魅惑のプリプリお尻
ニーナさんの家はレンガ造りの広々とした邸宅だった。
「帝国の騎士だった頃はもう少しちゃんとした屋敷に住んでいたんだが」
一人暮らしには十分すぎるその家には、タキシードを着た可愛らしい少年が、部屋を掃除している。
「専属じゃないがメイドがいてね」
「ご主人様、夕食の準備が済んだら今日はもうお暇しますが」
少年は俺の姿を見ると、可愛らしく首をひねった。
「お二人分で?」
もう何だかツッコミどころ満載だが……
「ああ、頼むよ」
ニーナさんは笑顔でそう答えて、去っていく少年の尻をエロ親父のように眺めた後、
「食堂の奥がメイドの詰所になっている。給仕服で悪いが、ぼろ布よりはマシだろう」
詰所まで案内してくれる。
部屋の中には新品のタキシードがハンガーに並んでいた。
サイズが合いそうなものを選び、袖を通して部屋を出ると、
「なかなか似合うよ」
待っていたニーナさんが嬉しそうに微笑む。
そして食堂で、先ほどの続き…… この世界の説明とニーナさんの推論を聞くことになった。
「通常勇者が召喚されると移転ゲートを通る際に、女神様から『莫大な魔力』と『チートと呼ばれる特殊なスキル』と、この世界の言葉がわかる『翻訳能力』が渡される」
俺はニーナさんの話を聞きながら、女神と名乗ったピンク色のふわっとした髪の、ちょっと頭の悪そうな女性を思い浮かべた。
「あなたは男性だから、三つの祝福のうち『莫大な魔力』を受け取ることができなくて、『チートと呼ばれる特殊なスキル』も発動しなかったのではないかと」
この夢の中で日本語の会話が成立していることが謎だったが、この説明だとなんだか徐々にリアリティが出てくる。
「皇帝陛下と教会は不仲だ。原因はなかなか討伐できない魔王の存在なのだが、城内ではどちらかが魔王軍と内通しているのではないかという噂まである」
ニーナさんは誰もいない食堂をキョロキョロと見回し、俺に顔を近づけると。
「民衆の陛下に対する支持は、年々落ちている。異世界文化の影響か、民主制というものを声高に語る者も出てきた。そこで魔王を討伐した勇者が生き延びると、今の帝国は揺るぎかねない」
だから魔王軍に情報を流し、寸前のところで勇者が毎回命を落とす。そんな状況になっているのではないかと、もっぱらの噂らしい。
「私も馬鹿げた噂だと思っていたが、勇者殿の討伐に同行し、幾度となく帝国軍の動きに不信感を抱いた。そこで内定の真似事をして城内を探っていたら、このザマだ」
俺はもう一度皇帝陛下と呼ばれた女性と、聖女と呼ばれていた女性の表情思い浮かべ、
「それと今の俺の状況は何か関係があるんですか」
ふと聞いてみると、ニーナさんはさらに近づいてきた。
もう少しでキスしてしまいそうなぐらい顔も近い。
清楚で整った顔が妙に赤らんでいるのがエロ可愛いが……
「物事に偶然というのは意外と少ない。これは女神様が仕組んだ天罰か、聖女様が企てた何らかの作戦かもしれないな」
さわさわと俺の太ももを触り始めたのは何故だろう。
「もしそうだとしたら、俺は何をしたらいいのか」
そう言いながら咳払いをすると、ニーナさんは慌てて手を引っ込めて縮こまる。
エロおやじっぽい動きは微妙だが、真面目と言うか人が良いと言うか。
――どうもこの人は憎めない。
今も申し訳なさそうに首をすくめる姿は、どこかあのちょっとドジで真面目すぎた恩師に行動が似ていた。
彼女を十歳ほど若くして、髪と瞳を銀色にしたら容姿もなんとなく似るかもしれない。
まあそれは、もう一度先生に会いたいという俺の願望が見せる幻なのだろうが。
「そうだな、もしそうだとすれば、どちらかから接触があるだろう。あなたは構えて待っていればいい」
そこまで話していたら、メイドの少年…… で、良いのかな? が、二人分の食事をテーブルに並べる。
「それでは今日はこれで失礼いたします」
少年が頭を下げると、ニーナさんは嬉しそうに手を振り返し、
「では食事としよう」
ワイングラスのようなものを傾けてきた。
