第13話 メンテナンス

「どうですか?」椅子に座った高瀬は眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。

「はい、大丈夫だと思います」わたしは頷いた。


「どうぞお掛けください」右手を差し出す言葉に従って腰を下ろした。椅子のスプリングがギッと音を立てて、月に一度の憂鬱ゆううつな時間が始まった。


「大丈夫とは、すべてのことにおいて、と受け取っていいですか?」

「はい」


「嘘はついていませんね」

「はい」

 これは、どんな思考の流れで出てくる問いかけなんだろう。嘘をつく理由などどこにあるというのだろう。


 人って、信じていても裏切られたりする。だからと言って疑ってばかりいると、美玖ちゃん、あんたの顔が醜く変わっていくよ。時間をかけて、ゆっくりゆっくり醜くなる。

 美玖は別嬪べっぴんさんだから、そのままずっときれいでいなさい。だまされるのはいやだけど、騙すよりまし。死んだおばあちゃんの言葉が蘇る。


「彼の──門脇さんの言動に何かおかしなところは感じませんか?」

「いえ」軽く首を振った。


 この人の目は笑わない。いつもそうだ。だから目は合わせたくない。


「では」高瀬が立ち上がった。「こちらへ。いつものように着衣を脱いで横になってください」ドアの向こうにはベッドがある。


「メンテナンスを始めます」

「あの……」

「はい」高瀬が肩口に振り返った。蛍光灯の光を弾いた眼鏡のレンズで、その目は見えない。


 この人は、何を求めているのだろう。お金だろうか、地位だろうか、研究によって得られる名声だろうか。


「あの──高瀬さん、メンテナンスという言葉はやめていただけませんか」追いすがるように声を掛けた。

「それは失礼。では、検査を始めます」


 始めからそう言えばいいではないか。初めて会った時、わたしまだ──血の通った人間だったのだ。


 この人に、心というものはあるのだろうか。

 肌寒い日に、つるりと冷たい陶器が二の腕の内側に触れたような嫌な感じは、どうにも好きになれない。

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