アップテンポなバラードにしてくれ

エロい危険が多すぎる

 激しい戦闘だった。


 俺は真美ちゃんを起こさないように部屋に戻ると仮面をクローゼットの奥に隠し、シャワー室に入る。


 ポージングオイルの代わりに使用したサラダ油がなかなか落ちない。

 これも改善が必要そうだ。



 この世界に転移して三ヶ月、積極的にトレーニングと情報収集をしている。


 女神の話では俺は男であるがため、魔力が使えないらしい。

 それもあって鍛えれば鍛えただけ結果が出るマッスルをチートとしてもらったが……


 試しに鍛えてみると、明らかに今までと違った。


 中学高校と柔道で鍛えたが結果が出なかったガリガリの身体。

 社会人になってからもジムに通い多くのトレーナーに見捨てられたが、腕立てと腹筋とスクワットの基礎トレーニングだけで、ほんの少しだが筋肉が太り始めた。


 そして情報収集は勇者である真美ちゃんの話を中心に行っている。


 やはり彼女の事が心配だったし、そこにこの世界の『謎』が集約されている気がしたからだ。


 店のお客にそれとなく聞き、仲良くなったマークやエリック座長からも「お客である勇者の話を聞きたい」と、情報を集めた。


 こちらも有名人である「勇者様」の話だけに、思った以上の情報が集まり、今のところ順調に進んでいる。


 トレーニングのついでに実戦経験を積もうと正義の味方の真似事をしてるが、それも徐々に成果を上げ始めた。


 やはり実践が最高のトレーニングになったし、助けた人々からの情報提供も役に立っている。


 初めて会った三人組の冒険者の少女たちなど、今では仲の良い友人だ。



 まだ転移して一ヶ月ほどのある夜。

 トレーニングのため、帝都をぐるりと囲む壁の外で受け身や柔軟をしていたら、

「た、助けてくれ」

 どこかで見たオレンジ色の髪の少女が樹に縛られていた。


「どうした?」

 近付くと、それは俺を襲おうとした街のチンピラ? ミッシェルちゃんだった。


「密輸団の片棒を担いでたんだが、裏切られた」

 周囲には同じように縛られた緑の髪と淡いピンクの髪の少女もいる。


「自業自得だな」

 俺が首をひねると。


「あたいは良いから、あの二人だけでも助けてくれねえか。真面目な冒険者だったが食い扶持がなくて、仕方なくあたいについてきてるだけなんだ」

 ミッシェルちゃんが俺の目を見て訴えてきた。


「そんなミッシェル……」

「お願い! あたしは良いから、ミッシェルを助けて。あの子がいなかったらあたしたちはとっくに飢え死にしてたもの」

 すると残り二人がそう叫ぶ。


 俺がため息をつきながら、

「マッスル・ブレイク!」


 ミッシェルちゃんのロープを引きちぎると、

「なぜ助けてくれたんだ…… それにこの強靭な魔法ロープを、どうやって」


 少女はうるんだ瞳で見上げてきた。


 その顔がちょっとエロっぽ過ぎたし、張りのある太もものロープの跡やズレたチューブトップのブラからこぼれそうな形の良い胸がアレでソレで、ついつい顔を背け、


「罪を憎んで人を憎まず。これに懲りたら、これからは真っ当に生きるんだな」

 そう言うと、


「あたいらみたいな駆け出しの下級冒険者に、今時まともな仕事なんかねえよ」

 ミッシェルちゃんは寂しそうに笑った。


 残りの二人…… レナちゃんとマリーちゃんを同じように助けると、彼女たちも俺に感謝を述べ、ロープをちぎった俺の力に驚いた。


 ストレートの緑の髪に切れ長な瞳のスレンダー美少女は、教会の神官学校をリタイヤしたレナちゃん。タレ目でふわっとしたピンクの髪の巨乳少女マリーちゃんは、没落した貴族の使用人だったそうだ。


