顔認証システム

 ネットに面白い動画があった。ある野球場の前で動画配信者が通りすがりの一般を捕まえて、ライバルチームのスター選手の悪口を言わせる。すると近くの物陰にいた、そのスター選手が目の前に現れる。


 これを複数人に試していくという内容だ。


 そのときの一般人の反応はどれも似たようなものだった。直前まで勢いづけて盛んに暴言を吐いており、過激なものだと中指まで立てていたはずが、その選手をみた瞬間目を丸くしたかと思うと、上目遣いで文字通り下手に出て期限を伺い、媚びへつらうかのような笑顔になって、握手やハグを求める。


 挙げ句の果てには「応援するよ、頑張って」なぞとのたまう。


 動画は選手がハケた後も続き、一般人の多くは「参ったな、ファンになってしまったよ」とハミカミながら言って終わる。


 このやりとりに見覚えがあった。選挙の時期のことだ。テレビをつけると野党の二世議員の選挙活動が特集されている。知名度だけは高いが中身はないとのことで、さんざっぱら批判を食ってきた候補者だ。


 しかし、その番組内では街頭演説のあとに数多くの有権者と握手を交わしていた。暇そうなジジイババアが「応援してるよ」と言いながら嬉しそうに手を伸ばしている。


 数週間前に街頭インタビューで野党の政策、二世問題に文句を垂れていたのもこの世代だったように記憶していたが。


 選手の悪口も、応援するといったのも嘘ではないと思う。目の前に屈強な肉体や地位を持つ人間が現れ、その地位からにひれ伏しただけではない。


 心から応援しようという気持ちになったのも事実ではないのか。それまで一方的にこちらが相手を知っているだけで、なにをやっても自分のことは相手に伝わるものではなかった。だから距離感もなくキャンキャン吠えていた。


 それが知ってもらえたことで自分と同じ土俵にまで降りてきたと錯覚し、親しみを感じる。それによって本当に心から応援したいという感情が、あたかも親友に対するように沸き上がったのではないのか。


 こんな経験をした。大学進学に際してアパートに入居することになった。家賃相応の壁の厚さと入居者の人間性の程度で、夜も賑やかだった。入居してすぐは隣人の生活音が気になって仕方なかった。


 それから数ヵ月もすると何度か顔を会わせるうちに、立ち話をする程度のなかになった。そうするとあの生活音も騒音から環境音程度になった。音にも顔はあるのだ。


 知る・知り合うというのは許容範囲に納めることに繋がっている。だからこそ引っ越しも営業も選挙も、まず挨拶回りで、スター選手も顔を売って親しみを得ているのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る