2章5話 月明かりの下で、告白は――(3)



「引きこもりで、不登校で、オタクで、根暗だったのも、全部、仕方のないことじゃないか! 病気なんてなかったら! 病気が完治したなら! 外でいっぱい走り回りたかった! 学校で友達を作りたかった! オタクになったのも仕方のないことなんだ! 病室には暇潰し用に親が買ってきたパソコンと、幼馴染がくれたマンガとラノベとゲームしかなかったんだし! 根暗だったのもどうしようもないよね! ずっと闘病していたのに、中学校を卒業できないだろうって言われたんだよ!? そりゃ、心も病むよ!」


 シーリーンやクリスティーナには、オタクとかパソコンとか、マンガとかラノベなどという単語の意味は伝わらない。

 ゲームだって、2人からしたら、魔術競技やスポーツとは別のニュアンスが込められている気がした。


 でも、もはやロイにはそんな些細なことを気にする余裕はなかった。

 前世のどこかに悩みの種があるのではない。ロイにとって、前世そのものが悩みの種なのだ。


 明日死ぬかもしれない。

 毎日そういう恐怖に怯え続け、それを抜きにしても、対人関係で上手く本心から笑うことが滅多にできなかったのだ。


 表情を作ることが苦手で、家族と親戚と、幼馴染と、幼馴染の家族を除けば、ロイはネットスラング的な意味ではなく、精神的という意味でコミュ障だったのだろう。


「ボクのために、母さんがどれだけ時間を割いたと思う!? 父さんがどれだけ身を粉にして働いたと思う!? ボクなんて、所詮は両親の足枷なのに! ボクがいなければ2人とももっともっと、幸せな人生を送れたはずなのに! けど、それでも! 母さんも父さんも、ボクに可能な限りの自由を与えてくれた! でも、逆にそれが、自分で自分を哀れに思うぐらい、惨めに思うぐらい、申し訳なかったんだ!」


「――っ、ロイくん」


 シーリーンはロイのことを強く、より強く抱きしめる。

 胸が当たっているとか、クリスティーナが見ているとか、そんなのはもう、知ったことではない。そもそも、先ほどだって一度、ロイのことを抱きしめているのだ。そう思うとシーリーンは全てを気にすることをやめて、泣き続けるロイを、さらに強く自らの豊満な胸に埋めてみせた。


 嗚呼、ロイには自分が付いていないとダメだ。もしも今、自分がロイから離れたら、間違いなく彼は疲れ果ててしまうだろう。

 シーリーンはどうしようもないほど、ロイのことが愛おしくなって、彼を叫びを胸で受け止めながら、頭を優しく撫で始める。


 そしてロイは、シーリーンの胸の中で独白し続けた。

 まるで、聖母に懺悔する、救いを求めて迷う子羊のように。


「そして――ッッ、最終的にボクは15歳で死んだ! ボクが死んだんだから、ボクがみんなを失ったんじゃない! みんながボクを失ったんだ! ボクはまだ、奇跡が起きてこうして呼吸できているけどさぁ……転生なんて結果論だよ! それに実際、ボクがまだ生きていることを前世の家族や幼馴染は絶対に知らないし、結局、ボクがみんなと不本意な別れ方をしたのには変わりない!」


「そっか――、ロイくんは、寂しいのがイヤだっただけなんだね? ゴメンね、気付いてあげられなくて」


「……っっ、シィに悪いところなんてなにもない! それに……自分でもこの反応が過剰だって自覚はあるんだ。ただそれでも……ボクは転生したんだよ。死んだら終わりなのが人生なのに、なんの因果か、2回目の命を与えられた。記憶を引き継いで2回目の人生とか、すごく喜ばしいことだけど……本当は歪むに決まっているじゃん! 人格も、思想さえも!」


 ロイはシーリーンの胸の中で号泣する。

 この世界にきて、初めて自分の心のうちを吐き出すことができたのだから当然だろう。真面目な人ほど鬱状態になりやすいように、もしかしたら、優しい人ほど心を壊しやすいのかもしれない。それに本人の言うとおり、転生というのは本来、既存の常識、価値観を一発で破壊するほどの奇跡なのだから。


「だから――ッッ! やり直すんだ!」

「――やり直す」


 と、シーリーンはロイの言葉を噛みしめるように繰り返した。

 クリスティーナも、優しい表情かおで2人のことを見守っている。

 そしてロイはシーリーンに抱きしめられて、背中をさすられて、されるがままだというのに、泣き止むことはない。


「今度こそ、上手くやるんだ! こんな奇跡、二度と起きるわけがない! だからこそ、その奇跡に相応しい人生を歩まなくちゃいけないんだ! 上手く生きれなかったら、せっかくの奇跡が無駄になっちゃう気がするんだよ!」


「ご主人様……」


「もう元の世界には戻れない! 時を巻き戻すこともできない! 諦めきれないけど、悔やんでも悔やみきれないけど! 前世のことを今さらどうにもできないなら、せめて! この世界では、ボクは誰かの心から失われたくない! 不本意な離別なんて、絶対に認めるもんか!」


 恐らく、アリスは一生、ロイのことを忘れないだろう。ロイのことを、きっと何年経っても、心のどこかでは認識し続けるだろう。

 些細なことを忘れるならばともかく、ロイとアリスは親友なのだ。それを忘れるほど、記憶というモノは残酷にできていない。


 だが、ロイが言いたいのはそういうことではなかった。

 ロイのことを忘れないことと、ロイから心が離れていくこと、つまり疎遠になることは、必ずしも同義ではない。人にしろ、そしてエルフにしろ、忘れていなくても疎遠になることなんてよくあることだ。


「アリスと離れ離れになるなんて……ボクの心からアリスがいなくならなくても、アリスの心からボクがいなくなることもある! それさえなくても、疎遠になることなんて普通にある! それってやっぱり、すごく寂しいよ! すごく悲しいよ! 一度死んで、死が軽くなったボクが断言する。誰も納得なんてしていないのに、みんなの心から消え去ってしまうなんて、少なくともボクにとっては死ぬことと同じなんだよ!」


「「――――」」


「だからボクは……っ、単純に、イヤなだけなんだ! 別れはいつかやってくるモノだけど、本人の気持ちを無視して、後味の悪さを残すような終わり方が!」  


 これで、ロイの独白は終わった。

 あとに残ったのは、シンとした深夜の静けさだけだ。


 そこで不意に、クリスティーナはシーリーンに目配せした。

『これ』はメイドである自分の役目ではない。メイドである自分には、出すぎた真似だ。


 そう思い、だから彼女はシーリーンに託す。

 そして、その役目を受け取ったシーリーンは、ロイにこう言った。


 即ち――、


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