鈴音〜りんね〜

涼森巳王(東堂薫)

プロローグ

プロローグ



そこは、とても深い地の底でね。


人間とは違う奇妙な生き物が住んでるんだ。


かれらは自分たちのことを、地の民とか、闇の民って言ってるんだけど。はっきり言えば、悪魔だよ。


かれらは、だましあったり、殺しあったりするのが大好きなんだ。


かれらは欲望を抑制しない。なんでも思ったままに行動する。


でも、それはそれで、わかりやすい世界だよね。みんな自分に正直だから、殺しあうのも、愛しあうのも、とても激しいんだ。


え? なんで、こんな夢、見るのかって?


知らないよ。いつも、いろんな夢見るからね。


悪魔たちの話、もっと聞きたい?


かれらには、いくつもの種族があるんだ。


多いのは、全身が毛皮におおわれた獣人。動物と人間の混血みたいなヤツら。獣人にも、角の獣人とか、半馬人とか、いろいろあって。


ほかにも、鳥人だとか、竜人だとか。


やつらはね。大昔は人間だったんだって信じてるんだ。


なんかね。悪い魔法で、ずっとずっと昔、はるか古代に、人間の住む光の国と、闇の国がぶつかった。


そのとき、光の国から闇の国に、こぼれおちてしまった人間がいた。それが、かれらの先祖なんだって。


もともと闇の国にいた精霊と、人間がまじわって、できた新しい種族が、かれらなんだ。


二つの国は、今も、ひっついてる。だから、夢がほんとなら、この世のどこかに、今でも闇の国に通じる門があるはず。


て言っても、今じゃ地球には誰も行けないけど。


これから話すのは、ペルセウスの話。


ペルセウスは花人なんだ。花人は木の精の一種だね。体のどっかに花が咲いてる人間って感じ。


ペルセウスもそうだけど、やつらの個体名って、ギリシャ神話の英雄とか神の名前なんだよね。


笑っちゃう。


アキレウスとか、プロメテウスとか。それがみんな、ツノや翼の生えた悪魔なんだもんね。


夢のなかのぼくの名前は、エンデュミオン。自分があまりにも美しいからって、神さまに永遠の若さを求めたエンデュミオン。ギリシャ神話では、そうだよね?


夢のなかのエンデュミオンは、悪魔だけどね。エンデュミオンは光の国から、さらわれてきた母親と、闇の国の王のあいだに生まれたんだ。


だから、人間の血の薄くなった魔物のなかでは、たった一人、完ぺきな人間の姿をしてる。しかも、母親ゆずりの金髪と、ものすごい美貌でね。


クレオパトラとか、トロイのヘレネーとか、歴史の三大美女だって、エンデュミオンの前じゃ、てんで冴えないだろうね。


人間じゃないみたい。いや、悪魔なんだから、人間じゃないんだけど。


とにかく、言語に絶する美青年だと思っといてよ。説明してたら、キリないから、はしょるけどさ。


なかなか、ペルセウスに行きつかないなあ。まあ、重要人物だから、エンデュミオンのことは話しとく。


エンデュミオンは、さっき言ったとおり、悪魔の世界にも、人間の世界にも、二人といないような絶世の美貌だった。


そこを父親の闇の王に見込まれた。


この王様っていうのが、蛇の神なんだ。蛇神族ってのは、悪魔たちのなかでも嫌われ者でね。性癖が問題なんだ。


蛇神ってのは、サディストなんだ。執念深くて、陰湿だし。それに、蛇神ってのは、セックスの神様なんだよ。異性と交わって、相手の生気を吸いとってしまうっていう。


先生は、ちょっと、ふんいきが蛇神に似てるかも? 残忍で陰湿なくせに、すごく色っぽくてね。立ってるだけで、クラクラする感じ。


だから、わかるよね?


そんな王様に、子どものころから虐待されて育ったエンデュミオンが、成人して、どんなやつになったか。


正気が精神異常だよね。あいつの場合。完全に、こわれちゃってるから。


ものすごい甘えん坊のくせに、冷酷だし。自堕落で子どもっぽいかと思うと、狡猾で打算的だったり。あらゆる面で二面性があるんだよ。


あいつが死んだのは、自殺なんだ。


え? 悪魔も死ぬよ。寿命は人間より、はるかに長いけどね。肉体が殺されれば、その肉体での寿命は尽きる。


何百年か何千年かすると、魂が新しい肉体をもって、生まれかわるんだけど。


エンデュミオンの自殺には、ペルセウスが関係してる。これで、やっと本題に戻った。


エンデュミオンは自分勝手なやつだから、ときどき、とんでもないことをする。まわりに大迷惑をかけるんだ。


三百さいのころに、父王を殺してね。自分の愛人の王を。べつに憎かったからじゃないよ。愛してるから。好きで好きで、たまらないから。


エンデュミオンは見ためは人間の母に似たけど、なかみは蛇神の父の血を継いだのさ。好きなものって、イジメたくなるんだ。


まあ、このときは蘇生の魔法で、父王は生きかえらせた。兄弟全部、イケニエにしてね。とんでもないでしょ?


父親が死んでるあいだに、ちょっとハメを外して、生ませた子どもが、ペルセウス。そう。ペルセウスはエンデュミオンの息子。


でも、そんなことばっかりしてたからだね。


けっきょく、罰を受けた。


冥府の王なんてのを呼びよせちゃって。


結果から言えば、冥府の王は、やっつけたよ。エンデュミオン得意のお色気と悪巧みでね。


ただ、そのかわりに、ペルセウスが殺されてしまった。冥府の王を倒せるのは、エンデュミオンの子どもだけだなんて予言があったからさ。


そのころ、ペルセウスは生まれたばかりの赤ん坊だった。顔立ちはエンデュミオンに似て、とても可愛かった。だけど、冥府の王に半身を黒コゲに焼かれた。


ぼくみたいだね。ぼくも整形に失敗したから……鏡を見るのが怖いよ。ぼくの顔、もとにもどる? どこも、おかしくないって?


そんなはずないよ。あの事故のせいで、メチャメチャになったんだろ?


なんで、ぼく、あのとき、死んでしまわなかったんだろう……。


ああ、ごめん。ペルセウスだね。


ペルセウスは黒コゲになったうえ、首を切りおとされて死んだ。


母親のダナエが、その首をもって逃げだした。ダナエが狂ったんだと、そのときは、エンデュミオンも冥府の王も思った。


そのあと、冥府の王がいなくなって、エンデュミオンはペルセウスのことなんて忘れてた。


だけど、ペルセウスは死んだわけじゃなかった。ペルセウスは花人だから。


花ってのは、花から実になって、種が芽をだし、また花を咲かせる。


そこから、この話が始まるんだよ。

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