仮面のマッスル Ver. ゴブリンバスター 4

 暗視魔法を使用して部屋の中を覗くと、中央の椅子に座っていたのは小娘鬼ゴブリン女王クイーンではなく、どうみてもボンテージ衣装に身を包むエロっぽい痴女でした。


 紫の瞳に紫の長い髪、背にはコウモリのような大きな翼があります。


 やや口が大きくて目がつりすぎてますが、革のベルトのようなブラジャーからはみ出し過ぎてる爆乳と相まって、男を誘うようないやらしいさがちょっとムカつきます。


 あれはデーモン…… それも漏れてる魔力から想像するに、かなりの上級種でしょう。


「あらあら何かと思えば、人族の男だね。どうやってこんなところに紛れ込んできたんだい」

 デーモンは余裕の表情で変態に話しかけました。


 部屋の中には手足と口を縛られたイケメンと美少年が数人壁際に転がされいます。

 さらにその前にはあたしたちを罠にはめた剣士と重剣士、それに盗賊シーフもいました。


 三人は縛られてはいませんでしたが、倒れたまま動きません。

 背には光の矢のようなものが刺さっています。


 美少年のあられもない姿に思わず生唾を飲み込みましたが、ジェシカはデーモンのデカい胸と自分の胸を見比べてため息をついてます。


 あたしの前で、そこの大きさを張り合わないでいただきたいのですが。


「悪党の最後と言うのは虚しいものだな。やつらは金になる話があると言いながら、あたしに魔族信仰を勧めてきた」

 ジェシカは動かない三人を見てため息をつきました。


「魔族信仰?」

 その言葉に、思わず怒りがこみ上げます。


 お母様とお父様を殺したやつらは、魔族信仰者の過激派だと……

 根拠のない噂ですが、世間ではそう言われ続けています。


「殿下も仇討ちを考えて、冒険者になったのでしょうが……」

「そんなつもりは毛頭ありません。冒険者になったのは『金』と『自由』を得るためです」


 あたしの口調が強くなってしまうと、

「失礼しました。ではなぜあの男の依頼を受けたのですか?」

 ジェシカは楽しそうに笑います。


「そのっ、ちょっと面白そうだと思ったからよ。そ、それからあたしのことを殿下と呼ばないで!」

 その態度についつい言葉がどもってしまいます。


 あの変態からの依頼は……


 一つ目が、

「この中にいる今回の黒幕と自分が戦っているスキに捕らえられた村人を救い出してほしい」

 二つ目が、

「今の自分の実力ではあの魔物を完全に取り押さえることができない。だから嫌がるよう『寝技』を続け、やつが逃げようとしたところを魔法で捕まえてほしい」

 の、二点でした。


「それにもしハイ・デーモンを生け捕りにしたら、かなりの報酬が出るはずよ」


 そうです、魔族信仰の尻尾をつかみたいとか、 ――あの男に興味がわいたとか、そんなことは全くありません。


 あたしはまだ含み笑いをしているジェシカを無視して……



 扉の中をそっと覗き込みました。



  +++  +++  +++



「もちろんお前を倒すためだ」


 変態男がそう言うと、デーモンは楽しそうに笑いだしました。


「魔力も持たない人族の男が、いったい私に何をすると言うの」

 そして妖艶に足を組みかえます。


 その下品な太ももにイラっときましたが、

「まあ見ているがいい」

 変態はそれを無視して、その場で腕立て伏せを始めました。


 相変わらずあの男もたいがいです。


「なんだいそれは?」

「パンプアップと言う…… 特定の筋肉に刺激を与え続け、血液の流れを活性化することで、一時的に筋肉を膨らます奥義だ!」


 そして油を塗りたくったぬるぬるの体を見せつけるように、妙なポーズを取り始めました。まあ確かに、痩せマッチョから、ちょいマッチョぐらいには進化したような気がします。


