Ver. スライムバスター 3
「あれはボディービルのポージング、『モスト・マスキュラー』だ!」
隣で解説のポンコツさんが、グッと拳を握りしめ、
「もっとも力強く見えるポーズという意味での総称だが、あの迫力は…… 間違いない! なんて素晴らしい!!」
口から泡を飛ばして熱弁しています。
しかも視線は変態のブーメランパンツの中央に釘付けです。
氷上の
無骨な氷のゴーレムですが、あれも良く見れば女のようですから、まあ気持ちは分からなくもありません。
今にもヨダレを垂らしそうなポンコツを殴ろうかどうか悩んでいると……
握っていたツタのロープから、変態の思念が逆流してきました。
状況的に『術』の対象者である変態は勇者の証明を果たしたのでしょう。となれば、次はあたしが術の施行者としての資格を問われる番です。
離しそうになったツタを強く握りしめます。
すると、意識がもうろうとなり視界が暗転して……
暗闇の中から六歳ぐらいの幼いの少年が現れました。
見たこともない異国の服を着て、全身はボロボロ。変わった素材の小さな人形を抱いて、おもちゃ箱のような物に座っています。
「あなたは?」
声をかけると少年が顔を上げました。男か女か分からないほど繊細で美しい顔はアザだらけで、どこか変態の面影があります。
そして昨日見た変態と同じ感情のない、冷めた笑顔を漏らします。
これはきっと、変態の心の中の闇。
座っている箱からも、禍々しい思念が漏れています。
『嫉妬』『暴力』『失望』『不正』『虚偽』……
しかしそれらは、あたしも子供の頃から慣れ親しんできたものです。
「同類なのですね」
手を差し伸べると、
「いいの?」
感情が欠落した少年が首を傾げます。
「このエリザベータ・トゥ・マルセス様を舐めてもらっては困るわ」
それはまるで修道院で聞いた逸話「パーンドーラーの扉」のようです。
運命の女神が悪を封入した地にパーンドーラーと言う少女が迷い込み、決して開けてはならない扉を好奇心から開けてしまう。そしてあらゆる災禍が外へ飛び出しましたが、彼女があわてて扉を閉じたので「希望」だけが残りました。
しかし少女は希望に触れると、そっとそれを扉の外に放ったそうです。
教官から話を聞いたときは良く解りませんでしたが、この少年が変態の『希望』なのは間違いないでしょう。
どんな悪意も『希望』がなければ働かないのかもしれませんが……
希望がなければ人は前に進むことができません。
あの男が求める『紳士』も、この希望から発生しているのでしょう。
少年の形をした最悪の災禍である『希望』が、あたしに手を差し伸べます。
しっかりとその手を握りしめ、
「これから宜しくね」
微笑み返すと……
あたしの心が、何処かにつながりました。
+++ +++ +++
「大丈夫ですか、殿下!」
あたしを抱きとめていたポンコツが耳元で叫びます。
できればイケメンか美少年の甘いささやきで目覚めたかったのですが、今は時間が惜しいので文句を言わず、変態を確認します。
身体の輝きが消え、通常の変態…… この世にそんなモノがあればの話ですが、それに戻った感じです。
「状況は?」
どれぐらい気を失っていたのか分からないのでポンコツに確認すると、
「アキラ殿の体力は戻ったようですが、攻防は一進一退です。何故か技のキレがイマイチのようで」
また見事な解説をしてくれました。
――大概、この女の正体も謎です。
千里眼を発動させ変態を確認すると、体中にあったさむぼろや青かった唇の色も戻り、心なしか筋肉も膨らんで見えましたが、顔はげっそりしたままです。
「やはり精力が枯渇してる?」
ここまで数多くの
「こうなったら」
アレしかないのかもしれません。
あたしがポンコツの手を振りほどくと、
「殿下、これ以上魔術を施行するのは危険です」
不本意ながら足元がふらつき、またポンコツに抱きかかえられてしまいました。
「安心してください、行うのは魔術ではありません」
初めての
昨日ポンコツの屋敷であたしの身体をジロジロ見ていましたし、泉に入る前もポンコツの腐れ巨乳に反応していました。
まあ、巨乳に反応するのは変態だから仕方がないとして。
女の肌を見て嬉しいなんて、まだ理解できませんが……
きっとあたしが美し過ぎるのが罪なのす!
