4—2
わけもわからず、手をひかれていく。
百メートルも走ると、少女は息をきらした。
「君、どうしたんだ? あそこで何かあったのか?」
サリーは、てっきり暴動がらみの何かが原因だろうと思っていた。が、返ってきた少女の言葉は、ある意味、サリーの意表をついた。
「おねがい。ぼくをここから、つれだして。ぼく、知らない人たちに閉じこめられてるんだよ。あの事故のあとから、ずっと」
サリーは少女をまじまじと見つめた。
すると、今、逃げてきた方角から、男が、かけてきた。
「ティナ。待つだ。そっちに行っちゃなんねえ」
少女は青ざめた。
「あの人だよ! 助けて。ぼくをつれて逃げて」
少女は訴えたが、サリーは動かない。
あせって一人で走りだそうとする少女の手をおさえる。
「あんたたち、そのまま、押さえといてくれ」と、中年の男が走りながら叫ぶ。
もちろん、そのつもりだ。
あばれて泣きわめく少女を、サリーは男に引きわたした。
「この子、あんたの娘だろう?」
顔がよく似ている。
「おらの末っ子のティナだ」
「ウソだよ! ぼく、こんな人、知らない。ぼくの名前は、エンデュミオンだよ!」
思ったとおりだ。
典型的なエンデュミオン・シンドロームだ。
「この子を治したら、協力してくれるか?」
「協力?」
「道を教えてほしい。それと、ここで何が起きたのか話してくれ」
父親は手招きした。
ティナの手をひっぱって、さっき出てきたハッチのなかへ入った。
なかは、たぶん、単身者用のワンルームのコンパートメントだ。そこに雑然と家具がならび、男の妻や両親らしいのが、六、七人も寄り集まっている。
「家族全員か?」
父親は警戒したのか、だまってる。
「ああ、すまない。べつに強盗じゃないから安心してくれ。ティナをこっちに」
荷物のなかから、制御ピアスをとりだした。
エンデュミオンの気が変わって抵抗されたときのために持ってきたのだ。
「なにするんだよ。ぼくにヒドイことしないで」
ティナは父親に肩を押さえられて、あばれる。
「いい子にしておいで。君を助けてあげるから」
言うと、ちびのエンデュミオンは、こまっしゃくれた目つきで、サリーを見あげた。
「ほんとに助けてくれるの?」
ここから、つれだしてくれると思ったのだろう。
「ああ。だから、今はいい子にしておいで」
やっと、おとなしくなる。
サリーは少女の耳にピアスを刺した。針は、きわめて細いが、ティナは気を失った。痛みのせいではない。とつぜん、意思を支配する強力なエンパシーから解放された反動だ。
「やっぱり、この子は、ただの患者か。本人ではない」
「ティナ!」
父親が支える。
「心配ない。目をさませば、ふつうに戻ってるよ。私はサイコセラピストでね。ちょっと上でマズイことがあって、下に来たんだ」
ウソではない。聞いたほうには、上から逃げてきたというニュアンスにとられるだろうが。
もちろん、わざと、そんな言いかたをした。
「上の? あんた——」
父親は不審そうな顔でにらむ。
「アメリカ人じゃないから、そう敵意をむきだしにしないでくれ。私は火星人。うしろのは仲間で、コロニーからついてきたんだ。こっちにいる知りあいを探したい。アラバマシティ東の鉄鉱山にいるんだ。鉱山への道を教えてくれ」
父親は病気の老婆がよこになったシングルベッドのすきまに、ティナを寝かせた。
そして、うなる。
「あそこには、行かねえほうがいいだ。殺されちまう」
「殺される? おだやかじゃないな。地下じゃ、いつも、そうなのか?」
「こないだまでは、そうじゃなかっただ。このへんは、うまくやってた。でも……」
「あの事故のせいか?」
「あの事故は、なんで起こったか、ほんとのとこは、わかんね。あの日は争いがあっただ。そのうち、ズンと、ものすごい音がして、地面が、くずれちまった。誰かが爆弾でも使ったのかもしれんなあ」
「争いの原因は、なんだったんだ?」
「流れもんのせいだ」
男の妻が、サリーたちにカップを渡してきた。欠けたのや陶器のやガラスのや、ふぞろいなカップで、さしだされたお茶。まずしい一家にとっては、貴重なお茶かもしれない。
サリーたちは、ありがたく飲んだ。
「流れ者というのは?」
「半年前になるだか。人相の悪い男が、よその町から、ふらりとやってきただ。本人はルイジアナから来たと言っとったらしい。もちろん、地下のルイジアナだべ」
「地下都市から地下都市へ、地上を通らず、ちょくせつ行き来できるのか?」
「下水道やらなんやら使えば、行けるだよ。おらたちの先祖が作った抜け道もあるだ」
「なるほど」
「おらは見たことねえが、病気の弟というのをつれとったらしい。男は地下じゃ珍しい、いろんな薬を持っとったもんで、区長が許して、ここで暮らすようになっただ。ちょうど、あの事故のあった真下だべ。男は初め、弟を人前から隠しとったらしい。それが、なんかのときに人目についちまったのが運の尽きさね。まもなく、男は殺された」
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