3—4
「ブラックボックスが混んでたのか? トウドウ」
なにげなく言ったあと、サリーは気づいた。
トウドウは制御ピアスをつけてない。目つきが、いつものトウドウではなかった。
「昨日、伝えられなかったから」
そう言って、トウドウは歩みよってきた。
妙に色っぽい小悪魔的なしぐさで、サリーのひざの上に乗ってきた。両腕をすべるように、サリーの首に、からめてくる。
「昨日、初めて、エンデュミオンの夢を見たよ。あれから、一人でね」
サリーは、たずねてみる。
「エンデュミオンは、君だろう?」
「あれは夢のなかのぼくだよ。ただの夢なのか、ほんとのことなのか、わからない。エンデュミオンは父王にすてられて自殺するんだ。呪いをかけられたのは、そのせいみたい」
「どういうこと?」
エンデュミオンのトウドウは、婉然とわらう。もともと美青年なので、東洋の神秘を感じさせた。
これまでの患者のなかでは、一番、エンデュミオンらしいエンデュミオンだ。
「聞きたい?」
「聞きたいね」
エンデュミオンは——というか、トウドウは、サリーの首にからめていた両手を、すうっとサリーの胸に、すべらせる。そして、お人形のように形のいい唇を、サリーの口に押しつけてきた。
相手がトニーのような男でなくて、ほんとによかったと、サリーは思った。雄牛のように、たくましい男にコレをやられてたら、そうとう、へこんでいた。
「今は言えない。アイツがジャマしに来るから」
「アイツって?」
「アイツはアイツ。約束だよ。ぼくを見つけてね。ぼくは今、アラバマ郊外の鉄鉱山にいるから」
「なんで、そんなところに」
「アラバマシティの地下から、坑道に通じてるんだ。フロリダシティとの境くらいのとこ。あの事故現場から行けるよ。迎えにきて」
「君は私を恐れてるんじゃなかったのか?」
「あなたを恐れてるのは、ぼくじゃない。じゃあ、かならず来て。でも、妨害が入ると思うから、気をつけて。ぼく、捕まってるんだ」
待って——と言おうとしたときには、エンデュミオンのエンパシーは絶たれた。サリーのひざにすわったまま、わッと、トウドウが泣きじゃくる。
「ひどいですよ。僕、ファーストキスだったのに」
純情少年をなぐさめる手立てはない。
悪いが、トウドウには泣いてもらって、サリーは、ひざの上から彼をどかす。
室内のパソコンのスイッチを入れた。
アラバマ周辺のマップを呼びだす。が、鉄鉱山のマークは見つからない。
「フロリダとの境と言っても……ないじゃないか」
すると、ソファーで背中をまるめて、メソメソしてたトウドウが言う。
「あ、それ、たぶん、地下住民が採掘してる、ゴースト鉱山です。彼らは自分たちの手で地下世界をひろげてますから。貴重な鉱石の採掘場とかを秘密裏に所有してるんです。
そうして得た鉱石を売ったり、地下モルグで死体の洗浄なんかをして、地上住民から報酬を得てるんです。
だから、政府発行の地図には、のってませんよ。地下都市に入って、住民に聞きながら探すしかないでしょうね」
「やっぱり、どうしても地下へ行くしかないのか」
できれば、さけたかったのに。
「しょうがありません。ああ……うっかり、ブラックボックスのドアの前で、ピアスを外したばっかりに……」
「そんなことだろうとは思ったよ。しかし、エンデュミオンはAランクの君のブロックをやぶって、遠隔操作したのか。手強いな。君とエンパシーの相性がいいのかもしれないが」
「後悔さきに立たず。覆水盆に返らず。悔やんでも悔やみきれません」
キャロラインはトウドウを無視して、サリーにとびついてきた。
「行くの?」
「行くよ。君は、このホテルで待っていたまえ。トウドウは東洋人だから問題ないだろうが、君は見ためが白人すぎる」
「でも……」
「心配いらない。こっちはトリプルAのエンパシストだ。自分の身を守ることくらいできる。君こそ、私がいないあいだに、ジムと浮気しないようにね」
「ガードはかたいのよ。わたし」
「僕には、そうは見えなかったな」
「あなたは特別」
ゆっくりキスしていたいところだが、サリーは、すぐに立ちあがった。
行くと決めたら、今日中に行かなければ。
あの地下都市へ。
今度こそ、エンデュミオンに会えるはず。
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