1章8話 ティナ、そしてプレゼント
ロイが目覚めると、もう窓の外は燃えるように
茜色を通り越してそのような夕焼け空になっているということは、もうすでに17時前後であることは想像に難くない。
そして、いつの間にか自分も眠たくなってしまったのだろう。
ロイの隣にはクーシー、つまりイヌっぽく身体を丸めて眠っているリタの姿があった。
いかがわしいことは一切なかったとはいえ、この光景を誰か、特にシーリーンとアリスに見られたらマズイ。
そう考えたロイは早々にベッドから立ち上がるも、サイドテーブルに1通の書置きがあるのに気付く。
そこには――、
『ここから少し歩いた市街地を一望できるところで待っています。
ティナ・ケットシー・リーヌクロス』
――と、グーテランドの文字で書かれてあった。
綺麗ではあるが小さくて、そして丸っこい、まさにティナの性格を表しているような筆跡である。
ティナのことだ。
ロイがリタと一緒に眠っていても余計な勘繰りをせず、用事があるというのに、起こさないように書置きをしたのだろう。
これがいつ書かれた物なのか、ロイには知る由もなかった。
が、だからこそ早々に行くべきだろう。そう考えて、ロイはリタに毛布をかけ直してあげてから、寝室を出る。
あまり女の子を1人で、それも冬の表で待たせるわけにはいかない。
それで――、
数分後――、
コテージから東に5分、南にも5分ぐらい歩くと、確かにそこにはティナの説明にあったように、市街地を一望できる場所があった。
一応、コテージも高台の上に建っているのだが、まだ中間地点で、本当の丘の頂はこちらなのだろう。
東の空は深いサファイアブルーに染まっていてそこには、寂しそうに銀色の月が浮かんでいた。
南を向くと、眼下には積雪の純白と、ガス灯の幻想的な橙色で彩られている街並みがジオラマのように広がっている。
最後に西の彼方には、グーテランドの山脈に沈みゆく、世界中の
そして、そんなロマンチックでセンチメンタルになりそうな場所に、ティナはいた。
「ティナちゃん、用事ってなにかな?」
「ぁ…………ん、ぅ、ロイ、先……輩」
と、驚かせては悪いと思い、ロイはティナに優しく声をかける。
しかしティナの顔は夕日に照らされたとは別の理由で赤らんでいて、どこか心地いい緊張に溺れているようにも見受けられた。
2人の間に流れる甘酸っぱい静寂。
ロイはティナをそれ以上、急かしたりしない。出会ってまだ間もないが、彼女の性格は理解できている。ゆえに、ロイはただただ、彼女の方から言葉を紡いでくれるのを待つだけだった。
そして、ティナの方もロイのその配慮に気付いたのだろう。勇気を振り絞って、花の蕾のように可憐で小さな唇を開こうとする。
否、ティナは最初から気付いていた。
たぶん、そうだろうと、心のどこかでわかっていた。
この先輩なら、憧れのロイならば、優しいからきっと、自分から切り出すのを待っていてくれる、と。
だから逆を言えば、自分が切り出さなければ、なにも話を進めることは不可能だ、と。
そして気持ちが身体を突き動かして、ティナは一歩、足を前に進めてロイに言う。
「その……っ、わ、わわ、ワタシ! から……の、っ、プレゼン……トです!」
言うと、ティナはコートのポケットから赤いリボンで包装された紺色の箱を取り出して、それを両手でロイに差し出した。
顔は真っ赤で、肩は緊張で震えていて、瞳は乙女の恥じらいで潤んでいる。
だが――伝えることには成功できた。
ロイはそんな健気でいじらしいティナが微笑ましくなって、ティナにバレないようにだが、口元を嬉しそうに緩めるてしまった。
「ありがとう、ティナちゃん。ちょっぴり驚いたけど、すごく嬉しいよ」
「はふぅ……」
今度はロイの方がティナに近付いて、プレゼントが入っている箱を受け取った。
翻ってティナは思わず安堵して、両手を胸のあたりに添えながら、ゆっくりと息を吐く。
「でも、どうして急にプレゼントを?」