「馬鹿にしてるのかい」

「まだ気づかないのか…… 既にお前が操っていた幼気な少女たちは解放した」


 デーモンは変態の言葉に首をひねりながら手を広げ、魔法で水晶を呼び出します。

「おやおや、やはり下等種では大した実験もできなかったかい。しかしこれをお前がやったのなら、少しは楽しめそうだねえ」


 そして水晶を消し去るとその魔力を矢の形にかえ、変態に向かって打ち込みました。

 あれは、あの裏切り者パーティーメンバーに刺さっていたものと同じです。


「マッスルバリア!」


 しかしゴブリンと戦っていた時と同じで、変態には攻撃が一切通用しません。

 しかも怪しい油のせいか、つるりと滑った感もあります。


「なかなか面白い魔法だね」

「やはりお前は間抜けだな、俺は魔法など一切使っていない」


 その言葉にデーモンのエロい顔が歪みました。

 きっとあたしと同じで、わけがわからななくなったのでしょう。


 筋肉って、そんなに万能なものでしたっけ?


「じゃあそれは、一体何だい?」

「結果にコミットできるマッスルさ」


 あたしとデーモンは同時に首をひねります。


「俺はどれだけ鍛えても素晴らしいマッスルを得ることができなかった。しかしあることをきっかけに、鍛えれば鍛えだけ強くなれる体を手に入れた」


 変態はそう言いながら、また妙なポーズを決めます。


 あたしは軽い頭痛に襲われましたが、

「この波動、これはチートだな? まさか勇者召喚の…… あのクソ女神め、魔力を持たぬ男をだしに、一体何を企んでおる!」


「さて何のことだか、ではこれで遊びは終わりにしよう。お前が仕掛けないのなら俺から行く」


 変態男が堂々とデーモンに向かって歩みを進めます。


「魔法が効かぬだけだろう、物理戦なら勝てると踏んだか? なら後悔させてやる」

 エロいデーモンは顔を怒りに歪め、剣を持って立ち上がりました。


 あれは魔剣か何かでしょうか? 鞘から抜いた瞬間、数度ですが部屋の温度が下がったのがハッキリと観測できました。


 しかし変態は何食わぬ顔で立ち向かい、素早い剣を時によけ時に腕で受け止め、

「マッスル袖釣込腰!」

 妙な掛け声とともに、デーモンを放り投げてしまいました。


「くそっ、まだまだだ」

 しかしゴブリン達と違い、デーモンの魔力は投げられただけでは多少しか減少しません。


「ふん、愚かな」

 しかし変態はチャンスとばかりに、倒れたデーモンに覆いかぶさります。


「何をする気だ」


 デーモンは暴れましたが、変態は組んず解れつしながら相手の魔力を減少させて行きます。

「くっ、なんだコレは、動きがとれぬ! しかも油がねちねちして気持ち悪い」


 ……あれがきっと打ち合わせにあった『寝技』というものでしょう。


 あたしとジェシカは部屋に飛び込み、魔法で倒れていたイケメンや美少年たちを部屋から運び出します。


「しつこい!」


 さすがのデーモンも苦痛の表情を浮かべました。

 すでにボンテージの衣装はあちこちずれ、出ちゃいけない物が盛大に見えていますが、執拗に変態男は攻め続けます。


 男も既に仮面は取れ、あの美しい顔が苦痛に歪んでいます。


 もう動画撮影でもして、魔法ビジョン通信にアップすればかなりの広告収入が見込めそうな絵面ですか……


 そんなことをして通信監視兵に捕まっては目も当てられないので、ここはぐっと我慢です。


 仕方ないので脳内に焼き付け、今晩のオカズにすることに決めました。


 ジェシカも同じ思いなのか、固唾を飲んで変態イケメンとデーモンの戦いを眺めています。


 するとふと、あたしたちに向かって変態がウィンクしました。


 ジェシカは頬を赤らめてまた腰をくねくねしましたが…… そうです、まだあたしたちには仕事が残っていました。