「おーい変態!」
あたしはツタを引きながら大声で叫び、
「こ、これを見るのよ……」
やっぱり少し恥ずかしかったので途中で声が小さくなりましたが、何とかスカートをたくし上げてパンツを見せます。
「美少女萌え、チャージング」
すると変態の目がハートマークに代わり、また妙なポーズをとると雄叫びを上げ、表情からやつれ感が減りました。
「そうか、その手が」
するとポンコツがあたしをポイっと放り投げ、同じようにスカートをたくし上げ、身体をくねらせながら変態に投げキスします。
「セクシー美女、チャージング」
また変態から妙な雄叫びが聞こえましたが……
「おいコラ! 腐れ痴女ポンコツ」
あたしが立ち上がって正当な抗議をすると、
「殿下、この作業はわたしが行いますので無理なさらず休んでいてください」
しれっとそう言って銃士服の肩と胸の防具を外し、腐れた膨らみを強調しました。
「あなたには狙撃の仕事が残っているでしょう。それにそんなモノよりあたしの美脚の方が、効果が高いです」
フンと鼻で笑ってやると、ポンコツがこちらを睨んできました。
そしてあたしとポンコツが決着をつけようとしたら……
「ガシャーン!」
と、大きな音とともに変態がガーディアンを倒してしまいました。
まったく、あの男はタイミングの悪さも一流ですね。
ガーディアンが粉砕されると泉の表面の氷も砕け初め、ここまで水しぶきが飛んできます。あたしとポンコツは一時休戦して暴れ始めたマザーを見上げました。
「今がマザーの髪飾りを破壊するチャンスなのですが」
これでは標的が目視できません。
「殿下、ご安心ください。サイコ・ライフルは心で狙撃するのです」
目を閉じてポンコツが銃を構えました。
そんなネーミングは初めて聞きましたし、何だかカッコ良いのがムカついたので、横で小躍りしてやると、
「うっとおしいですね、猫かぶり殿下は……」
ポツリとそんな呟きが聞こえてきました。
――やはり、後できつーいお仕置きが必要そうです。
そしてポンコツが引き金を引くと、弾道が大きく弧を描き水しぶきの中に消え、
「どんだけー!!」
マザーの不思議な悲鳴がとどろきました。
+++ +++ +++
水しぶきが治まると、目に映ったのはマザーにしがみ付く変態でした。
「あと少しの辛抱だ」
変態は、高さ十メイルはありそうなマザーの頭の上までよじ登ると、例の杭を引っこ抜きます。
「ああ、何だかすっきりしたような」
するとマザーの言葉遣いも少しだけましになりました。
「あなたの体内にある氷の結晶…… その中に人がいるはずです。どうか俺たちにそれを渡していただけないでしょうか」
「まあ、お安い御用よ」
マザーはそう言うと人型から球体へ徐々に変化し、ポーンと氷の結晶を吐き出します。
変態はマザーから離れ、それをキャッチしました。
「助かります、マザー」
「いいえ、お礼を言わなくてはいけないのは私の方でしょう」
マザーが完全に球体になると、あたしたちの周りにいた半透明触手女たちも変形を始めます。
「聖女は生きてるの?」
あたしの問いに、
「凍っていて、俺では判断できない」
変態は氷の結晶を抱きしめたまま首を横に振りました。
「急いで、ハウス!」
あたしが縄を引っ張って指示を出すと、
「いえ、アキラ殿は犬ではありません」
またポツリとポンコツが呟きましたが、聖女に対する魔力供給が途切れた以上、蘇生は急がなくてはいけません。
「どうでもいいから引っ張るのを手伝いなさい」
変態は既に疲労困憊で、しかも結晶を抱きしめているせいで上手く泳げないようですから、頼りはこのツタです。
「はっ、はい殿下!」
やっとそれに気付いたポンコツが縄を引くのを手伝い、何とか岸まで近付けると……
「アキラ殿」
感極まったポンコツが池に飛び込みます。
仕方なく変態をポンコツに任せ、あたしも泉に入って結晶を確認しました。
中身は良く知る聖女の顔をした女です。
鑑定眼で確認すると、『仮死状態の人族』でした。
取り急ぎ錫杖でぶっ叩いて、氷を粉砕します。捨てようかどうか悩んだ錫杖ですが、これなら鈍器として有効活用できそうですね。
ポンコツや変態を殴るには丁度良いかもしれません。
本来は口付けで奇跡を起こすのですが、間違っても女の唇など吸いたくありません。なので出てきた聖女の顔をわしづかみにして、蘇生の為の魔力を強引に流し込みました。
「う、うーん」
すると唸り声がして呼吸が戻り、心音も聞こえてきたので、こちらは問題なさそうです。
あたしが振り返ると、
「アキラ殿!」
フラフラになった変態を見知らぬ女が抱きしめています。
黒髪にやや黄色い肌。
年齢も服装もポンコツと同じですが、顔がかなり違います。多少の面影はありますが、この変化は『隠蔽魔法』で何とかなるレベルではありません。
そうでした、ここは泉に入ると心の姿が反映されると言う伝説の、
「――真実の泉」
念のため水面に映る自分の姿を見ましたが、変化はありません。
間違いかと思い、もう一度振り返ってその女を確かめると……
「先生、会いたかった」
変態がそう言いながら、女を抱きしめました。
――するとまた、あたしの胸がチクリと痛みました。
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