第19話 やめときなよ

 放課後校門を出て駅へと向かう道程で、前方を羽深さんと例の取り巻き軍団——といっても女子だけだが——が歩いてる。


 たまたまその中の一人が僕に気づいたようで怪訝そうにチラチラこちらを窺い見ている。やがてついに我慢できなくなったのか、立ち止まってこちらに向き直り言い放った。


「ちょっとあんた! いつまでららに付き纏う気!? 気色悪いことするのもいい加減にしなよっ!」


 僕の帰り道も同じ路線の同じ最寄駅なのでまさかそんな言いがかりを付けられるとも思っておらず面食らってしまった。

 何事かと衆目を集めてしまっているのもあって、僕は動揺のあまり言葉が出てこない。羽深さんに目で訴えてみたが目が合うことはなかった。

 羽深さんは僕を訴えているクラスメイトにただ小声で「やめときなよ」と言っただけでこちらを見ようとすらしない。


 今朝までの親しげだった様子は今や微塵もない。

 信じたくなかったけど、やっぱり僕は酷くからかわれていただけだったんだろうか……。そんなことするような人じゃないって羽深さんのことを信じたいけどこんなの見せられるとそれも難しい。

 大げさかもしれないが、今僕は絶望で目の前が真っ暗になるような気分を味わっている。しばらく呆然と立ち尽くしていると、やがて彼女たち一派もその場を去って行った。

 去り際、キモっとかウザっとか乏しそうな語彙の割に僕の心には十分深く突き刺さる罵声を浴びせられた。


 羽深さん、あなたはどんな気持ちでその様子を見ていたんでしょうか。

 馬鹿みたいに浮かれていた僕を嘲笑ってたんですか。


 屈辱のあまり僕のまなじりには涙が滲んでいた。


 このまま羽深さんたちと同じ電車に乗るわけにもいかないし、どこかで時間を潰す必要がある。僕は目に入ったハンバーガーショップで時間潰し——実質的には騒つく気持ちを落ち着けるための時間を取ることにした。


 何か音楽でも聴いて気分転換でもするかなと思ってプレイリストを漁る。

 真っ先に目に入ったのは、今朝作ったばかりの羽深さんにリクエストされてセレクトした幸せな気分に合う曲のプレイリスト……。


 気持ちを落ち着けるはずが、カーッと一瞬で頭に血がのぼる。やり場のない怒りがこみ上げてきてそのプレイリストを削除した。くそぉっ。バカにしやがって。

 のこのこ羽深さんの誘いに乗って天にも昇るような気持ちで浮かれ切っていた自分のことが恥ずかしくて腹立たしくてしょうがない気持ちになった。


 我慢しようとすればするほど涙が溢れる。

 ダメだダメだ。男のくせに人前でこんなに泣いてたらカッコつかないよ。しかも女の子に泣かされるとか小学生男子かよ!

 ってここまでカッコいい要素がまるで皆無なんだがな。あーぁ……。


 と、こんなタイミングで着信。

 涙に滲んでよく見えない。ゴシゴシ目を拭って見てみればなんと羽深さんからだ。今更何の用だよ。心がささくれ立っている。

 正直今はこの人からのコンタクトには拒否感しかない。明日だって一緒に登校するような気持ちにはもうなれないし、向こうだってもうそんな気ないんじゃないかな。

 一応もう見るのは最後という気持ちでメッセージを開いた。


『さっきは友里恵たちが酷いことを言ってごめんなさい(´>人<`)』


 謝罪だった。

 少し意味を考えたが、この人だって否定しなかった。お仲間を庇っているだけにしか見えないよ。


 惚れた弱みなのか何なのか自分でも分からないが、彼女のアカウントをアプリから削除したりブロックしたりするほどの度胸はなく、かと言ってこれ以上彼女から弄ばれるのはごめんだという強い気持ちもあったのでThreadの彼女からの通知をオフに設定した。

 これで僕の心を惑わす彼女からのメッセージが来たとしても通知されない。一向に既読が付かなければさすがに彼女ももう僕をからかうのを諦めるんじゃないだろうか。

 自分でやっておきながら酷く寂しく悲しい気持ちにさせられたがきっとこれでいいんだ。そう自分に言い聞かせてそれ以上考えないことにした。


 明日からの学校生活が思いやられる展開になってしまった。あんな人に関わったばっかりに……。

 故郷は遠くにありて思うものとかなんとかいう言葉があったが、故郷を羽深さんに置き換えてもそのまんま成立するな、なんて思った。


 ほとぼりも冷める頃合いで店を出て駅に向かった。もう電車も何本も出たはずだし、さすがにこれだけ時間をずらしたら彼女たちとまたかち合うこともないだろう。

 駅舎に入り利用する路線の改札を抜けてホームに出ると、今一番見たくない人物が目に入る。

 この人は……。

 ホームのベンチに羽深さんが握りしめたスマホを見つめて座っていた。独りで。考えたくないがまだ僕に絡もうとしているわけじゃないだろうな。

 僕は万が一の接触を避けるために踵を返し元来た通路を引き返すことにした。


「拓実君!」


 僕を呼び止める声。最悪だ、見つかったか。

 でも僕は無視して足を早めた。全速力で階段を駆け上がりトイレに逃げ込んだ。個室に入って呼吸を整えながら前にもこんなシーンがあったことを思い出す。

 考えたら僕は羽深さんに関わると必ず最後はトイレに逃げ込んでいるな……。なんとも情けない。

 もうこんなのはごめんだ。

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