1—3
トウドウは一見、ぬいぐるみを背負った少年だ。それがニコニコ笑って手をふりながら歩いてくるので、見張りの男たちは、とまどった。
「なんだ? おまえ」
「バイヤーか?」
「ホームレスじゃねえの? ボスの趣味は有名だから。売り込みに来たんだろ」
「おしかったなあ。ふだんなら、いい線いってたのになあ。ボスは今、まにあってるぜ」
なるほど。そういう手でひきつけるのか——
サリーが考えた瞬間だ。
ニコニコ笑っていたトウドウの体が、ふわりと浮いた。宙を飛んで二回転くらいしたと思うと、その一瞬で、銃を持った男が二人、倒れていた。続いて、もう一人。
四人めの銃を持った男は、ちょっと離れたところにいた。が、あいだの四、五人の頭上をかるく、とびこえて、トウドウの蹴りがキマる。
「やるなあ。昨日、ウサギを抱きしめて寝てた男とは思えない」
「ウサギ? あのリュック、ネズミらしいわよ」
言ってるうちにも、ピョンピョン、とびはねて、次々、見張りを倒していく。自分の三倍も体重のある男をきれいに背負い投げし、突進してくる相手をとび箱みたいにして、かわす。
ひとかたまりになって争う彼らの背後をすりぬけ、サリーたちは坑道に入った。
エンデュミオンの気配は、すぐそこだ。
坑道の入口は武器庫のようになっていた。その奥にトロッコの走るレールを敷いた本道がある。縦穴や横穴、脇道が、いくつも伸びている。
だが、迷う心配はない。
そのさきに待つ気配が、はっきりと感じられたから。
「左だね。見張りがいる。倉庫……いや、牢屋かな? 区内の掟をやぶった者が入れられるところだ」
エンデュミオンのエンパシーが告げている。
今、牢屋のなかには数人しかいない。
地下の社会形態では、犯罪者は、すぐに処分されるからだ。
「見張りは二人だ。私がやろう」
「ここまで来たんだもの。わたしにも、やっつけさせて」
「じゃあ、一人ずつだ」
左の道に進む。
見張りが二人、立っている。あれが、エンデュミオンの捕まっている牢屋だ。
サリーはキャロラインと同時に、催眠銃をかまえた。見張りが、ふらふらして挙動が怪しくなる。
一人は地面にころがり、眠りだした。
こっちは、サリーが暗示をかけたほう。眠り病にかかったと思わせた。
もう一人は四つんばいになって、あちこち匂いをかぎだした。
「キャロ……君、なんの暗示かけたの?」
「呪いで犬になったと思わせたの」
「犬はマズイんじゃないか? かみつかれるかも」
犬にされた男は、こっちを見て歯をむいてる。
「そうね。だったら、カバなんてどう? ムーンサファリで、のんびり昼寝してたわ」
「カバは、ああ見えて、けっこう、どうもうだよ。カエルくらいが無難だろ」
「王女さまとカエルね。かわいそうに。お姫さまにキスしてもらわないと、呪いは解けないのよ。あの童話、好きだったわ」
キャロラインは嬉々として、暗示をかけなおす。
男は四つんばいのまま、とびはねて、逃げていった。残酷なようだが、まあ、数時間で、もとに戻るだろう。
サリーは眠りこんだ男のベルトから、キーホルダーをうばいとった。
牢屋は木のトビラに、かんぬきが差しこまれ、錠前が、ぶらさがっている。ホルダーのカギから、あうものを探した。カチリと音がする。
木戸をひらくと、なかは、さらに、いくつかの鉄格子の小部屋にわかれていた。
一番奥の部屋に、エンデュミオンの気配がある。
月から火星までエンパシーをとばす少年。
Aランクのトウドウをかるがる、あやつるエンパシスト。
やっと会える。
少なからず、サリーは興奮していた。
格子戸のカギをあける手が、かすかに、ふるえる。
宇宙一と言われる自分と同じ能力を持つ者に会うのは、サリーも初めてだ。
牢屋のなかは薄暗い。よく見えない。
エンデュミオンは布にくるまって、奥のカベに、もたれていた。
「君だね? 私を呼んだのは」
返事はない。
眠っているのだろうか。
ようやく、カギがあいた。
「キャロ。誰か来ないか、君は、ここで見張っててくれ」
キャロラインをろうかに残し、サリーは一人、牢屋のなかに、ふみこむ。
「エンデュミオン?」
それでも、返事がない。
何か、おかしい。
サリーは手をのばし、少年の肩に手をかけようとした。そして、息をのむ。
これは……ひどい。
「サリー? どうしたの? なんだか外が静かになってしまったわ。トウドウに何かあったのかも。急がないと」
サリーは急いで、失神してる少年を抱きあげた。
ろうかにつれだすと、キャロラインが青ざめる。
「……生きてるの?」
「まだ息はある。でも、早く手当しないと、危ない」
やっとの思いで探しあてたエンデュミオンは、ひどい火傷を負っていた。もとの相好もわからないほど、顔ぜんたいが溶けくずれていた。
急いで木戸を出たところで、ばったりと誰かとぶつかる。あわてたが、相手はトウドウだった。
「トウドウ。追手は?」
「全部、のびてます。僕、柔道三段。剣道、弓道、空手は四段なんですよね。なかにいたやつらも、みんな、やっつけときましたよ」
言いながら、エンデュミオンをのぞきこんだトウドウも、おどろきを隠せない。
「なんで、こんな……」
「とにかく、急ごう。早く再生手術をしなければ」
三人は一路、地上をめざした。
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