「俺に街の情報を売ってくれないか?」

 真美ちゃんのおかげで、俺の懐は温かかった。


 とりあえず一万ペル硬貨を一枚ずつ彼女たちに渡し、

「俺はいつもここでトレーニングしている。勇者の噂…… 特にあの兵器に関する情報があったら高く買おう。それはその手付だ」

 俺が頼むと、


「馬鹿じゃないの? こんなあたいたちのどこを信用するんだ」

 ミッシェルちゃんが目を丸くする。


 話を聞けば、裏社会や教会や貴族社会にも顔が利きそうだし、

「友を裏切らない人間は信用できるだろう」

 三人の助け合おうとする態度は、とても好感が持てた。


「この金をもらってバックレるかもしれないぜ」

 その日はそう言って姿を消したが、翌日彼女たちは多くの情報を持って集まってくれた。


 それ以来彼女たちからこの世界の常識を聞いたり、魔術や魔法戦闘のイロハを教えてもらっている。


「マッスルの兄貴は、ほんと世間知らずだな」


 格闘訓練の際、ミッシェルちゃんたちは相変わらず俺の体をさわさわと触り、胸や太ももを擦り付けてきて嬉しそうに顔を赤らめるが…… それを除けば、言う事はない。


 本当に、ミッシェルちゃんの張りのあるピチピチの肌とか、レナちゃんの痩せているのに大きなお尻の弾力とか、マリーちゃんの巨乳とか。


 何とかならないのだろうか。



 そして熱いお湯を頭から浴びながら、ニーナさんや今日あった神官の美少女、そしてボンテージ衣装の魔族の顔思い浮べる。


 ミッシェルちゃんたちから勇者製造武器の横流情報をつかみ、それが収集されていた古い魔法石採掘場に足を踏み入れが……


 あんな場所でニーナさんと再会するとは思わなかった。


 変装のつもりか髪の色や服装は違っていたが、見た瞬間彼女だったとわかる姿の女性は、金髪の恐ろしいほど綺麗な美少女を押し倒していた。


 さすがにアレは対処に困った。


 ニーナさんはハアハア言って美しい顔を愉悦に歪めてるし、押し倒されていた美少女は、神官服を半分脱がされていた。

 あの揉まれまくってた小さな形の良い胸や、レースの上品なパンツが今も目に焼き付いて離れない。


 なんとか少女を助け、武器横流しの黒幕までたどり着いたが、あのボンテージ衣装のエロすぎる悪魔も強敵だった。


 寝技に持ち込むと初めは普通に抵抗したが、途中から俺の変なところを触ろうとしだすし、勝手に自分の服をずらし始めて巨乳を使った反撃に出てくるし……

 さすがにいろいろピンチだった。


「この世界はエロい危険が多すぎる」

 この辺りも何か対策が必要そうだが…… 名案が浮かばない。


 仕方がないから、その辺は満喫するしかないだろう。



 俺はシャワーから出ると、まだ寝ている真美ちゃんと先ほど奪った拳銃を見比べて小さくため息をつく。


 窓のカーテンから、朝日が漏れ込み始めている。


「真美ちゃんそろそろ朝だよ」

 俺の言葉に少女が目をこすった。


「もうそんな時間?」

 ベッドサイドの時計を確認すると、片腕を大きく上げてパジャマ姿のまま大きなあくびをする。

 寝るときは下着をつけないのだろうか?


