1章3話 全裸、そして秘密(3)



「肯定――まず結論から言うが、私めはヴァレンシュタイン様とランゲンバッハ様に秘密の共有を持ちかけない。2人には、私めが貴方様についてなにも知らないと勘違いしてもらう」


「――はい」

「理由――先刻、私めは、なぜ、そこまで頭の回転が届くのに、ヴァレンシュタイン様を疑わない? と言ったが、実のところ、記憶を覗いたから貴方様の気持ちは充分に理解できている」


「――――」

「提案――ゆえに、貴方様が無理だというのなら、私めが代わりに2人をマークしておく。これならば、貴方様は心苦しく思う必要はないし、特務十二星座部隊の中で特定の誰かからマークを外しておく、という事態も回避できる」


 瞬間、シャーリーの自室に静寂が下りる。

 互いに無言を貫いた。ロイはなんて返事したらいいかわからなかったから。シャーリーは彼の返事を待つことにしたから。


 数秒後――、

 ――ロイが口にしたのは提案に対する答えではなく、純粋な疑問だった。


「シャーリーさんは、それでいいんですか?」

「嘆息――貴方様はもっと自分本意な判断をした方がいい。これも同じように記憶を覗いたから知っているが、貴方様は他人の顔色を窺いすぎている節がある。訂正――厳密には、他人に優しくしないと罪悪感を覚えて精神衛生上よくないという理由で、他人を気遣うことが自分の本意になっている。だから自分本意な判断をしていると言えばしているが、より自己中心的な本意が望ましい」


「――――」

「ハァ、回答――私めは別にそれでかまいません。私めは貴方様ほどナイーブではないし、適材適所という言葉がある。貴方様にも貴方様にしかない美徳がある。ただ、今回はそれが活かされず、立場的にも性格的にも私めの方が適任だったと割り切ればいい」


「……ありがとうございます。ボクの代わりに、仲間を疑ってくれて」

「不服――か、勘違いしないでほしい。貴方様の方にはそういう理由で割り切ればいいと言ったが、あ、っ、あくまで私めの方は貴方様があの2人を疑うのが不可能そうだから、自分でマークした方が合理的と判断しただけ。貴方様のためではない」


 そこでふと、シャーリーは「えくっ……ち」と可愛らしくくしゃみをした。

 そして彼女のその様子を見てロイは思い出す。そういえば、自分たちはまだ全裸のままベッドの上にいるんだった、と。


「ところで、シャーリーさんが裸なのは理解したんですが、なぜボクまで裸なんですか?」

「自明――私めにも死にそうな貴方様を助けたい、という優しさがあったが、それと同時に、見返りとして研究材料がもらえるなら一石二鳥と考えた」


「見返り? すみません、いつか必ず用意しますんで……」

「否定――見返りならすでにもらっている」


「へ?」


 言うと、不意にシャーリーはベッドから下りて、立ち上がり、数歩だけ歩いて近くにあったテーブルに置かれたシャーレをロイに見せる。シャーレとはロイの前世にて、小学生や中学生が理科の実験で使う透明な皿ことである。

 で、その中には謎の白濁液が入っていた。


「疑問――貴方様がもともと異世界の住人だったことは理解した。となれば今の遺伝情報がどうなっているのかを知りたくなるのが、魔術師や科学者の性分です。というわけで、まぁ……、んっ、その……、ぅ、魔術を使い夢精、してもらった」

「ハァ!? 頭おかしいんじゃないですか!?」


 ロイにしては珍しく自分によくしてくれた他人のことを悪く言ってしまう。いや……、だが……、流石にこの反応は仕方ないだろう。と、やはり珍しくロイは自分を正当化する。

 しかし、シャーリーはわずかに面白くなさそうに――、


「むっ、失礼――私めのヒーリングは本来ならかなり高価。それこそ、娼婦が1回身体を売るぐらいの値段だってするはず。結論――私めがヒーリングをした回数だけ貴方様に……、ん、ぅ、まぁ、させるのは、むしろ必然と言っても過言ではない。安心していい。ヒーリング以上の回数はさせてない」


「えぇ……そういう問題じゃないんですが……」


「説明――もともと違う世界の住人のDNAやソウルコードを分析できるなら、確かに血液でもよかった。しかし! ヒーリングの対価に血を求めるのは本末転倒と言えるはず! 唾液や鼻水や汗でもDNAは分析できるが、しかしソウルコードの分析は難しい。そして考えた結果、精液が一番合理的と判断した! これ以上に合理的な候補があるだろうか? いや、ない! もっと言うなら私めがそういうことにもとから興味があったということもありえない!」


 やたら強くシャーリーは自分の行動の正当性を訴える。

 もちろん彼女の行動はとても非常識なのだが……逆に考えればそれだけですんだともギリギリ言える。


 あまりよろしい対価ではないが、ロイは命を救ってもらって、しかもシャーリーは上官なのだ。

 ここはいったん自分の感情を抑えるべきと、ロイはグッと声を飲み込んだ。


「最後――モルゲンロート様に大切なことを言い忘れそうになった」

「大切なこと?」


 そして、ロイが服を着てシャーリーの自室からそろそろ出ようとすると、唐突にも背中越しに、シャーリーは真剣な口調で彼のことを少しだけ止める。

 何気なくロイが振り返ると、シャーリーはまだ裸だったものの、心底悲しそうな声音で――、


「前提――今から伝えることは貴方様の戦いに対する覚悟、スタンスに始まり、剣を振り魔術を使うその全て、戦いの最中に頭に浮かべる全ての思考、そして戦場で生き残る可能性や、最終的には逆に死ぬ可能性にまで言及することになる」


「えっ――?」


「結論――貴方様は生き物として終わっている」


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