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「今夜は配管のかげで寝るしかないな」
三人で、レトルトスープと非常食用の栄養調整クラッカーを食べた。パイプのあいだに入って、床によこたわったとたん、照明が消えた。
「まにあったみたいだな」
「なんにも見えない。それに、すごい水の音ね」
言いながら、キャロラインはサリーに抱きついてくる。
「キャロ。今夜は、よしたまえ。何が起こるかわからない。トウドウもいるしね」
「わたしだって、こんなところで迫ったりしないわ。でも、こうしていて。いいでしょ?」
暗くて心細いのだろう。
たしかに、暗闇のなかでは、人肌のぬくもりは安心感をおぼえる。
「しょうがないね。おやすみ。キャロ」
「おやすみなさい。サリー」
「いいんだ。僕には、ピカチュウがいる(もちろん、トウドウのセリフ)」
夜間も、とくに危険はなかった。
いつもの夢の実験もしなかった。
翌朝、照明がつくと同時に、サリーたちは起きた。
「このさきは下水処理場があるだけだな。階段をあがって、地下三十階まで行こう。そこから、第三区の新道に、つながってるはずだ」
ティナの父親にもらった地図には、そこまでしか書かれていない。交戦中の地下住民に会うかもしれないし、用心が必要だ。
サリーたちは感覚をとぎすまし、できるかぎり、人の気配をさけた。争う気配は、たしかに、ずっと続いている。
「あそこから新道だな。オールドセクションにくらべて、造りが、ちせつだ」
壁材のつぎめをはがして、そこから穴が掘ってある。せまいし、天井までの高さも低い。
いちおう、くりぬいた壁面を鉄骨と鉄板で補強はしてある。しかし、冷暖房や重力装置などはない。
電気だけは引かれている。むきだしの電球が、気休めていどに地下の暗闇をてらしていた。
シュウシュウとガスもれみたいな音のする細いパイプは、酸素を供給しているようだ。
「オールドセクションから引いてるんだな。しかし、この低さで重力がこうだと、歩きにくくて、しかたない」
いつもの重力のつもりで歩いていると、カンガルーみたいに、ピョンピョン、とびはねてしまう。頭を何度も天井に、ぶつけてしまった。
トウドウが笑う。
「ここでは、僕らはスーパーマンですからね。僕は、けっこう、遊園地のアトラクションで、なれてるんですけど」
「しッ」と、とつぜん、キャロラインが注意をうながした。
「誰か来るわ」
三人は急いで、わき道に入りこむ。暗いので、姿をかくすには申しぶんない。銃を持った男の集団が、二区のほうへ走っていった。
「あのようすなら、まだ、二区のやつらは、このへんまで攻めてきてはいないな」
「だけど、人の気配が増えてきたわね」
「鉱山が近いせいだ。大事な鉱山をがらあきにするはずはない。守りに何割かは残しているだろう」
今度はトウドウが変な声をだした。
「どうした? トウドウ」
「いますね。エンデュミオン。感じますよ。このさき、一キロあたりに」
トウドウはエンデュミオンの念波をちょくせつ受けたことがある。エンデュミオンの発する脳波に敏感なのだ。それに、やはり相性もいいのだろう。
サリーはトウドウの思念に感応した。
トウドウの感じる念波が、ぼんやりと人型に見える。
「あれだな。まちがいない。エンデュミオンだ。あの荒廃した独特の精神構造」
エンデュミオンの気配をめざして進む。
しばらくして、鉱山の入口についた。
入口には十数人の見張りが立っていた。そのうち数人が最新式の熱戦銃を持っている。
サリーはエンパシーで、あたりをさぐった。
「周囲の住居は、ほとんどカラだな。十人から二十人ていど。坑道のなかに、さらに二十人」
「住居のなかは女子どもじゃないかしら。右脳発達型の脳波だわ」
「ああ。そのとおりだ。では、戦闘要員は見張りとあわせて三十人弱か」
二区との抗争に出払っているのだ。
それでも、見張りに十人以上。
サリーたちにとっては多い。
催眠銃はESP電波を人工的に作りだすことで、エンパシストの暗示をかかりやすくしてくれる。用いるのがサリーなら、一瞬だ。
とはいえ、大勢を相手にするのに向いた武器ではない。催眠銃じたいに殺傷能力はないのだから。
「一人ずつなら、確実にノックアウトできるんだが……あの人数じゃな。エンデュミオンまで、あと少しで、たどりつけるのに」
すると、トウドウが言いだした。
「ジャリマ先生。ここは僕がひきつけておきます。お二人は奥へ向かってください」
ぬいぐるみ小僧が何を言いだすんだか……。
「……トウドウ。カミカゼスピリットを起こす必要はないんだよ。君を犠牲にするつもりで、つれてきたんじゃない」
「言ったじゃないですか。お二人のことは僕が守ります。熱線銃が、ちょっと、やっかいだけど。先制攻撃で、なんとかなります。お二人は、そのあいだに、物陰にかくれながら移動してください。僕も、あとから追います」
まわりには、トロッコやダイナマイトや、つみあげられた鉱石などが散乱している。一人が、おとりになるなら、それらに身をかくしながら忍び寄ることはできる。
「僕のことは心配ないですから」
言い残して、トウドウは一人、のこのこと見張りに近づいていく。
(ムチャするな。トウドウ)
しかし、もう呼びとめることもできない。
見張りが、トウドウに気づいた。
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