グラスを重ね、俺も一口飲むと……
やはりそれはワインの味がした。
+++ +++ +++
ぐでんぐでんに酔っ払ったニーナさんを寝室まで運ぶと、俺は部屋の窓を開けた。
見慣れない星座が彩る夜空を見上げながら覚悟を決める。
視覚、聴覚、味覚や香り。
抱き上げたニーナさんのぬくもりや柔らかさ。
まぁ薄々は気付いてたけど、どうやらこれは夢じゃないようだ。
彼女の話をどこまで信じるかはまた別の問題だが、このままじゃ迷惑をかけることは間違いない。
お尋ね者ではないにしろ、あの皇帝陛下とやらがタダで見過ごすとは思えないし、女神様とか聖女様とかの思惑もやはり気になる。
「男一人養うぐらいの甲斐性はある」
ニーナさんは胸を張ってそういったが、
「俺の世界じゃ、それをヒモって呼ぶ」
ただのんびりと待ち構えているのも性に合わないし、紳士としての規範にもそぐわない。
また俺を心配してくれるような人が、命を落としたら目も当てられない。
「男の遊郭っていうのにも興味があるしな」
ニーナさんから聞いた話を思い浮かべながら、彼女にシーツを掛ける。
この世界では、男が女性客にサービスするのが風俗店だそうだ。
今俺に必要なのは、『情報』と生きるための手段である『お金』。
風俗店ならその条件が両方とも満たされる。
ふと、母の顔が横切ったが…… やはり背に腹は代えられない。
俺が悩んでいたら、寝返りを打ったシーナさんの美しい太ももが月明りに照らされた。ついでにスカートの裾もめくれ上がり、白いレースのパンツもばっちりとみえる。
魅惑のプリプリお尻を何とかシーツで隠し、
「ありがとう、この恩はきっと返すから」
そう言って部屋を出ると。
「ちっ、へたれアキラめ」
舌打ちと不貞腐れたような呟きが……
どこかから聞こえた気がした。
+++ +++ +++
どうせ勤めるなら一番大きな店がいいだろうと、塀で覆われた区画の一番奥にあった『魅惑のバロン亭』の門を叩く。
ここで働きたいと言うと、店の奥から支配人と呼ばれた三十歳程の女性が現れ、俺をジロリと睨んだ。
その視線はニーナさんと初めて会ったときに向けられたものと似ていて、何かを射抜くように俺の背筋が凍てつかせる。
「あなたなら家で働いてもいいわよ」
気だるそうにそう言うと、俺の採用はあっさり決まった。
後から聞いた話だが、彼女は高位能力者だけが使用できる『鑑定』スキル持ちだそうだ。
面接で略歴なんか聞かれたらどうしようか悩んでいたが、過去を問わないというのがこの街の暗黙のルールのようで、
「初めは『呼び出し』からね、しきたりは座長にでも聞いておいて」
そう言うと支配人は店の奥に姿を消し、続いて四十歳ぐらいの口ひげを蓄えた人のよさそうな男が姿を見せる。
「座長のエリックだ、君のことは何と呼べばいい」
「――アキラと」
そしてその時、初めてこの世界で自分の名を名乗ったことに気付く。
+++ +++ +++
「またあの勇者ちゃんがお忍びで来てるよ」
俺が両手に空になった皿やジョッキを持ってテーブルの隙間を走っていると、同僚のマークが近寄って耳打ちしてくる。
ここで仕事を始めて三ヶ月、ようやく仕事にも慣れてきた。
マークは見た目チャラい感じの男だが、根は真面目で勉強家で、将来は薬師になるのが夢らしく、開業資金をためながら試験勉強をしている。
この店で最初にできた友達だ。
マークの視線を追うと、カウンター席の一番奥に黒いロープをすっぽりとかぶった怪しげな女性が一人、フルーツジュースを飲んでいた。
「お兄さんこっち、串肉二皿追加ね!」
羽振りの良さそうな女性冒険者の集まりが、俺たちに手を振る。
最近は新しい勇者の影響で、冒険者も潤っているそうだ。
「はーい、今お伺いします」
マークが気を使ってそちらに行ったから俺は厨房に皿とジョッキを返して、奥にいたエリック座長に目配せをするとカウンターに向かった。
「あのっ、指名します」
カウンター奥の少女は俺の顔を見ると、ポツリとそう呟いて千ペル硬貨を懐から三枚取り出す。
