1章7話 14日9時 イヴとマリア、各々、兄と弟に対する恋に悩む。(2)



「――――――」

「んっ♡ はぁ♡ んんっ! んっ、ろ、ロイ……、んむっ♡」


 口付けを交わすロイとアリス。

 シーリーンの時は急すぎてじっくり見る余裕がなかったが、前置きがあった今回は違う。他の女の子は全員、その光景を頬に乙女色を差して、太もも、内股をもじもじさせながら、ロイとアリスに穴が空きそうなほど凝視してしまう。


 しかし、2人が息を吸うために唇を離した。

 ちょうどその時だった。


「コホン! ご主人様? アリスさま? そろそろイチャイチャタイムを終了させませんと、遅刻の可能性が濃厚でございます」

「~~~~っ、クリスさんの表現に、絶妙に胸が跳ねてしまうわね……。心臓に悪くて」

「あっ、ご、ゴメン……、みんな……。別れを惜しんで遅刻したら、本末転倒だよね」


 クリスティーナのおかげで、どうにか遅刻は回避される流れになりそうだった。

 しかし、これに異を唱えた者が2人いた。即ち、イヴとヴィクトリアの2人である!


「待ってほしいんだよ! わたし、まだお兄ちゃんとキスしていないよ!?」

「わたくしもですわ!」


 イヴは幼い感じで駄々をこねて、ヴィクトリアは可愛らしく頬を小さく膨らませる。

 ちなみに、最後の1人であるマリアは「…………っ、ホントは……、わたしだって……」と小声を零し、少し拗ねながら、どこか泣いてしまいそうであった。


 もちろん、ロイたちに知る由はなかった。

 だが、マリアはそのあと(素直になりたいんですからね……?)(姉だからお利口さんを装っていますけど、弟くんと、キス、したいんですからね……?)と、言おうとしたかったのである。


 今まで、このようなことは(アピール、スキンシップすることはあったが、本格的に一線を超えようとすることはなかったという意味で)少なかったが、流石にそろそろ、ロイの周りに女の子が集まりすぎて、なぜか、どこか、マリアは焦るようになってしまっていたのだ。

 が、それはともかく――、


「僭越ながら、お嬢様、王女殿下。お嬢様はシーリーンさまやアリスさまとお違い、ご主人様のお嫁さんではございませんし、一方、王女殿下にいたりましては、七星団に配属されるわけではございません」


「うぬぬ、だよぉ……」

「ぐぬぬ……、ですわ」


「というわけで、キスの必要は皆無でございます♪」


 クリスティーナは身近に咲く麗らかなタンポポのように健気な微笑みを浮かべる。ロイの言うところのパーフェクトメイドさんスマイルだ。

 しかし今、この時に限って言えば、そのようにやわらかい笑みこそ、何物にも負けて劣らぬ無言の圧力を放ち続ける。


「コホン、それじゃあ、改めて、みんな、いってらっしゃい」


 そのようにロイに言われ、送り出されたので、彼のことが大々々好きなシーリーンたち4人は後ろ髪を引かれる思いでも、出発しないわけにはいかない。歩み始めないわけにはいかない。

 そして、星下王礼宮城の城壁の角を曲がり、ロイ、ヴィクトリア、クリスティーナの姿が見えなくなったところで、イヴは――、


「わたしも……、いつかお兄ちゃんと、キス、できるのかなぁ……?」


 と、隣を歩くマリア以外、前を歩くシーリーンとアリスには聞こえない呟きを漏らす。


 言わずもがな、イヴはロイのことが大好きだった。それこそ、男女がキスすることの意味を正しく理解できる年齢になって、実際に理解しても、それでもキスを許せるぐらい。

 なのにみんなにはよく、「恋人じゃない」と、「お嫁さんじゃない」と、曖昧にされてしまう。


 相手に悪気がないことは百も承知なのだが……それでも、恋人の好きによって、家族の好きを蔑ろにされてしまうと、イヴはモヤモヤしてしまうのだ。

 とはいえ、当たり前だ。自分の気持ちを他人の気持ちの下位互換だと決められて、それでモヤモヤしてしまわない人間はいない。


 ゆえに、イヴは思う。

 好きって平等じゃないのかな? と。家族の好きは恋人の好きの前に、控えなきゃいけないモノ、慎まないといけないモノなのかな? と。


 一方で、マリアは――、


(イヴちゃんまで素直になったら、もう、わたしが素直にならない言い訳は残りませんね……)


 それに関しても当たり前だ。マリアは家族だから、ロイに対して一線を超えないようにしている。

 なのに、イヴはその一線を越えようとしていた。


 そして実際に越えてしまったら、つまり、それはそういうことになってしまうのか?

 自明だ。家族でも素直になれる実例ができてしまったら、マリアはそれを言い訳に使えなくなる。


(はぁ……、お兄ちゃんを好きになるのって、本当に大変だよぉ……)

(はぁ……、弟に恋をするって、本当に大変ですね……。いや、恋かどうかはまだ不明なんですけどね!? まだ、少なくともまだ、素直になるのは早いですからね!?)


 翻り、背後で行われている葛藤に気付かない、前方を歩く2人は――、


「あっ、し、シィ!」

「どうしたの?」


「今、腕時計を見たら、まだ全然時間があるわ!」

「ほぇ!? どういうこと!?」


「クリスさんにやれられた! この前、入団試験の時の別れの挨拶も、キスはなかったけれど時間ギリギリまで粘ることになったわ! だから同じことを二度起こさないために、クリスさんはきっと、時間よりも前の段階で、そろそろ遅刻の可能性が濃厚でございます~、みたいなことを言ったのよ!」

「そんなぁ……、1秒でも長くロイくんといたかったのにぃ……」


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