異世界帰りのJK勇者はファンタジーから逃げられない
horiko-
第一章 勇者様はファンタジーがお嫌い
第一話 異世界帰りの女子高生
魔王を倒した翌日のこと――。
勇者、
「本当に、帰るのですか。――リツカ」
「もちろん。魔王さまを倒すまでが約束でしょ」
豪奢な衣装を纏った女の子は異世界の女神さまだ。莉都香は女神さまに召喚されて魔王を倒してほしいとお願いされた。魔王を倒してくれれば日本に返してくれると言うので渋々と手伝うことになり、詳細は省くが、数多の犠牲と莉都香の献身と、紆余曲折を経て――ひとまとめにすると死闘の果てに莉都香は魔王を倒した。
「リツカは
「興味ない」
「ぅ……」
女神さまは瞳を潤ませて莉都香を見上げてくる。
「そんな目で見ないで。約束よ、元の世界に返してくれるんでしょ?」
「約束は、しましたけど……。ぅぅぅ~~~……、この世界はきらいですか?」
「……さあね」
はじめてこの世界にやってきたときは、この世界を大嫌いだった。ムリヤリ連れてこられて、魔王を倒してくれなんて訳の分からないことを言われて、剣と魔法を学んで、戦場を連れまわされて、何度死ぬかと思ったかわからない。
ただ、異世界で暮らすうちに友達ができた。優しくしてくれた人もいる。胸がときめく出逢いもあった。異世界も悪いことばかりじゃないな、と思った。
しかし。ゲロを吐いてのたうち回るような痛みに堪えて、泣いて喚いて髪を掻きむしりたくなるような痛みを呑み込んで、喜怒哀楽が消えて何も感じなくなるくらいに精神がすりきれて、莉都香が思うことはただ一つだ。
「私は元の世界に帰りたいの」
「この世界で生きていくのは、嫌ですか……?」
莉都香は冷たく鋭い眼差しを女神さまへと向ける。
「いいかげんにしてくれる? 帰すのか、帰さないのか、ハッキリして」
「私は! リツカに残ってほしいのです!
感情的に声を上げる女神さまの瞳からはポロポロと涙がこぼれ落ちていく。
莉都香は、はぁ……とため息を吐き、女神さまの頭を撫でる。柔らかな金色の髪に優しく触れると女神さまは甘えるように莉都香のお腹に額を寄せてきた。
子供は、特に女の子は苦手……。優しくすると懐かれるし――。
女神さまの見た目は小学生くらい。先代の女神さまが魔王に殺されてしまい、女神としての知識もないままに
女神さまを不憫に思い、勇者の力とやらがあるならしょうがないか、と魔王を倒すための手伝いはしたが、これ以上助けてやるつもりはない。
「魔王は死んだ。操られていた魔族たちは故郷へ、支配されていた魔物たちは森に帰った。
「でも……」
「ダメ。先代の女神にも約束したでしょ?」
「…………っ、……はい…………」
女神さまは弱々しくも顔を引き締める。先代の言葉と未来への不安に板挟みになっているようだった。でも、それは幼い女神さまが自力で乗り越えていくべき試練だと、莉都香は考えている。
「えっと、えっと……それじゃあ、女神としてお礼をさせてください! 元の世界に帰る以外にもひとつだけどんな願いでも叶えてみせます」
そういえばそんな約束もあった気がする。勇者の力を返還すれば、どんな願いでも叶えることができる、と。
「……それなら、高校生に戻りたいかな」
莉都香は自分の姿を見返す。
莉都香は異世界で七年間も過ごした。もう、二四歳だ。いまから大学に行って、就職して……、それとも結婚だろうか? ――そのまえに事情聴取があるかもしれない。父さんがすっ飛んでくる気がする。
「わかりました……!」
「できるの?」
「女神の力を使えば、……できるはず、です!」
女神さまは莉都香の手を取る。
すると、莉都香は自分の身体から勇者の力がすべて消え去っていくのを感じた。そして、掌を通して女神の力と混ざり合って……莉都香の身体を包み込んだ。
全身を包み込む温かい光に首を傾げた。癒しの魔法じゃない。まるで温泉に入っているような、体の疲れが抜けていくような不思議な力だった。
「これは?」
「――
女神さまは大きな姿見を魔法で呼び出すと、莉都香の手を引いて姿見の前に連れ出した。
「――っ!?」
「どうですか? この世界に来た時の姿に戻った感想は?」
そこには、腰までさらりと伸ばしたストレートの黒髪に、ぱっつん前髪ときりりとした黒瞳。冷ややかな印象を受ける顔立ち。膝上カットのスカート、半長袖セーラー服の女子高生が立っていた。陰のある大人の女になっていた莉都香の姿は、幼さの抜けきらない高校生時代の姿に戻っていた。
「すご……ケガの痕も消えてる」
「リツカの時間だけを、地球を旅立ってから一週間後くらいに戻しました。その代わり、魔王と戦ったときのような絶大な力はもうないです」
「いいわよ。必要ないし」