「そ、れは、……え……っ、と、開けてみ、れば、わか……ります」
ということはつまり、この場でリボンを解いて中身を確かめても問題ない、ということだろう。
というより、それ以外にロイには解釈が考えられない。
結果、ロイは今しがた受け取ったプレゼントボックスを開けてみることにする。
そして、そこに入っていたのは、1つの宝石が埋め込まれているペンダントだった。
恐らく、魔術的な作用を発揮できるアーティファクトだろう。
「これ……す、ご、く、曖昧……か、も、しれませ、ん、が……、っ、持ち……主……に危機……が迫ると、持ち主を守ってくれる、助け、て、く、れ……る、アーティ……ファクト……なん、です…………っ」
「つまり、魔術防壁みたいな役割のアーティファクト?」
「……っ、っ」
小動物みたいに必死に、コク、コク、とティナは頷く。
ネコ耳がピクピク反応して、ネコの尻尾がフリフリと動いていた。きっとティナ本人の今に懸ける一生懸命さが、自分では抑えることが不可能な箇所に表れている結果だろう。
恐らくなにかしらの理由があり、ティナがこんなに必死なのだ。彼女の気遣いを無下にはできない。
そういう答えに辿り着き、ロイはティナを言葉ではなく行動で安心させるために、その証明として、たった今受け取ったペンダントを実際に身に付けてみる。
「う、ぅ……、……、ど、う、ですか?」
「別に変な感じはしないし、魔術的な効果がなかったとしても、普段もオシャレで使えそうなぐらい、いいペンダントだと思うよ」
「本当、で、すか……?」
期待と不安が入り混じったような瞳で、ティナはロイに上目遣いをしてくる。彼女のその瞳はまるで微熱がこもっているように揺らいでいた。
そんな
「うん、こんなところで無意味なウソは吐かないよ」
「~~~~っ、よ、よかった、です……」
これでなんとなく、ティナからのプレゼントというイベント、会話に、1つの区切りを付けられた、と、ロイはそう思う。
無論、ロイ以上に、憧れの先輩に初めてのプレゼントを贈れたティナも同様の思いだ。
だが――、
――少し気になったことがあったので、あと1つ、ロイはこのことについて会話を続ける。
「最後に、1つだけいいかな?」
「――――」
無言で、静かにティナは2回頷く。
「どうしてアーティファクトに宿っている魔術の効果を、魔術防壁みたいな役割にしたのかな? プレゼントなら、ボクは普通のネックレスでも充分嬉しかったけど……」
「その……、えっと……、大切、だか、ら……、です」
「大切? 友達を守ることが?」
「違……っ、あの……、っ、あの……的外、れなことだっ……たら、申し訳、な、い、で、すけど……ワタシ、は、自分のこと、を、自分……で、守る、こ、と……も、……っ……友達を守……る、以上に大切、……だなぁ、……って、思っ、た、ん……です」
「自分のことを、自分で守る?」
「はい……っ、ロイ先、輩が……いつ、も無茶するのは……聞き及んでいます……か、ら……も、もも、もっ、と、……ご自愛、し、……て、ください……っ」
自愛。その言葉を聞いた瞬間、ふと、ロイは世界にはそういう言葉が存在することを思い出した。
ティナがその言葉を口にするまで、本気でロイはそれを忘れていたのだ。
つまりこれはイヴとマリアが和食を作ったように、リタがロイに膝を貸したように、ティナなりの労い、ということなのだろう。
それに強く感謝して、特に意識せず、ロイはティナから贈られたペンダントを握りしめた。
そして、1つだけ――、
「ありがとう」
「ふぇ……?」
「急には無理で、少しずつにはなるけれど、やむを得ず誰かと戦うことになったら、ティナの言葉を、気持ちを、絶対に思い出すよ」
「――――、はいっ、約束、ですっ!」
そのティナの言葉は、いつものようにオドオドしてはいなかった。
まるで、少し関係が進展したことの証明のように。
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