2章4話 月明かりの下で、告白は――(2)



 そこでこの話題に一区切りが付いた。

 そのことを雰囲気で察すると、クリスティーナがシーリーンに目配せして、頷いた彼女がロイに姿勢を正して質問する。


「ロイくん」


「――――」

「改めてロイくんは前世で、どんな人生を送ってきたの?」


「どんな、か」

「普通、いくら友達と別れちゃうことになるからって、貴族に決闘なんて申し込まないもん」


「やっぱり、そうだよね」

「きっと、前世であったことが関係しているんだよね?」


 思わず、ロイは口をつぐんでしまった。

 言葉にすることを、躊躇ってしまった。


 前世での日常なんて、『普通の人』と比べて、なんと残酷なモノだっただろうか。

 普通とはなにか? そう訊かれても返答には悩んでしまうが、だが少なくとも、自分は多数派の子どもではなかった。


 生むということは殺すということ。

 符号が反対というだけで、出産と死別は同じ絶対値の責任が伴う行いだということ。


 生まれなければ死ぬ必要はない。

 逆に生まれた以上、人はいつか死ななければならない。


 つまり、出産という行為は『死』を赤子に義務付ける儀式とも言える。

 これに対して前世でロイは思った。


 生まれてきてよかったけど死にたくはなかった、と。

 どうせ死ぬなら、満足してから死にたかった、と。


「シィ、クリス」

「なぁに?」「はい」


「ボクのことを、メンドクサイヤツだな、って思わないでほしい」

「大丈夫だよ、ロイくん。シィはなにがあっても、ロイくんを裏切らないから」

「愚問でございます。ご主人様を嫌いなメイドはいません」


 そうして、ようやくロイは語り始める。

 自分の前世のことを。自分が前世で、周囲の人間に置いてきた悲しみについてを。


「――――ボクは前世で肥大型心筋症と心房細動、まぁ、要するに心臓の病気を患っていたんだ」


 まず、ロイはそこから始めた。

 シーリーンもクリスティーナも、黙ってその話に耳を傾ける。


「ボクが前世で住んでいた国の場合、適切な治療をすれば治る可能性がないわけじゃなかった……けど、ボク自身に体力がなかったんだよね。それで、まぁ、自分は大人になれないって両親から泣いて謝られた。9歳までは学校に通えたけど、それからは調子がいい時しか登校できなくて、12歳以降は、1回も教室に顔を出さなかったっけ……」


 無意識だった。

 意識していないのに、ロイの目からは涙が頬を伝うように流れ始める。


「毎日がつらかった……ッ、母さんがボクに隠れて泣いているのを見て、心が締め付けられた。父さんの優しさに心を痛めた。逆に教師はボクのことを腫れ物扱いして、自分が世界に存在する価値を疑った。クラスメイトの親からは、万が一の時、責任を取れないからあの子と遊んじゃいけませんって拒絶された。そしてそれを曲解したクラスメイトがボクをからかうから、疎外感に絶望した。唯一の友達である幼馴染の女の子とは、いつかお外で走って遊ぶって約束したのに、結局その約束を守れなくて、病気じゃなくて罪悪感で死にそうになった」


 ここでロイは、俯いていた顔を上げる。

 頬を涙で濡らし、痛々しい笑顔を浮かべる。


「でもそれは、みんなが悪いわけじゃない! 全部ぜんぶ、ボクが悪かったんだ!」


 今にもロイの声はれそうだった。

 ヒステリックで、掠れていて、さらに掠れ続けさせながら、ロイの独白は続く。


「母さんが泣いたのも、父さんが必要以上に優しくしてくれたのも、先生が扱いに頭を悩ませたのも、クラスメイトの親が距離を置いたのも、クラスメイトがイジメてきたのも、そして、幼馴染の子との約束を守れなかったのも! 全部! ボクの寿命が決まっていたせいじゃないか!」


「ロイくん、そんなこと……」

「事実だよ! だって逆に、病気じゃなかったらそうならなかったはずだよね!?」


「ご主人様……」

「もう、一種の強迫観念なんだよ……っ! まるで衝動のように、朝も昼も夜も、毎日毎日、自分が存在する価値を……っ、生きている理由を探していた! 同時に、他人に対する衝動的な懺悔の気持ちも消えなかった! ずっとずっと、自責の念が脳裏から離れなかった!」


 涙で頬を濡らしながら、せきを切ったようにロイは悲痛に叫ぶ。

 もうダメだった。ここまでぶちまけたら、もう、最後まで止めることはできない。


「罪の意識? 生きることへの後ろめたさ? 負い目や引け目や、自分自身に罰を求める気持ち? あって当たり前じゃないか! ボクは生きているだけで、他人の足を引っ張る重りだった! 他人に迷惑をかけるお荷物だった!」


 ロイは今まで溜めてきた想いを言葉にして、自分自身でも言っていることを痛ましく思った。


 だが、ロイの恋人であるシーリーンや、担当のメイドであるクリスティーナも、カレシが、あるいは主人が今まで独りで抱え込んでいたストレスを受け止めて、心が傷付くのを無視することができない。


 シーリーンは好きな人の悩みを聞いて、自分のことのように涙を流した。

 クリスティーナは主人の悲しみを聞いて、それに気付けなかった自分を恥じて思わず下唇を噛む。


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