第22話 何しろ僕ときたら
ライブが決まったので自宅で自主トレをする。他のメンバーの生のプレイを聞いたことも見たこともないのでそこはまだ分からないが、一応もらったCDRの音源に合わせる感じで練習する。
ベースはいつもやり慣れているメグだしなんとかなるだろう。
僕はどちらかというとツッコミ気味のタイム感でメグはやや後ノリのベース。テンポや曲調にもよるが結構相性が良くていいグルーブが出る。
汗をかくくらいみっちり練習をこなして演奏に不備はないくらいに仕上がっている。
あとはバンドとしてのグルーブ感だな。明日は初の合同練習だ。
同期バンドなのでコンピューターのトラックと生演奏をタイミング合わせて演奏する必要がある。そのためには少しややこしめなシステムが必要になるのでその辺も含めて打ち合わせと練習をしっかりやらないといけない。
具体的にはプレイヤー側は自分たちの演奏とテンポを示すクリックと言われるメトロノーム的な音を聞きながら演奏する。
しかしこの音はオーディエンス側には聞こえてはいけない音なのでそのあたりのシステムが普通よりややこしくなるのだ。
とりあえず明日の合同練習に向けて自分ができることはやったって感じだ。
翌日登校すると、羽深さんがいて久し振りの登校に取り巻き連中がいつにも増して賑やかそうにしている。
僕は気まずさも感じたが、不思議なもんで羽深さんの無事を確認できてホッとする気持ちの方が勝った。
ただなぜだか羽深さんにセクハラをして大層傷つけたことになっている僕へのクラスメイトからの当たりは強いので、ホッとしていられる身分でもないのだが。
「だから違うのっ!! そういうのをやめてって言ってるのよ! わたしなんかのせいで何で拓実君がそんな風に言われてるのよ!! 酷い汚名だわ!」
びっくりしたぁ。
急な大声に驚いて顔を上げれば羽深さんが取り巻きの連中に大声をあげていた。
え……?
今のって僕のことを言ってた……!?
ダーンと机を両手で打ち叩くという凡そ羽深さんらしくないアクションと同時に立ち上がると、彼女はズンズン僕のところへやってきて、
「ごめん、拓実君。来て」
といささか乱暴に僕の手をむんずと掴み引っ張った。
しーんと静まり返った教室でみんなの注目を集める中、僕は羽深さんに引きずられるようにして教室の外へと連れ出された。
あまりのことに僕の脳みそは処理が追いつかない。
教室を出る間際に、
「拓実君だって」
「誰それ? え、楠木って拓実って名前だっけ?」
「えっ? 二人って主従関係だっけ?」
などなど色々な意見が耳に入った。
知ってたけど僕のクラスでの認知度……。
グイグイと有無を言わせない力で僕を引いていく羽深さんは階段を上がって屋上に僕を連れ出した。
なぜか僕の頭の中ではドナドナの悲しいメロディが流れていた。あの牛さんもこんな感じだったんだろうか……。
「はぁ、はぁ……」
僕をここまですごい勢いで引っ張ってきただけあって肩で息をしている。
久しぶりにこんな間近で見る羽深さんはやはり美しいしかわいらしい。これにうっかりやられちゃうんだよなぁ……。
「今は時間がないからとにかく謝らせて。ごめんなさい、拓実君」
僕も納得できてるわけじゃないが女子にこんな風に頭を下げさせるのも不本意だ。
「羽深さん、顔を上げて……。謝らなくていいよ。僕と羽深さんは住む世界が違うんだ。安易に関わっちゃった僕も悪かった」
「なんでよっ!? なんで拓実君までそんな風に言うの?」
あれ、謝んなくていいって言ってるのにキレられてる?
「ねぇ、何か言って、拓実君」
「あ、いや、だから謝らなくていいからと……」
「なんで?」
「その……君とは世界が違うから……?」
「そこよ。なんで世界が違うとか言うの? どういう意味?」
「うーん。羽深さんは超美人だしかわいい高嶺の花だけど、僕の方はと言えば」
「ちょーっ、ちょちょちょっ、ちょっと待ったぁ! 今なんと?」
「え?」
「いや、拓実君、今わたしのことをなんと?」
「あぁ〜、うっかり本音が……」
ってあれ、うっかり本音がって本音がうっかり声に出てた!?
「うわっ! ちょ、もう一回! もう一回! さっきうっかりわたしのことをなんと?」
「いやぁ、改めて言うとちょっと恥ずかしいと言うか……」
「大丈夫! わたしもうっかり聞き逃したみたいだから、ほれ、もう一回!」
「ほれって……もう、しょうがないなぁ。羽深さんはみんなの高嶺の花だけど、僕なんかは目立たないモブキャラだし住む世界が違うと」
「ちょーっと。そこじゃなくて! もうちょいっ! あともうちょこっとだけ前のやつちょうだいっ! 高嶺の花の前のところ! はい、どうぞっ!」
「えぇっ? 羽深さん、キャラ崩壊起こしてない?」
「いーからっ! 今いいところだからちょっと黙って!」
「……」
「黙ってどうするのっ! さあ、ちょうだいっ!」
「はぁ……。羽深さんは超美人でかわいい高嶺の花だけど、僕は」
「オッケーイッ! つまりそれが……拓実君の……その……う、うっかり出ちゃった本音……なんだね……。そ、そっかぁ〜、拓実君はわたしのことを〜、超美人で超かわいくて超愛おしくてしょうがないと思ってるんだぁ〜。ふぅ〜ん、そうなんだぁ〜、へぇ〜」
言ってねーことまで追加されてるけど?
まあ概ね当たってるけどさ……。
と僕としては全くもって消化不良な状態だが朝礼前のチャイムが鳴る。タイムオーバーだ。
「いけないっ! 急いで戻らなきゃっ。行こっ、拓実君!」
来た時みたいにまたグイグイ手を引っ張られて教室へと戻った。
クラスのみんなから僕は奇異な目で見られている。
羽深さんがあんなことを叫んで僕を強引に連れ出したのもあるけれど、戻ってきてからの羽深さんが顔を真っ赤にしてモジモジモジモジしているもんだから、一体今度は何をやらかしたのだと関心を集めているようだ。
何しろ僕ときたら、天下のセクハラ野郎だとみんなから思われちゃってるからね。
とほほ……。
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