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「殺された……やっぱり地下は物騒なんだな」


「そうじゃねえんだ。いつもは、殺しあいなんかない、おだやかなとこだった。つまりその弟ってのが、区長の目に止まっちまったもんで。男は殺され、弟は区長に、つれられていっただよ。そもそも、あの男の弟かどうかも、あやしいもんだ」


「さっきから区長と言ってるが、このあたりは、区ごとにリーダーがいるのか?」


「アラバマシティには三つのグループがあるだ。グループのナワバリを区と呼んどる。うちは二区だべ。よそは知らんけどもな。うちは、このやりかたで長いこと、うまくいっとった。

なのに、うちの区長が三区の区長に、例の弟のことを自慢したらしい。おらは、よう知らんが、譲ってくれのどうの、いざこざがあったらしい。

それで、最後は、あの日の襲撃になっちまっただ。三区のやつらが、おそってきて、区長は殺されちまった」


「つまり、一人の少年をうばいあって、殺しあいになったのか。信じられないような話だな」


とはいえ、その少年の人物像は、エンデュミオンには、ふさわしい。


「それで、その少年はどうなった?」


「ガレキの下敷きになったんでなけりゃ、三区のやつらに、つれていかれたんだろうさ。鉄鉱山は三区のナワバリだべ。行かねえほうがいい。うちの区長が殺されたもんで、サブリーダーが怒って、三区と戦争しとるだ」


「しかし、行かないわけにはいかないんだ。約束どおり、道を教えてくれ」


「悪いことは言わねえべ。やめたほうがいい。あの事件のあとから、うちのティナみたいな連中が増えるし、どうも、おかしいだ。この区は、もうダメかもしれねえ」


それで、みんな無気力になってるわけだ。そういえば、子どもや老人ばかり目について、若い男の姿が見えない。活気を欠いてるのは、そのせいもあるのだろう。


「ティナはエンパシストだ。地下にはブラックボックスがない。ティナには暮らしにくい環境かもしれないな」


エスパーが急激に増えたのは、ここ数十年だ。月に移住した直後は、ほとんどいなかったから、エスパー用の施設が、地下にはない。ティナみたいな患者は、ほかにも大勢いるはずだ。


(まあ、鉄鉱山にいるのが本物のエンデュミオンだとは思うが。なにしろ、Aランクのトウドウをあやつるほどだからな)


とにかく、行ってみるしかない。


サリーは断言した。


「安心しろ。もうじき、その病気は、おさまるよ。だから、鉄鉱山への道を教えてくれ」


しょうがなさそうに、父親はアラバマシティ地下の古い見取り図をひっぱりだしてきた。


「これをやるだよ。こっからさきは新道になる。この地図には、のってねえだ。おらの知っとる道だけは書いとく。気をつけて行くだよ」


「ありがとう」


地図を受けとって、サリーたちは一家と別れた。


ろうかに出ると、キャロラインが言う。


「戦争だなんて、物騒ね」

「君は帰ってもいいんだよ」

「いやよ。絶対、帰らない」

「いじっぱり」


地図のおかげで、移動は順調だ。


地下の階層をくだっていき、下水道をめざしていく。そのほうが、こまかく仕切られた居住区を歩くより、道が単純で障害が少ない。


「下水道って、汚いんでしょうね。覚悟はしてるけど」と、キャロライン。


トウドウが答えた。


「ルナシティの下水はパイプのなかを通って汚水処理施設へ運ばれていきます。巨大なパイプが、ならんでるだけですよ」


地下深くに、くだっていくにつれ、居住スペースは減少していった。配管や生活に必要な設備が目立ってくる。


サリーは地図をながめた。


「このさきにモルグがあるな。そこの冷却設備の配管のところから、下水道本道へ行けるよ」


強がっていても、キャロラインは女だ。とたんに顔色を変えた。


「死体置き場ですって? いやだわ。死体が置かれてるの?」


「さあ、どうだろうな。月移住直後はテラフォーミングのために、大量に植物の苗を栽培するだろう? 食用、酸素の供給。とにかく、たくさん作る。

一方で人間は苛酷な環境のなかで、バタバタ死んでいく。全員の遺体を冷凍保存しておけるような余地は、どこにもない。

開墾して得た土地は、生きてる人間の居住に使いたいしね。未開墾の土地に野ざらしにしておくくらいなら、再利用するほうがいい。

それで、死体をとかして、苗の肥料にしたんだよ。一石二鳥だろう?

今、月にある森は、私たちの先祖の血を吸って育ったんだ」


「やめてよ。サリー。また、わたしを怖がらせようとして。あなたって、ほんと悪趣味ね」


「でも、そんなところが好きなんだろ?」


キャロラインは憤慨した。


「ええ、そうよ! どうして、わたしったら、こんな人の心配して、こんなところまで、ついてくるのかしら?」


サリーの背中をポコポコたたいてくる。


そんなしぐさが可愛い。


だから、からかうんだと、どうして、キャロラインは気づかないんだろう。


「ほら、モルグだよ」


サリーは指さした。


キャロラインは、おとなしくなって、サリーの背中に、はりついてくる。


サリーたちは死体置き場へ入っていった。

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