4章7話 シーリーンの自室で、特別講義を――(3)



「もともとシィのご先祖様たちは、大陸の別のところに住んでいた。しかもシィは混血で、ニンフやルサルカ、他にはグゥレイグや東方の天女、いろんな種族のご先祖様がいるから、かなりの大陸各地で暮らしていたらしいの」


「グーテランドの国民じゃなかったのか……」

「うん。でも、昔からグーテランドは諸外国と比べて、食料にも困らないし、住むところもまともなところが多いし、雇用も安定している。だから数代前の……確か曾祖父方のご先祖様がこの国まで移住したらしいの。で、出稼ぎで得たモノを、故郷のみんなに仕送りしていた、って、シィは教えられた」


「立派なご先祖様だね」

「それでね? シィの一族はそういう理由があって移住したんだけど、最初はここ、王都に住んでいたわけじゃなかったんだ」


「そっか、シィが寄宿舎にいるってことは――」

「パパとママに頼んだの」


 静かに息を吸って、吐いて、少し間を置いてからシーリーンは続けた。


「夢を叶えるために、王都の寄宿制の魔術学院に通いたい、って」


「夢、って――」


「シィの夢は、いつか、魔術の教授になることなの」


 告白すると、シーリーンは照れくさそうに、「えへへ」とはにかむ。

 白くて細い人差し指で頬をかいていて、どうも、友達に夢を語るのがこそばゆかったらしい。


 しかし今さら、このタイミングで、ロイがシーリーンの夢を笑ったりバカにしたりするわけがない。

 どのような未来、どのような現状であれ、人生に進むべき指針があることは望ましいことだからだ。


「ロイくんは笑わないんだね。シィの夢を聞いても」

「笑わないよ。すごく立派で、胸を張れるような夢なんだし」

「うん……、ありが、とぅ……」


 急に恥ずかしくなり、一応お礼を伝えられたが、シーリーンの声は言っている途中で消え入りそうだった。

 そして、(うぅ、この雰囲気はマズイよぉ)と照れて焦ったシーリーンは「こほん」と、可愛らしく咳払いをして話を続ける。


「でも、魔術の教授になるのは、すごく、すごく、難しいことだよね? 言い方を変えるなら、貴族のように、将来が約束されているわけじゃない」


 シーリーンにしては、少し嫌味な言い回しだった。

 まるで、貴族を遠回しに揶揄しているような言い方である。



「幻影のウィザード、ジェレミア・シェルツ・フォン・ベルクヴァイン卿。ベルクヴァイン侯爵家の嫡男で……正直、認めたくないけど、幻覚の魔術だって使える5学年次で一番の天才だと思う」



「その人が、イジメの主犯格?」

「……うん。なんか、初対面の時からシィにイヤなこと言ってくる人だったの」


「えっ? 初対面で?」

「1学年次の時、ジェレミア卿に『オレの女にしてやる』とか、『キミのスキルでオレを悦ばせろ』とか、悪口言われて……」


「こ……断った、よね?」

「当然っ! ただ、シィも相手が貴族だから遠回しに、やんわり断ったんだけど……それでもかなりムカついたんだと思う。シィが、庶民が逆らったことに……」


「そんな理由で、本格的に……?」

「……たぶん、そうなんじゃないかなぁ? 貴族であるオレは将来を約束されているが、キミの将来は真っ暗だねぇ、とか。夢を叶えたかったらオレにご奉仕するのが一番確実だぞ、とか。そんな気持ち悪いことばかり……、言われるように、なったの……」


「なんで、そんな意味不明なセクハラを……」

「ぅん? セクハラって?」


「いや、なんでもないよ。確認だけど、本当になにも接点なかったの?」

「単純に、シィが気に喰わなかったんだと思う……。貴族でもないのにジェレミア卿と同じ授業を受けて、かなりの教養が必要な夢を持ったのが……」


「いくらなんでも稚拙すぎる……」

「初対面でからかわれたし、実はシィのことが好きってことはないよね……。まぁ、告白されたら、状況が悪化するとしても、絶対に断るけど……。だからやっぱり、気に喰わないから嫌がらせしているんじゃないかなぁ……」



 たとえばアリスは貴族だからこそ、あれほど規律や伝統を重んじる性格や価値観をしているのだろう。

 しかし彼女の貴族ゆえの立ち居振る舞いがノーブル・オブリゲーションの手本ならば、ジェレミアの貴族ゆえの立ち居振る舞いは、行動には責任が付きまとうことを知らない腐敗貴族の手本だった。



「ねぇ、シィ、もしかしてジェレミアって、けっこう周りに取り巻きを連れていて、過剰なぐらい不遜な性格じゃない?」


「ほえ!? よ、よくわかったね……」

「たぶんジェレミアって、本当はコンプレックスの塊なんだと思うよ? 親に甘やかされて、なんでも自分の思い通りになる。それが当然の生活をしていたからこそ、少しでも自分の意にそぐわないと、我慢できないんだ」


「そういえばジェレミア卿も、領地の屋敷を離れて、家を買って生活していたかも……」

「どうせ、他人をイジメて相対的に、自分は強いんだぞ! 偉いんだぞ! って、自分の立場を確認したいんだよ。そして周囲に自慢して、彼の方こそ他人にバカにされたくない。イジメっ子だからこそ、ストレスに耐性がないんだ」


「――――」

「不遜な行動は自分の弱い本性の裏返しで、1人じゃ小さいから、なにもできないから、自分を中心とした群れを成して安心したいんだと思う。人の行動にはその人の思考が表れるって、以前本で読んだことがある」


「ロイくん……」

「だからね、シィ?」


「は、はいっ」

「すぐに心は受け入れられないと思う。それでも、まずは聞いて、覚えていてほしい。キミをイジメているヤツは、キミよりも弱いんだ」


 その瞬間、シーリーンは泣きそうになってしまった。


 救われた気がした。

 安心できた。


 その言葉だけで、心が軽くなったと心の底から思うことができた。

 初恋かどうかは、まだわからない。それでも頼もしいロイの言葉で、暗闇の中から、光の世界に向かって抜け出せる気がしたのだ。


 一方で正直、ロイはジェレミアと会ったことがない。

 だからシーリーンには申し訳ないが、ジェレミアに対する、コンプレックスの塊とか、1人じゃなにもできないとか、弱い自分を隠しているとか、そういう認識に、心の底からの確信があったわけではない。


 しかし、ジェレミアがシーリーンのことをイジメている主犯格。その事実だけは、絶対に変わりようがないだろう。


 イジメられている子と、イジメている子。

 友達と、見ず知らずの他人。


 ロイはそこまで聖人らしい性格ではない。人並みに優しくあろうと努力しているが、人並みに怒りも覚える。

 だから今は、怒りに任せてジェレミアのことを悪く言っても、シーリーンに優しい言葉をかけてあげたかったのである。


「今度、ボクがジェレミアに会ったら、シィの代わりに一発殴っておくよ」


「ほえ!? 殴っちゃうの!? 相手は貴族だよ!?」」

「あはは、大丈夫。ボクもジェレミアも、男子なんだし、少しぐらいケンカしても。それに大事になったらなったで、シィがジェレミアにされたことを、告発すればいいんだし」


「~~~~っ、ぅ、うん……」

「約束するよ、ボクが絶対に、シィをイジメから救ってみせる」


 それから2人は少しだけ会話をして、シーリーンの部屋の前で別れた。

 そして、いよいよ明日はハーレムデート(仮)の当日だった。


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