3章12話 挑む聖剣使い、そして迎え撃つ錬金術師(6)



 瞬間、フィルの周囲、数十mほど離れたところから、どこからともなく獣の唸り声が聞こえてくる。

 静かにフィルが視線を動かすと、狼や熊が複数体、少なくとも10体はまるでこちらの様子を伺っているように茂みに隠れていた。


「あなたは錬金術師、つまり魔術師だ。だったら騎士と戦う時、遠距離から一方的に攻撃を飛ばし続けるのが定石のはず。戦っている間に姿を隠せれば言うことなしだ。しかし、あなたほどの実力者でも、現実はそうなっていない」

「――――っ、気付いたか、この領域の弱点に!」


 フィルが大声を上げた瞬間、まずは数匹の狼がロイとフィルに襲いかかった。

 しかし――、


「ゴメンね、血の匂いでおびき寄せたけど――満身創痍でもキミたちに喰われるほど弱くはないんだ!」

「領域の範囲には限界があること、そして外部から妨害に弱いタイマン向き魔術であること。それをこのような方法で攻めるとはな」


 時限発動する魔術を領域の外から中に撃ったとしても、フィルが相手なら通用しない。

 だからこそ血を流した状態で獣がくるまで粘ったのだ。いかにフィルが優秀な魔術師、錬金術師だろうとそういう発想は流石に専門外である。


「飛翔剣翼!」

【 魔術大砲 】ヘクセレイ・カノーナ四重奏カルテット


 結果的に2人は即行で野生の動物を倒すが、その展開を予想していたロイの方がフィルよりもわずかに早い。


(100しか入らない器に101の存在が入れば、その器は壊れてしまう! つまり、外からなにかを領域の中に入れれば、領域は破裂するはずだ!)


 事実、ロイには知覚することが不可能だったが、確かにフィルが展開した【絶対支配領域の君臨者】の、いわゆる領域というモノは破裂してしまった。


 これでフィルの最大のアドバンテージである【絶対支配領域の君臨者】はもう消えた。ならば、その隙に――、


「穿て――ッッ、星彩波動オオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」


 天で星々が爆ぜた瞬間ときのように、目を灼くような純白の輝きが、煌々と辺り一帯に拡散された。

 爆発的に広がるそれはまさに、一等星のごとく眩い光。そして森の草木を轟々と揺らすのは、金銀財宝よりもなお光沢を放つ、天下無双の黄金の風。


 その2つは刹那よりもさらに短い瞬間的な瞬間の中で万物を奔流に巻き込み、目の前の敵を蹂躙すべく、世界という存在そのものに対して暴虐の限りを尽くした。


 そして――、

 ――放たれた光の津波に今、フィルの全身は飲み込まれる。


 弩ッ、弩々々々ッッ! という鼓膜が破れそうなレベルの爆発的重低音。

 森の獣たちが一斉に逃げ出すほど響かせながら、それは森の一部に超大型のクレーターを作ってみせる。


「――ウソ、ですよね……?」

「残念だな。だが、今のは割と真剣に驚かされた」


 クレーターの中央、そこにフィルが悠々と両手をポケットに突っ込みながら立っていた。

 わずかに服装に土煙が付いているものの、それは攻撃の余波で宙に舞っていた物が付いただけだ。断じて攻撃がフィルに届いて付着した物ではない。


 どうってことはない。

 ただ、ロイの持ちうる最強の攻撃、星彩波動を以ってしても、フィルに傷一つ付けられなかっただけである。


「まさか……、自分の身体を分解するのではなく、逆に、攻撃を喰らっても形が崩れないように固定した……?」

「正解だ。物質を弄るのは錬金術師の専売特許みたいなモノだからな」


 あらゆる打撃や斬撃を無効化する錬金術。

 そんな途轍もない魔術を使ったのにも関わらず、フィルはこともなげに言葉を補足した。


「分子単位で身体をバラすのではく、逆に身体を構築する分子の鎖のような連なりを強固にする。それが私の2つ目のオリジナル錬金術【介入の余地がない全、パーフェクション・つまり一、フォン・ゆえに完成品】パーフェクションだ」


「――っ!? そうか! 科学でいう分子間力の操作!」


「ッッ、本当に――底知れない少年だな、君は。年は見たところ10代後半ぐらいだろうが、その年で分子間力という言葉を知っているとは」


 分子間力とは読んで字のごとく、分子間に働く相互作用の総称のことだ。

 そのことをロイにわずか数秒で察されて、流石に、今まで余裕綽々だったフィルでさえも舌を巻く。


 だが、驚嘆して称賛を送ろうとしたが、フィルは首を横に振った。

 ロイはもう、戦場を走ることはもちろん、まともに歩くことができないぐらい疲弊している。


 肺が干乾びたかのように荒く、乱れ、乾いた息を途切れ途切れにロイは吐く。わずかに、喉の奥から血の味がした。

 大技を使ったせいだろう。両脚は酷く震えて、全力を出していた身体はいつの間にか、体調不良の時のように冷え切ってしまっていた。


 万事休す。

 フィルが適当な魔術でロイを捕縛しようとした、その時だった。


「そこまでですわ!」


 2人だけ戦場に、突如として凛とした女の子の声が響いた。

 ロイとフィルは一度睨み合うのをやめて、揃って声のした方に視線を向ける。


 そこにいたのはヴィキーと、先ほどから離れ離れになってしまった7人と、そしてフィルと同じように七星団の魔術師用のコートを身にまとっている数人の男性だった。


「えっ――ヴィキー?」


 呆然と、ロイは『彼女』の名前を呟く。


 ありえない、ありえないはずだった。

 ロイが、グーテランドの国民が『彼女』の顔を忘れてしまうなんて。初対面だとしても、こんなにもすっかり記憶から抜け落ちていたなんて。


 ロイは『ヴィキー』の本当の名前を知っている。

 否、この場にいる誰もが、『ヴィキー』を知っている。知らないなんて、逆にありえない。


 なぜ、誰も気付かなかったのか。

 ヴィキーは――、彼女の正体は――、


「――そこまでですわ、特務十二星座部隊、序列第9位の【人馬じんば】、フィル・アッカーマン」

「――かしこまりました。ヴィクトリア王女殿下」


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