

夢の噺

 こんな夢を見た。

 私は何処どこかの古風な屋敷の中の廊下に立っていた。長い、長ーい廊下であった。時刻は丑三うしみつ時ぐらいであったのだろうか。灯りはついているようであるが(最も何処にそんな”灯り”が在るのかがわからなかったのだが)、ほのかに薄暗く廊下の先は真っ暗で見えないぐらいであった。気味が悪い場所だと感じた。

 で私は自分の部屋を探しているようであった。その場を右往左往していたのだが、そのうち近くにそれがないことが発覚すると、果てのない(ように見える)廊下に一歩踏み出した。ぎしっ、と廊下の床がきしむ音がした。その音にビクつきながらも、一歩一歩足を踏み出していく。本当ならほとんど時間もたっていないのであろうが、一歩踏み出していくのに物凄く時間がかかっている気がした。

 ぎしっ…ぎしっ…。心ではかなり急いでいた。一刻も早くこの場所から逃げ出したかった。

 そこからかなり歩いたはずなのに、景色は全く変わらなかった。続くのは廊下、横に在り続けるのは壁であった。ふと後ろを振り返りたい衝動に駆られたが、止めた。こういう突発的な衝動に従うのはリスクが大きすぎるのである。

 否、この際ハッキリわせてもらおう。怖かったのだ。そう云えば学校の七不思議にこんな感じのものがなかっただろうか、と私はその時(心には余裕がなかったにも関わらず)思い出していた。

 

 突然、目の前に障子が現れた。今迄いままで眼の前は真っ暗闇であったのに突然、である。あまりのことに私は小さく叫んで飛び上がってしまった。足元を見ると、廊下は此処ここで途切れていた。つまりこれ以外の道はないということである。前に進むか、振り返るか。どうすべきだ。いや、どちらにしろ怖いことには変わりない。何かしら勇気を出さなければならないだろう。

 前だな。

 私は障子に手をかけた。そして息を吸って、一気に開けた。果たして、大きく乾いた音を立てた障子の先に在ったものは

 ーーーいや。表現するなら、そこに在ったのはただただ”闇”であった。

 普段の私であれば、別に灯りをつけていないだけだろう、と高をくくって済ますのであろうが、奇妙なことにその時の私は冷静に今の状況を分析していた。そしてその所為で、この空間の違和感に気づいてしまったのである。

 普通、こちら側が灯りのついている状態で暗がりの向こう側を覗いたとき、灯りの漏れによってこちら側からでも向こうの様子は少しは解るはずである。ところがその時は違った。全く向こう側の様子が見えないのだ。まるでこちら側とあちら側で世界が別れているかのごとく、であった。もしくは、闇という”物質”がそこに鎮座ちんざしているようでもあった。

 この奇妙な状況は私の心をかき乱した。叫んでしまいそうであった。然し、喉が痙攣けいれんしてかすかに声が漏れるばかりであった。私はその場にぺたりと座り込んでしまった。

 その時である。突如として空気を裂くような鋭い威嚇音が闇の中から聞こえてきた。動物の声であった。この声は…

 「猫、か?」

 私がそう呟いたとき、闇の中にアーモンド型の黄色い眼が2つ、闇の中に現れた。それはまさしく、猫のそれであった。闇にこれだけ同化しているということは黒猫であろうか、と私はその時思っていた。

 (このとき私は思い出すべきであった。黒猫が眼の前を横切るとき。それはこれから、なにか不吉なことが起きることを意味する、ということを…)

 その時、私はこの状況に安堵していたのである。得体のしれない闇の中でもこの猫は普通でいる。ならきっと、この奇妙な状況も錯覚であろう、と。安直であった。私は闇の中にそろりと一歩踏み出した。

 その刹那、猫の足元に水色の”波紋”が現れた。ぎょっとして立ち止まると、下の地面が波打った。

 「これは…」

 私は思わず呟いた。これは一体なんだ? 地面がまるで水面のように…

 奇妙なことは更に続く。アーモンド型の眼の横から、赤い色のがやってきた。

 「金魚?」

 大きな金魚であった。私の身体をはるかに超える図体の金魚が、部屋の中でに浮いている。心なしか、こちらを恨めしそうに見ているとさえ思える。

 私は訳が解らなくなった。一体これは何事だ。何が巻き起こっている。ここは一体何だ。何故、私はこんなところにいるのだ。


 ずぞっ、という音を聞いて私は我に返った。今の音はなンだ。答えは存外直ぐに解った。


 ーーー闇が此方こちらに迫ってきている。

 気づいた途端とたん、闇は直ぐに広がってきた。ずぞぞぞぞ、という音を立ててそれは、アッという間に私の足を飲み込んだ。そして後方の廊下も。今あるのは闇とそこにたたずむ私のみである。

 私は気づいて直ぐに抜け出そうとしたが、無駄であった。これは、毛か? 闇から生え、私の足に絡まっているようだ。

 否、と云うよりこれは、この闇は…

 

 そう思ったとき前から何かの唸り声がした。

 ーーー前には、アーモンド型の黄色い眼が二つ。

 …そうか、この毛は、の。

 

 その時、がぱぁっ、と音がして、眼が消えた。代わりに、白い大小様々な何かの羅列と、真っ赤な(先程から”何か”が出てきすぎて訳が解らない)が現れた。

 ”何か”とは云いつつも、私はそれが何なのかなんとなく解っていた(きっと誰しもが解っているだろう)。


 私はもう諦めてしまって、眼を閉じた。その刹那せつな、真っ赤な何かは私を包み込んだ。

 

 あとに残ったのは、終わりのない闇だけである。

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