剣の使い方、格闘技、パルクールばりの身のこなし、危険な森での過ごし方、人の殺し方、魔法の使い方……などなど。現代の日本社会で使い道はない。ああ、でも……魔法が使えるならYouTuberとして食べていけるかも――? なんて、ね。
セーラー服を着ながら改めて姿見を見た。
まさか若返らせてくれるなんて思ってもみなかった。まだ、高校生をやれるんだと思うとちょっと感激だ。一週間程度の行方不明だったら、家出でも言い訳になるだろう。父さんは激怒りだと思うけど――、どっちでもいいか。どうせパフォーマンスだ。本当の話なんて聞いてくれやしない。
「さて、お別れね」
しだいに光の道が消えていくのがわかった。道の先にある扉から目も開けられないくらいに光があふれ出てくる。そして、莉都香の意識はゆっくりとまどろんでいく。
「さよなら、女神さま」
「……たまには思いだしてくれると嬉しいです。共に戦った仲間たち、異世界のことを、……わたくしのことも」
「どうかしらね……」
女神さまはどこか濁った眼差しでじぃっと莉都香を見つめている。女神さまの低い暗い声が聞こえた。
「リツカはきっとまた私に逢いたくなります。きっとです」
「……ファンタジーはもう、うんざりだわ」
悪態を吐いて、莉都香の意識はすとんと途切れた。
***
暗闇が広がっていた。どこまでも深い闇の奥に沈みながら莉都香は遠くに聞こえる音と声を
身体が揺さぶられている感覚、遠雷のように聞こえる怒号、何かがぶつかる音、獣のような吼え声、苦痛にうめく声、異世界で嗅ぎなれた死の臭い、――最後に男の人がすすり泣く声が聞こえてから、静かになった。
莉都香はまた眠ってしまった。
……。
…………
…………――。
どれくらい眠っていたのだろうか。
莉都香が瞼を開けると、眩い蛍光灯の光に視界が真っ白になった。思わず手をかざそうとして、腕を上げられないことに気づく。起き上がろうとして身体が縛られていることを知った。
「……っ、なに……?」
一気に意識が覚醒する。
滲む視界に目を凝らした。ぼやける景色を鮮明にしようと瞬きをする。頭だけを持ち上げて身体を見ると、ストレッチャーに寝かせられてゴムバンドで体と腕を固定されていた。腕には空になった点滴が刺さっている。
女神さまに元の世界に戻してもらったことは覚えている。どこで目覚めるのかは聞いていなかったが、ここはいったいどこなのか。
ゴムバンドから右腕を抜いて点滴を引っこ抜く。ぴりっとした痛みが奔り、少しだけ血が滲んだ。勢いあまって点滴スタンドが騒々しい音を立てて倒れた。
「……ゥゥゥ……」
低い、獣のような唸り声がどこからか聞こえた。視線を横に向けた。
莉都香の隣、そのまた隣、そして奥にも。白いシーツに包まれた死体が置かれていた。すべての死体は白いシーツごとスチールテーブルに粘着テープでぐるぐる巻きにされていて、死体ががくんがくんと暴れるたびにスチールテーブルが軋む。そして、ひとつの死体にかかっていた白いシーツがハラリとめくれ上がった。
「……ゥゥゥ。……ァ、ァァ、ガァァァ――!!!!」
「ひぃ――……っ!?」
ごくりと生唾と共に悲鳴を呑み込んだ。
そこにはしわだらけの老婆の顔があった。歯をむき出しにして莉都香を睨みつけていた。見た目は生きている人間と変わらないように見えるが、異世界で似たようなモンスターを見たことがある。
異世界ではアンデットモンスターに出会うことは珍しくなかった。でも、ここは莉都香の世界だ。日本のはずだ。壁を見れば、『霊安室』と簡素な札が貼ってある。
言い知れぬ恐怖に全身の血の気がザァァ――と引いていき、足が痙攣したようにガクガクガクと震えだす。
「……な、なん、で……――?」
莉都香のつぶやきに
当然、莉都香が日常でオカルト話題になると露骨に不機嫌になる演技を心がけてきたため、家族も友人も莉都香がオカルト嫌いであることを知っているが、震えあがるほど大苦手であることは誰も知らない秘密だった。
オカルトに対する強烈な恐怖心は異世界で七年間過ごしても変わらなかった。ゴブリンだとか、ドラゴンだとか、スライムだとか、そんなモンスターは平気なのだが、ゴーストやゾンビだとか……アレはほんとにムリ。
異世界で見慣れたおかげでいまなら足の震えが止まらなくなるくらいで済んでいるが、初見で遭遇したときには悲鳴こそ堪えたものの立ったまま気絶した。その後は襲われたら背を向けている間に仲間の聖職者に秒で浄化してもらっていたくらいだ。
「そうね、これは夢よ……夢……」
莉都香は青い顔のままストレッチャーに横たわり、もう一度瞼を閉じた。
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