 相手がハイ・デーモンだとしても、もうかなり弱っています。


 打ち合わせでは、あたしが敵策能力で逃げようとする場所を解析し、ジェシカがそれを打ち抜き、続いて二人で拘束魔術をかける。


 これならさすがに逃げようがありません。

 今までの会話から、相手はかなりの上位種ハイ・デーモンだと予測されます。


 ああ、一体報奨金はいくらなのか……

 いよいよ一獲千金の夢が膨らみます。


 わくわくしていたら、デーモンが変態から体を離しました。


「もう、覚えておきな!」

 何故かちょっと嬉しそうな赤ら顔で変態の身体を見ると、安い捨て台詞を吐きながらデーモンの体が魔力を帯びました。


 あたしは千里眼と解析眼、ついでに奥の手である…… 秘密の『賢者の魔眼』も発動して、移転先を逆算します。


 読み切った瞬間、魔法スペル座標をジェシカに送信すると、


「捕った!」

 彼女は天井の一部を銃撃したあと、小さくガッツポーズしました。


 あたしたち二人が、落ちてきた物体に拘束魔術をかけます。


 そして……

 あたしが二重に張られた拘束魔法陣を覗き込むと……


「えっ、これっ、誰ですか?」

 そこにいたのは、あたしと変わらないぐらいの年に見える小娘鬼でした。


「これは、きっとこの巣のクイーンね」

 ジェシカがため息をつきながら、あたしの肩をポンと叩きました。


 て、ことは…… あたしが騙された……


 魔法移転の際にフェイントをかけた?

 それとも小娘鬼ゴブリン女王クイーンの身体を利用して、デコイをかけた?


 ――どちらにしても、これはあたしのミスでしょう。


 怒りと恥ずかしさで顔が赤くなると、

「裏切者も消えてしまい、大物は取り逃がしたけど、捕らえられた村人は救出できたしゴブリンの巣は壊滅しました。ある意味ミッション成功ですから、初めての冒険では上出来ですよ」


 ジェシカはまるで修道院の教官のようにあたしを諭すと、楽しそうに笑いながら、捕まえた小娘鬼ゴブリン女王クイーンを逃がしました。


 その慣れた態度にもイラっと来ます。

 ――どこかで教師や教官でもしていたのでしょうか。


「あ、あの変態が悪いのです!」

 怒りをぶつける先を探すと……


「あー、あっちにも逃げられたようですね」

 倒れていた裏切者のパーティーメンバーも消え、小さな紙切れが一枚あるだけで、部屋にあの男もいません。


 その紙切れをジェシカが拾い上げ、

「ねえ、もしよかったら今度遊郭にでも繰り出しませんか?」

 あたしに見せました。


 それは街で一番有名な高級店『魅惑のバロン停』の名詞で、裏には……


『今日はありがとう、ぜひニーナさんと一緒にお店に来てください。 ―アキラ―』

 と、下手な魔法文字で書きなぐってあります。


「ニーナさん?」


 あたしが問い返すと、

「やはりあたしにスパイは向いてないようですね。彼にも正体がバレていた…… ニーナと言うのは、市井でのあたしの通り名です」


 そう言って、自分にかけていた隠ぺい魔法を解除しました。

 すると赤かった髪も瞳の色も銀に変わり、更に美しくなって、ボインと胸まで膨らみます。


 もう、うっかりポンコツのくせに、色々と腹が立って仕方がありません。


 ゴブリンはすべて逃がしてしまいましたし、あたしのミスとは言えあの黒幕デーモンも捕り逃がしています。

 これではギルドに対する報酬の請求もできないでしょう。


「もちろんあなたのおごりでしょうね」


 あたしが自称ジェシカだかニーナを睨みつけると、

「はい喜んで、殿下」


 その女はとても優雅に、まるであの男のように、薄暗い地下室の中で……



 ――とても美しい騎士の礼を見せました。

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