2章3話 19日11時 リタ、正義のヒーローごっこをする。(3)



 否、そもそもそういう次元の話ではなかった。


 第1に、リタは子どもで、女性の方は大人だ。

 人間である以上、関節技に抗えないのはいいにしても、流石にそれは両者の腕力が比較的拮抗していればの話だ。たとえば、5歳児が関節技をキメたら30歳の男性でも身動きが取れなくなるというのか? そんなわけがない。


 今の女性に当てはめるならば、強引に立ち上がって、リタを振り払い、振り下ろせばいいだけの話なのだ。

 だというのに、女性がいくら肉体強化して力を込めても、それを拘束しているリタの腕は微動だにしない。


 第2に――、


「なぜ死霊術のことを知っている!?」


「ぅん? それはなぜ、魔王軍のスパイは全員、敵の霊魂を掌握して現地で仲間を増やしたり、敵国の墓地を利用してゾンビ集団を操作したりするために、死霊術が必修科目になっていることを知っているのか? ってこと?」


「…………ッッ!」


 と、女性は表情かおに狼狽を滲ませた。


 余談ではあるが、これこそが、クリストフに死霊術が使えて、ツァールトクヴェレでシーリーンたちが戦ったスライム、ゴブリン、オーク、アサシンに死霊術が使えない理由だった。

 前者はスパイで、一方、後者は普通に軍人で、敵国に潜り込んでいたものの、工作員ではない。イヴの殺害がすめば帰還する予定のヤツらだった。


 それはともかく、リタはまるで、わかってないなぁ! と言いたげに嘆息して――、


「言ったじゃん、魔王軍に縁がある、って」


 余裕綽々の態度で、リタは女性に関節技をキメ続ける。

 しかし、女性は内心で喜んでいた。このバカは未だにこちらのことを舐め腐っている、と。


 確かにリタの腕力は桁外れだ。十中八九、本気を出せばさらに強いパワーを発揮できるはずだろう。

 だが――ッッ!


(今ここで、普通の肉体強化に加えて、霊魂を使った実力強化を施せば……ッッ)


 その時だった。

 ゴギ……ッ、という、不気味な音が女性の関節から鳴ったのは。


 なぜか、女性の関節がありえない方向まで稼働して、そのまま女性はリタのことを振り払う。

 それと同時に女性は再度、【そこに我はいない、故に咲き誇る純黒の花】を展開。


 土煙を舞わせ、大気を切り裂き、暗黒の花弁で牽制けんせいしつつ、女性は痛みに耐えながら立ち上がり、リタからバックステップで距離を取った。


 言葉にすれば簡単なこと、意図的に関節を外してリタの拘束を無効化しただけだ。

 無論、外れた関節は霊魂を消費すればいくらでも元通りにできる。


(もちろん、関節を外しただけじゃ、あのパワーバカイヌ耳野郎の拘束から逃げることは不可能! だから全ての霊魂を使ってあのガキのパワーを上回った! いくらあのガキにまだ余力が残っていると言っても、こっちのこれは厳密には肉体強化ではなく実力強化! 肉体も含めて、魔術のパワーや速度さえ底上げできる!)


 これで終わりにする。

 言外にそれを伝えるように、女性は【闇の天蓋から降り注ぐ黒槍】を展開した。


 しかし――、

 漆黒の長槍を飛ばす前に――、


 土煙の中からナニカが高速で飛び出してくると――、

 ゴウ――ッッッッッ!!!!! という破砕音が木霊して――、


「バ~~~~カ、考えもなく舐めプなんてするわけないじゃん。演技だよ、演技。これは殺し合いで、駆け引きなんだぜ?」

「ゴボ……ッ、ウヴェ……ッ、腹に、穴が……」 


 ――夥しい量の血が、命が、肉の器から零れ落ちる。


「アタシはあえて舐めプしたフリをしてあんたに関節技をキメる。そうしたら、たぶん、さ? 普通は霊魂を大量に消費すれば、アタシの腕力を上回れる、なんて考えちゃわない? まっ、霊魂を節約するよりも、アタシに勝つ方が王都から撤退するという目的に即しているからね。で! そしてそのまま、アタシは舐めプしているから、その間に決着を付けようとでも画策した? でも残念! アタシはその状態、霊魂を大量に消費しているタイミングで、たった一度でもあんたを殺せば大幅にストックを削れるってわけ!」


 言いながら、リタは女性の腹を貫通していた腕を乱暴に引っこ抜く。

 もう間違いなく死んでしまうとはいえ、女性の臓器が傷付くのもおかまいなしに。


「やっちゃったね~。ほとんどの霊魂を実力強化に回さないで、少しでも別のことに使える霊魂を残していたら、ここから回復できたのに」


 結果、女性は地面に倒れこんで、ドサ……、という音を立てる。

 無論、腹部には穴が空いてしまい、断面からはグロテスクな物が覗けていた。


 今ここに勝敗は決した。

 最後に、リタが皮膚感覚の1つである魔力覚を鋭敏にして女性から魔力反応を探ろうとしても、徐々に弱くなっていく肉体強化の以外、特になし。


 霊魂については死霊術を使えないリタにとって数が判別できないモノであったが、――しかし、霊魂を消費して、それを魔力に変換したモノなら、リタにも判別が付く。

 それを踏まえてこの状況、死に際に至っても魔力反応が特にないのだから、こちらの思惑に乗ってしまい、霊魂を全部使ってしまったのだろう。


「あんた……、っ」


「ん?」


「いったい…………、いくつ……、肉体強化を……」


 最期にそれだけは訊きたい。訊いておきたい。

 そう目で訴えながら女性はリタに問う。


 するとリタは今にも死体になりそうな女性を見下ろして――、

 敵とはいえ人を殺した罪悪感も特になさげに――、


「とりあえず今は百重奏ヘクテット

「は?」


 つまり、それはリタの肉体強化を無効化するためには、【零の境地】ファントム・アリア百重奏ヘクテット必要、ということである。

 そんなのは机上の空論だ。現実的に考えて、リタの肉体強化を少しでも減らせる方法はあるが、完璧に無効化する方法は、少なくとも女性には皆無と断言できる。


 そして、二度と再生できない死の間際に、女性は直感した。

 こいつは特務十二星座部隊、具体的にはエルヴィスぐらいに匹敵する可能性がある、と。ロイやイヴよりも比較にならないほど強い、と。


「いやいや、あまり褒められたことじゃないんだけどさ? アタシ、かなり魔術を使うのが苦手なんだよね! 魔術師学部の生徒なのに! まぁ、苦手なのは魔術だけじゃなくて、勉強全般なんだけど……。でね? やっぱりアタシには、身体を動かすのがあっているなぁ、って、昔から感じていたんだけどさ? あと、すでに死んじゃっているけど、おじいちゃんもこの戦い方をしていたから、やっぱり『血』っていうか『遺伝』なんだけどさ? その行き着いた先が、これ」


 そこまで言うと、リタはもうすぐ死に、誰かに発見されるまで放置され、そのあとは通報されるはずの女性に背を向けて――、


 そのまま後処理も特にしないで歩きだし――、


 最初に女性からもらいかけた金銭を拾って、もう一度クレープを買おうと考えながら――、


「――――体躯竜域の強み」


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