1章7話 リタ、そして膝枕(2)



 思わずロイは言葉に詰まってしまう。

 図星だったのだ。


 そして、流石に反応が露骨過ぎたのだろう。リタはロイのことを、咎めるようにジト目で睨む。

 しかしゆっくり息を吐くと、リタは(しょうがないなぁ)と言いたげに、穏やかに話し始めた。


「シーリーンセンパイを救った時、さ? アタシ、実はあの決闘場の観客席にティナと一緒にいたんだぜ?」


「そうなの?」

「あと、そりぁ、実際にその場にいたわけじゃないけど、アリスセンパイの政略結婚を阻止した話と、そしてもちろん去年の魔物の話も、アタシ、知っているから」


「――――」

「センパイのファンクラブの女の子たちは、なんて言うんだろ? センパイの外見や、剣術の技量や、聖剣使いである事実、確か――レッテル? って言うんだっけ? とにかく、それを気にしている子が多いと思うんだ」


「それも悪いことではないけどね。レッテルだって、ボクの一部には変わりないんだし」

「で、イヴも、シーリーンセンパイとアリスセンパイも、、センパイの優しいところやカッコイイところ、騎士としての強さじゃなくて1人の人間として強いところ、見た目以上に中身が好きなんだと思う」


「――――」

「でも、アタシはなんか違うんだよなぁ」


「違う?」

「アタシはたぶん、その中間が好きっていうかさ? 本当は誰にもわからないじゃん、他人の中身、心なんて」


「少し寂しいけど、そうかもしれないね」

「だから、まぁ、センパイのジェレミアの野郎を倒した時の言葉とか、一昨日みたいに、身体を張ってヴィキーを守るような行動とか、アタシが好きなのは、そういうところ。他人の中身を100%理解することは誰にもできないけど、裏表がなければないほど、透明であればあるほど、表にも出てくるよね、その人の本当のカッコよさって」


 間違いなく、リタはロイよりも年齢的に幼い。

 間違いなく、リタはロイよりも精神的にも子どもっぽい。


 だが、なぜだろう。

 その時、膝枕されながら見上げるリタの表情かおは、息を忘れて見惚れるぐらい、優しさと、穏やかさと、そして年上のお姉さんらしさに溢れていた。


 だから、ロイは言葉を失う。

 そして、思う。この子にもなにか、あまり他人には話せないような事情があるのだろうか、と。


「だからスゴイと思ったわけだよ。この人のすることなすこと全部、ヒーローみたいだなぁ、って」

「――――」


「でさ?」

「っ、う、うん」


 不意に、リタがロイにリアクションを求めてきた。

 動揺が声に表れてしまったが、なんとか、ロイはリタの呼びかけに反応する。


「やっぱり、アタシは思うんだ」

「なにを?」

「ヒーローには休息が必要だ! ってね♪」


 にひっ、と、無邪気にリタは笑ってみせた。

 彼女ほど笑顔が似合う女の子も、世界になかなかいないだろう。それぐらい、彼女の笑顔は100点満点のそれだった。


 理想の笑顔、なんてモノがあるのならば、それは間違いなくリタのこの無邪気な笑顔のことだろう。

 とても可愛らしくて、見ている方にも元気とやる気を与えてくれるような表情だった。


「そうかも、しれないね」

「ん? 休息のこと?」


「うん、自分で言うのもなんだけど……ボクは少し、生き急ぎ過ぎていたのかもしれない、今度から、頑張る時は全力で、一生懸命に頑張るけど、休む時にはキチンと休まないとね」

「そうそう! 頑張る人はカッコイイ。頑張る人は立派。でも、頑張れるのって意外と当たり前のことじゃないから、簡単なことじゃないから、さ? 休む時は全力で休まないと。なっ?」


 あぁ、そうか――と、ロイは得心がいった。

 だから、リタは自分に太ももを貸してくれたのか、と。


「――でも、意外だった」

「? なにが?」


「リタってけっこう、考えさせられることを話すんだね」

「あはは、それは違うぞ?」


「えっ?」

「さっきのセンパイに対する言葉は、考えたことを言ったんじゃなくて、感じたことをそのまま言っただけ。センパイは肩の力を抜くのが下手で、いろいろ考えすぎなだけ。


「――――」

「平和の中にいようと、戦いの中にいようと、誰かとわかり合うために本当に大切なことって、案外シンプルなモノだとアタシは思うな」


「そっか」


 正直、ロイは少し、自分が恥ずかしく思えてきた。

 リタがロイに膝枕を提案した時、彼の脳裏にはシーリーンとアリスの顔がよぎって、後ろめたさを覚えたからだ。


 でも――、

 ――他の女の子ならともかく、他の誰でもないリタ・クーシー・エリハルトなら、ウソ偽りなくそれはただの杞憂きゆうだったのだろう、


 後ろめたいことなどなにもない。

 気まずくなることなどなにもない。


 リタの膝枕によこしまな心はなにもないのだから、きっと、自分も堂々としていることが正解なのだ。


 ゆえに、ロイはリタの言葉に甘えて、ようやく彼女の膝枕で眠りに落ちた。

 そしてリタはロイの意識がなくなったのを確認すると、Love ではなく、Like の意味合いだが、彼の頬に自分の桜色の唇を、ほんのちょっぴり触れさせた。


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