遊郭と聞いていたから、もっと直接的な風俗を想像していたけど、実態はかなり違っていた。
この『魅惑のバロン亭』の一階は、どう見ても居酒屋だ。
『呼び出しと』呼ばれる俺達は、そこでウエイターのような仕事をし、女性客から指名があると隣に座って、話し相手をする。
金額は三十分で三千ペル。ちなみに一ペル日本円で一円ぐらいの価値だ。
「また城を抜け出したの?」
「うーんその、なんかやりきれなくって」
彼女の本名は
第五十五代勇者・マツーイがこの世界の名だ。
その話を聞いた時に、ついつい第五十一代勇者は「イチローだろ」と、突っ込んでしまったが。
「ハナコらしいよ」
と、真面目に返されてしまった。
どうやら女子校生に古い野球ネタは受けないようだ。
でもそれ絶対偽名だろうと、心の中でもう一度突っ込んだが……
「お城の人も聖女様もとても良くしてくれるけど、あと九ヶ月で大侵略が始まると思うと」
真美はいつも、ぽつりぽつりと自分の事をしゃべる。
もともとオバサンとしかうまく話を合わせれない俺は、そんな話をただ頷きながら聞いていただけだが。
三十分経つと。
「お願いします」
顔を赤らめながら、申し訳なさそうに懐から一万ペル硬貨を二枚出す。
『呼び出し』とは飲み屋で客を拾って、行為を行う男娼のことだ。
ちなみにその上には『部屋持ち』と呼ばれる高級男娼がいて、自分が寝泊まりする以外の客室を持ち、そこでお客さんを接待していた。
そもそも『魅惑のバロン亭』は高級店で料金も高く、男の方から断る権利もあったが、
「いつもありがとう」
俺はその硬貨を受け取り、寝泊りしている自分の部屋へ案内する。
ホールを出る途中、心配そうにエリック座長が俺の顔を見たが、気づかなかったふりをして階段を上った。
真美は顔を赤らめながら、俺の手を握り寄り添うようについてくる。
ここで働きだしたから分かったことだが、この世界の女性は十二歳前後で体内に魔力回路が宿ると、その後四年に一度しか年を取らない。
まあ実年齢は上がるんだろうが、肉体は若いままだ。
平均寿命は前の世界と同じで男女ともに八十代だそうだが、女性は見た目三十歳前後で寿命を迎えることになる。
この計算に照らし合わせると、ニーナさんの見た目は二十歳前後だったから、実年齢は四十歳前後といったところだろう。
俺より十年、人生の先輩になる。
そして魔力の基本能力は肉体強化で、成人した女性は皆男よりも力が強く…… 性欲も強い。しかも魔力回路の関係で妊娠するしないは女性が任意に選べるそうだ。
確かにそんな状態なら、男女の社会的地位や貞操観念が逆転してもおかしくはない。
そして男が女の客を選ぶ時に、いくつか注意していることがある。
まず、一番精力旺盛な見た目十代の女性。
これはしつこく過激なプレイを求めてくる客が多いせいで嫌われている。
続いて魔力量の多い女性。
どうやら女性の性欲は魔力と深くリンクしているようで、しかも力が強く底無しだから、お相手するのも命がけになる。
そして最も嫌われる客が、なんと勇者様だ。
若くて魔力も桁違いに多く、転生者であるがゆえに溢れ出る力のコントロールもまだできず…… その立場からくるプレッシャーか、急激に変わった世界観のためか、歴代の勇者様は男狂いになるパターンが多かったそうだ。
「も、もう我慢できない」
部屋に入ると真美は慣れた仕草でベッドに腰掛け、潤んだ瞳で俺を見上げる。
彼女が脱ぎ捨てたローブをハンガーにかけていると、はちきれんばかりの胸の上にある、シャツのボタンに手をかけ……
「きょ、今日も、徹夜で…… あ、あたしの愚痴を聞いてよね!」
第一ボタンを外すと、ぷはぁっと息を吐いてベッドに大の字で寝転んだ。
「はい、もちろんです勇者様」
ベッドの横で俺が膝を折り、頭を垂れると…… 真美は嬉しそうに微笑みながら、
「でね、聞いてよ、それでね」
いつものように長い長い愚痴を話し始めた。
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