 ピンクの可愛らしいパジャマ越しに、その凶悪サイズの胸がボインと弾んだのが分かった。


 俺の視線に気づいたのか、真美ちゃんはニヤリと笑うと…… 何故かもう一度反対側の腕を上げて背を伸ばし、さらに大きくボインと胸を揺らしながらあくびをして、


「着替えるから」

 シーツを胸まで上げると、いくつかの魔法陣を輝かせた。


 そして勇者服…… 何度見ても魔法少女の衣装にしか見えない。に、身を包み。


「じゃあまた来るね、だから約束は守ってよ」

 そう言って顔を寄せてくる。


 この世界で初めてとった客は真美ちゃんだ。

 その時、彼女は何故か俺に他の客と寝ないでほしいと頼んだ。


 きっとこんな場所で働き始めた俺を哀れんだのだろう。


 まあ前世の価値観がある俺からすると、この世界の貞操観念は美味しいところが無きにしも非ずだが……


 紳士は約束を違わないものだ。


「もちろんです」


 俺が頭を下げると、彼女はオールナイトの追加料金である一万ペル硬貨を七枚置き、

「お金の事は気にしないで。あたしチートのおかげで、びっくりするぐらい帝国や教会からお金をもらってるから」


 悪戯っぽく微笑むと、窓から飛び出していった。


 俺は空を飛ぶ真美ちゃんのパンチラをしっかり確認し、壁の受話器を取って、

「勇者様お帰りになりました」

 座長に連絡を入れる。


 真美ちゃんが帰って気が抜けたせいか、どっと押し寄せてきた疲れに耐えながら会話を続けていたら、


「もっと自分を大切にしな」

 エリック座長が大きなため息を漏らす。


 やはり何か色々と誤解があるようだ。


 俺は遊郭の取り分である二十パーセントを計算すると袋に硬貨を入れて、片づけに来た給仕の少年に渡す。

 それから眠る前の日課である腕立て伏せ千回、腹筋千回、スクワット千回を三セット行い、もう一度シャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。


 少女特有の甘い匂いがベッドに漂っていたが……



 やがて俺は疲れのせいで、深い深い眠りへと引き込まれていった。



  +++  +++  +++



 遊郭は夜の華だ。

 日が沈み始める頃、街は活気を帯びる。


 厨房で仕込みが終わる頃、俺たち接客スタッフがミーティングを始める。

 ステージの上でエリック座長が何か話していたが、座席にいた俺たちはあくびをかみしめながらそれを見上げてるだけで、話は頭に入ってこない。


 まあそれでも、全員がこうやって集まることが重要なのだそうで、座長も俺たちのその態度を気に留めていなかった。


「昨日もすごかったみたいだね、僕の部屋まで振動が伝わってきたよ」

 隣に座っていたマークが苦笑しながら話しかけてくる。


「彼女にも色々あるのさ、また勇者の噂話があったら教えてくれ」


 そう話してから、ふと昨夜耳にした変態男のことが頭をよぎり、

「それから帝都で痴漢が出るという話を聞いたが、そっちも情報があったら頼む」


 マークに一万ペル硬貨をにぎらすと、

「悪いね、助かるよ。贔屓のお客さんに衛兵の重役がいるから、ちょっと話を振ってみる」

 そう答えてくれた。


 真美ちゃんのおかげで俺の成績は新人『呼び出し』の中では群を抜いていたから、マークも気にしずお金を受け取ってくれる。


 しかし帝都に痴漢か…… 相手によっては良い腕試しになるかもしれない。


 俺がそんなことを考えていると、

「アキラ、支配人から話があるそうだ。後で顔出しとけ」

 壇上から座長の声がかかった。



 ミーティングの後支配人室に入ると、豪華なソファーの上で着物のような服を着た女性がキセルを燻らせている。


 見た目三十歳前後に見えるが、この世界の女性の年齢を考えると八十代。

 しかし、この世界の女性は見た目以上に皆若く元気だ。


「街に出る変態の話は知っているかい?」

 俺が首を振ると、


「なんだか危なっかしいからね、年寄りからの助言だよ」


 初めて会った時と同じように気だるそうにそう言うと、


「帝国の動きがおかしい…… 教会がこっそりバックアップしている民権運動とか、冒険者同士の怪しい動きがそうさせてるんだろうが、こいつは根っこの部分でもっと危険なものがうごめいてる」

 キセルで目の前にあった灰皿をパチンとはじいた。


「変態が何か?」

 その話は真美ちゃんから昨夜聞いたのが始めてで、俺との関係が分からない。


 もう一度首をひねると、

「まあいいさ、ただここを抜け出すときはもう少しうまくやるんだね。あれじゃあ、あたい以外にも気付くやつが出てもおかしくない」

 支配人は仕方がないとばかりにため息を漏らす。


 慌てて支配人に頭を下げると、

「それからここの用心棒にも気をつけな。一番ずる賢い詐欺師は、間の抜けた愛らしい阿呆にしか見えない…… だからたちが悪いのさ」


 そう言って、虫でも払うように手を振る。


 ニーナさんのことだろうか?

 しかし彼女が詐欺師のように、人をだますとは思えない。


 俺が悩みながら退室すると、支配人の小さな呟きが、

「まあ、あんたも同類だけどねえ」



 ――ため息とともに、聞こえてきた。

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