第45話 この世界のすべては羽深ららを祝福している
それにしてもカーストトップの羽深さんとバンドとはなぁ。そんな提案されるとは思ってもみなかった。だが断るっ。
「取り敢えず社に持ち帰りまして、前向きに検討させていただきます」
「むぅっ。それってまずOKもらえないやつ! 大人の体のいい断り文句ってやつでしょっ」
う、知ってたか。非常に魅力的な提案ではある。そうではあるが考えてもみなさい。今でさえ羽深さん絡みでクラス内でぼっちになりかけているというのに、一緒にバンドなんてしてごらんなさい? 見る影もないハイスクールライフまっしぐらですよ、まったく。
うっかりその魅力的な誘いに夢を見そうになったけど、その先に待ち構えているのは確実に地獄だ。
「いや、そうじゃないけど……とにかく即答はできないよ。メンバーの問題もあるし、やる音楽の方向性だって決まってないし」
そうだよ。普通バンドって言ったら何人かの中核となるメンバーでこういうのやりたいってなって、それじゃあ足りないメンバー集めるかっていう流れだと思う。まあプロだったらメインのボーカルがいて、バックバンドを集めるってのはあるだろうけど。
とにかくまだまだ僕の高校生活は続くんだ。なるべく波風立てず完走したいじゃないか。
「メンバーはドラムは拓実君。ベースは光旗君でしょ。あとはどうにでもなるじゃない」
「いやいやどうにでもって……。それにメグだってOKするとは限らないし」
「光旗君ならもうOKもらってるよ。あとはどうにでもなるって言ってたし」
ぐぅっ。なんだと? メグのヤツ、適当なこと言いやがって。ギターはどうするつもりだよ。僕らと合うレベルとなるとかなり限られるぞ? って、まさかアイツ誘うつもりじゃないよな? まさかな……。
「はぁ〜、まぁ本当に検討させていただきますよ。それにしてもまた、なんで急にバンドなんて?」
「それは、だって……その、ごにょごにょ」
「文字通りごにょごにょって言ってごまかしたよこの人っ!?」
「いいからいいから。ジンピカちゃんに負けられない闘いがそこにある!」
「おぉ、なんか知らないけど闘ってる!?」
って、それかぁ。やっぱ美女は美女に対抗意識燃やしちゃうもんなのか。曜ちゃんは羽深さんのこと知らないからこんなことないけど、もし知ったらこんな風に対抗心燃やしたりするのかな? いや曜ちゃんに限ってはそんなイメージ湧かないなぁ。羽深さんならではのプライドか? まったく、美女のプライドってめんどくせぇー。
「まあともかく検討するからってことで。さて、そろそろ会場に向かわなきゃならない頃合いなんだけど、羽深さ……じゃなかった。ららちゃんは会場へは直接行く? それとも一旦家に戻る?」
「……ねぇ、リハーサルとか見ちゃダメかな?」
「あぁ……。僕もメグも手伝いで参加するだけだから、それはちょっと無理かなぁ。それにライブハウスのリハとか見ても全然楽しくないよ。凄くバタバタしててゆっくり音出しできる感じじゃないし」
「なんだぁ、そっかー。ザンネン」
うぅ、そんなにがっかりされるとちょっと、見てるこっちも胸が痛むじゃないの。だけど本当だから我慢して欲しい。それに曜ちゃんと羽深さんを対面させるのはできれば避けたかったりする。
「うーん、じゃあどうしよっかなぁ。一旦家に帰って出直そうかなぁ。拓実君との思い出を胸に、その手の温もりを思い出しながらライブに備えるとしますか」
「う……なんか聞いててすんげぇ恥ずかしくなったけど、とにかくライブに備えて身体休めて」
「分かった。拓実君の胸に顔を埋めた時の匂いと鼓動の高鳴りを思い出して噛み締めながら待つとするわ」
「ちょっとぉっ。なんか変態じみてきてないか?」
「もぉ……わたしをこんな女にしちゃったのは拓実君なんだからね……」
「ちょっ、ホントやめてよ! 周りからの視線が痛いから。マジでやめて!」
まったく何なんだよ。とことんからかってくるなぁ。恥ずかしい。冗談言うにも程があるでしょうが。
「まあいいわ。じゃ、帰りましょ。拓実君はこのままサルタチオに行く?」
「いや、楽器取りに一旦帰るから送ってくよ」
スネアとハイハットは自前を使いたいから持ち込む予定だ。なので一旦家に戻る必要がある。
「っそ。じゃあ帰りましょ。ね、繋いで」
そう言って華奢だけどかわいらしい手を差し伸べてくる。すっかり慣れたと言わんばかりに手を出されたけど……なんだ、やっぱり顔を真っ赤にしている。
思わず僕はまた、恥じらう様子すらも絵になるその横顔に目を奪われてしまう。スッと通った鼻梁から伏せられた目蓋に影が落ちる。長い睫毛は恥ずかしさに小さく震えているようにも見える。
一筋の風がそよぎ羽深さんの髪を揺らす。柔らかな髪の毛がその美しい額をサラサラと撫でていく。午後の陽射しは優しげに彼女を包み込み、揺れる髪の毛と世界との境界線を輝かせた。
——この世界のすべては羽深ららを祝福している。
この時僕の瞳が映し出した光景は、そんな風に見えた。
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