1章11話 23時56分 第1特務執行隠密分隊、初任務に挑む!(1)



 その日の夜――、

 日付がギリギリ変わる前――、

 王都の外れにある宿屋の一室を監視するように――、


「うぅ……、初任務、緊張する……。なんで訓練もなくいきなり任務なのぉ……?」


「セシリア様が言うには正直、戦闘はあまり想定なされていないみたいですからね。あくまで戦闘になっても勝てる可能性を確保できている、というだけで。ですから、これは言ってしまえばチュートリアル。言われたことを言われたとおりにできるか否かを確かめるための試験的な要素もあるんでしょう」


「そうですけど……ぐぬぬ、それでも、まさか初日にいきなり本番だなんて」


 トイレから帰ってきたシーリーンが、椅子に座ろうとしながらお腹をさする。

 すると、マリアは心にみるほど優しい声音で気遣った。


「大丈夫ですからね、シーリーンさん? 改めて状況を考えてみてください。敵は1人でこちらは4人。そして、敵はこちらに気付いていませんけれど、わたしたちは向こうに気付いていますよね? というより、まだ向こうは宿の一室どころか、宿の前にも到着していませんからね。なによりも、戦闘は本当に最後の展開で、あくまでも、わたしたちの今回のミッションは盗聴です」

「りょ、了解……」


 改めてになるが、今回の第1特務執行隠密分隊の任務は盗聴だ。

 実は今回のターゲットが魔王軍のスパイということは十中八九、判明しているらしい。なのであえて泳がせて、魔王軍本部に連絡を取らせ、それを盗聴して情報を得よう、という計画だった。


「はい。それでは、索敵の結果を」

「えっと……敵は1人で、宿から東に500mの地点にいて、徒歩で宿に向かって進行中。今のところ、魔力反応もありません」


 シーリーンとマリア、2人はスパイが一般国民を装って滞在している宿、その道路を挟んで対面の宿の一室で、件のスパイの様子を伺おうとしていた。

 シーリーンが椅子に座っているのは前述のとおりだが――マリアの方は窓の一部を魔術で切り取り、四角形の穴を空けて、その窓の近くにセットしたテーブルに寝転び、いつでも魔術狙撃の伏射プローンができるような体勢を取っていた。


 もちろん、部屋に灯りは点けておらず、シーリーンのトイレは今回の作戦前、最後のトイレだった。


 シーリーンの役目は周辺の警戒で、使っている魔術は前回の試験のために覚えたばかりの索敵魔術だ。覚えている魔術が極端に少ないシーリーンでも、これなら完遂できそうだったのである。

 一方、マリアの役目は魔術による狙撃だった。無論、彼女本人が語るように、戦闘は最後の展開だ。あくまでも、マリアのこの準備は万が一の時のためのモノに他ならない。


「さて――コホン、エロ風紀委員さん、こちら学生。聞こえていますかね? どうぞ」


 と、マリアは伏射体勢を維持したまま、アーティファクトに口と耳を当てて、その向こう側にいるアリスに呼びかける。こういう時、魔術による狙撃はスコープを覗き続ける必要がないから便利だった。無論、マリアは現在、遠視の魔術を発動している。

 で、すると、すぐにアリスからの応答があった


『こちら風紀委員。ボッチ学生さん、聞こえています。用件をお願いいたします。どうぞ』


「夜の花嫁さんの索敵魔術によると、敵は1人で、宿から東に500mの地点にいて、徒歩で宿に向かって進行中。魔力反応もありません。わたしはいつでも狙撃できる状態で、夜の花嫁さんの方も、任務を怠っていませんね。どうぞ」

『1人、東に500m、徒歩、魔力反応もなし、ですね? 了解です。私とポッと出最強ちゃんもすでに配置に付いております。どうぞ』


「了解、通信を終了しますね? どうぞ」

『了解、通信終了』


 すると、アーティファクトの向こうから一切の音が聞こえなくなる。

 宣言どおり、通信が終了したのだ。


 続いて、マリアはスパイが潜伏先として利用している宿の一室、その隣の一室に視線を向けた。

 そこにアリスとイヴが待機しているのだ。


 シーリーンの役目が索敵魔術による周辺の警戒であるように、マリアの役目が緊急時ための狙撃であるように、アリスとイヴにも役目があった。


 アリスの役目はこの作戦の本命である盗聴である。

 そして、イヴの役目は新兵最強の光属性魔術の使い手ということで、アリスの護衛だった。


 アリスもマリアと同様に狙撃魔術を使えたが、隊長であるマリアを前線に出すのは合理的ではない。

 と、そのようにみんなで判断し、結果、アリスが盗聴を受け持ち、マリアが狙撃を受け持つことになったのである。


 また、今回の任務には重要なことが1つあり――盗聴自体に魔術を使ってはいけなかった。

 理由は単純明快に盗聴していることがバレたらマズイからであり、だからこそ、アリスとイヴが物理的に盗聴するために隣の部屋で待機しているのである。


「ま、マリアさん……」

「はい? なんですかね?」


 と、任務中ではあったが、過度に緊張しているシーリーンをほぐすために、柔和なマリアが微笑みで応じる。

 そんなマリアにシーリーンは緊張しながら言った。


「ホントにそのコードネームを使い続けるんですか……?」

「…………まぁ、連鎖を断ち切る人がいませんからね……。イヴちゃんが自分で自分を最強って言い始めて、アリスさんがそこにポッと出なんて言葉を付け足す。アリスさんは風紀委員を名乗ろうとしたけど、シーリーンさんがそこにエロを付け足す。シーリーンさんは花嫁をコードネームにしようとしましたけど、わたしが弟くんを取られた怒りで夜のなんて枕詞を付け足して、わたしが学生でいいかぁ、なんて思ったら、イヴちゃんが、1人だけ修飾語がないのかおかしいからボッチ学生はどう? って……」


「…………ロイくんには聞かせられない会話ですよね」

「…………そもそも女子だけだったからできた会話ですからね。弟くんがあの場にいたら、絶対に全員でもっとお淑やかになっていたはずです……」


「………………」

「………………」


「それで――シィたちって今、魔術を使っていますよね? 敵がスパイ行為に特化しているなら、離れている地点でも感知されてしまうんじゃ……」

「クスッ、大丈夫ですからね? わたし自身とシーリーンさんには、わたしが魔力反応を薄くする魔術を使っていますし」

「確かに、作戦会議をした時、その説明は受けましたけど……」


 シーリーンはこの説明を忘れていたわけではない。

 だが、忘れていないことと、不安を覚えないことは別に、同義ではないのだ。


「それよりも、ほらっ、任務に集中しましょうね? 敵は今、どこに何mの地点にいますかね?」

「は、はいっ、東なのは変わらず、おおよそ130mの地点です。ここを中心に半径1km以内に、他の敵影はなし。魔力反応もありません」

「了解です♪」


 そして、あとは我慢と待機の時間だった。

 喉をゴクリ、と、鳴らして、シーリーンは生唾を呑み、過度に緊張している様子のまま、索敵魔術を発動し続ける。そして、マリアはいつでも狙撃魔術を撃てるように備えたまま、魔力反応を消す魔術を自分とシーリーンに発動し続けた。


 ジリジリするような時の流れ。神経を擦り減らすような場の雰囲気。

 そのような状況の中、シーリーンは周囲を警戒したまま、脳内で今回のスパイの情報をよみがえらせる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る