2章10話 21時16分 第1特務執行隠密分隊、死を覚悟するしかない。(2)



「        」

「「「「………………ッッ!」」」」


 死神は黒いローブを目深に被っていて、その下には本体の骸骨があり、大きな鎌を持っている。

 だいたい、ほとんどの人が死神と聞けば、そのようなイメージを浮かべるだろう。特にグーテランドではロイの前世の日本以上に、そのイメージが強かった。


 しかし、上空のそれは確かにイメージどおりの姿ではあるが、決定的に本質が違っている。


 黒いローブを被っている。

 だが、その素材は布ではなく死後の世界の炎だった。黒い炎が、たまたまローブという形を取っている。


 その下は骸骨だった。

 だが、別に人間やエルフの骸骨ではなく、竜の骸骨で、さらに言うならば、骨の材質はカルシウムではなく霊魂だった。


 そして、その骸骨は大きな鎌を持っている。

 だが、それは固体ではなく、液体でも色が付いている気体でもなく、鎌のように見えるなんらかの現象だった。


 死後の世界の炎とか、霊魂でできた骸骨とか、鎌ではなく鎌ように見えるなんらかの現象とか。

 非科学的なこと極まりないが、それもそのはず。


 アレはスキルやゴスペルの延長線上にある存在であり、世界に在りながら世界の法則に従うのではなく、世界に対してかくあるべきと、自らのルールを押し付けている。


 その情報を、シーリーンたちは知らない。別に死神についての研究を学院でしていたわけではないのだから当然だ。

 けれど、本能でそのことをなぜか直感した。


 あれはなに……?

 と、シーリーンもアリスも、イヴもマリアも、みな等しく恐怖した。震えておののき感性が捻じ曲がる。


 その死神に遠近感というモノは適応されないのだろう。

 視覚で上手く距離を測れない。間合いがわからない。


 かなり巨大な幻想種が遥か天空に浮かんでいるから、今のように見えている可能性もあるし――、

 ――幻想種が人型サイズで、この瞬間、ほんの数m真上を漂っているから、今のように見えている可能性もある。


「あ、ああ、ああああ、アリス…………、っ」

「シィ……、シィ、っ…………」


 まだ戦ってすらいない。そもそも、死神はまだこちらに気付いてすらいない。敵意や殺意を向けられたわけでもない。

 なのに、シーリーンも、アリスも、マリアも、涙が止まらなかった。夜間巡回の前にトイレをすませておかなかったら、失禁していてもおかしくなかった。


 闇そのもの、悪という概念にこの中で一番耐性のあるイヴでさえ、目を見開いて、上空のそれを呆然と眺めることしかできていない。

 自明だろう。噴火による溶岩や地震による大津波、その類の現象は生きているわけではないのだから意識なんてない。が、それを間近で見れば当然、人は死を意識する。それと同じだった。


「        」

「なに、あれ……? なにも聞こえないけど、でも……、なにか言っている、よね?」


 シーリーンの声は間違いなく震えている。涙声と言っても過言ではない。

 そして、彼女の問いかけには誰も答えられなかった。しかし誰も否定しなかった。


 一応、アリスはシーリーンに返事しようとしたのだ。

 でも、無理だった。自分でも理解できていないことを他人に説明できるわけがない。


 その時、不意にドサ……という音が路上から聞こえた。


 今までは下を確認する余裕がなかった、というより、下を確認しようと考えることさえできなかった。

 が、幸か不幸か、とにかく音が発生したので、屋根の端に一番近かったマリアが、その発生源を確認した。


 そこでは死神を認識して倒れている人がいた。全員というわけではない。だが、確かに倒れている人はいる。

 そして倒れていなくても、路上は今の自分たちと同じような状態の人ばかりだった。


「        」


 空気を振動させることはない。

 その上で、死神はなにかを言っている


 ふと、死神はようやく地上を見下ろした。

 第1特務執行隠密分隊が屋根の上にいるのに対し、死神は上空500mぐらいの地点に本当はいる。シーリーンたちのことさえも下に見るような配置だった。


 恐らく、命を感知したのだろう。

 だから下を向いた。


 そして下を向いたら本当に命を発見したのだ。

 なら、死神が次にすることなど、1つしかない。




「   minammm殺殺hi冥fffnイイsssメ逝ケ逝逝kkk死h安ンンンン命ggggアii苦kkdU痛ヴァbaammo足イイイminammm殺殺hi救ga虚ssssirrrグvabi黒赤灰天tttreve逝逝qq罰t罪nn精sn…………ッッッッッ!!!!!   」




 瞬間、音速にも至りそうなほどの勢いで、死神が鎌を横に一閃する。

 すると空間に裂傷が奔り、それが広がり上空に冥府の門が開いて今、この刹那、地上はそこから溢れる紅蓮の炎によって燃やされ始めた。


 冥府の門とは、つまり死後の世界への入り口だ。


 死体を焼けば灰になる。そして灰は天に昇る。

 そう言わんばかりに死神は地上、多くの住民が暮らし、文化を発展させ、高度な社会水準を誇る街、国家において一番国民が集まっており建物も並ぶ首都に、全てを消滅させ焼け野原に還すかのごとく、炎を放ち、その上で冥府の門を上空に配置する。


 まるで灰になった死体を待ちかまえるように。


「ガッ……ァ、ぁ、ぁ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!」

「イヴちゃん!?」


 血涙を流し、吐血し、それでも突然の敵の魔術――否――魔術を超越えたナニカにも対応してみせるイヴ。彼女は死に物狂いで、可愛らしい女の子のモノとは思えないほどしゃがれた絶叫を張り上げた。

 光属性の魔術の防壁――【色彩放つファルベシェーン・光輝瞬煌のグランツェント・聖硝子】アウローラを展開しているのだが、闇や死の匂いに敏感ゆえに、死神の攻撃の予兆を感じ取れたのが最後の救いだった。


 そんな妹に、マリアはやはり涙を止められず、頬を濡らしたまま名前を呼ぶ。

 一方、ようやくハッとして、イヴが守ってくれた周囲の様子を、シーリーンとアリスは確認しようとする。


 凄絶の一言だった。イヴは神に愛されている。そのことを強く認識する光景だった。

 目算とはいえ、王都の4分の1の空を埋め尽くすほどの業火なのに、イヴはそれを7割か8割は防げている。


 しかし当然、問題がないわけではない。

 イヴは今にも脳内に存在する魔術回路を、灼き千切って死ぬような勢いだし、そこまで彼女が全力を出しても、業火の2~3割は地上に届いてしまっている。


 大火災。

 もはやそんな言葉でこの状況を片付けることは不可能だ。


 歴史に残るような火山の噴火。

 それも、1000年に一度レベルの大噴火にも、眼前の一面、視力の限界まで広がるようなこの燃え盛る真紅は匹敵する可能性がある。


 これでシーリーンとアリス、そしてイヴの姉であるマリアの無力を誰が責められようか。


 こんな絶望、イヴが天才というだけで、基本的には七星団の団員の98%は対処できない。

 残りの2%は特務十二星座部隊や、その元隊員や、特務十二星座部隊に所属できていないとはいえ、キングダムセイバーやロイヤルガード、オーバーメイジやカーディナルの階級に立っている強者などだ。


 遥か上空に漂う死神。

 それは鎌を何度も振って、業火を撒き散らし、イヴの防壁を破壊しようと試みる。


 イヴの魔術が限界を迎えるのは時間の問題だった。


 言わずもがな、この事態を、第1特務執行隠密分隊がどうにか片付けられるわけがない。

 それは絶対である。覆ることはありえなかった。


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