1章5話 9日7時 ロイ、初恋について語る。(2)



「ご、ゴメン……、そこまで怒られるとは思っていなかったんだ。前世のことで……つまり、もうその女の子とは会えないってことだから、みんなも、まぁ、自分で言うのも恥ずかしいけど、恋のライバル扱いしなかなぁ、って」

「そりゃ、確かにその女の子はシィたちにとって異世界にいるんだろうけど……」


 ぷくぅ、と、子どもっぽくシーリーンは頬を膨らませた。

 だが、ロイの言っていることは恐らく事実である、と。十中八九、本当の話だ、と。シーリーンもイヴもマリアも、流石になんとなく理解している。


 まず、ロイの前世には魔術が存在しなかったから、根本的に例の神様の女の子に辿り着くことが不可能だ。

 さらに言うなら、向こうの世界、というか惑星ではこの惑星のように伝承でさえ神様の女の子の存在が残っていない。つまり、認識さえされていないのだ。


 確かに今、シーリーンたちは少し感情的になっている。

 しかしそんな彼女たちでさえ、神様とコンタクトを取って、その幼馴染の女の子とやらがこっちにくるとは思えなかった。


「一応、最後に抗ってみますけど、その幼馴染の女の子は、女の子だけどただの友達で、恋愛の対象として見ていたわけでは――」

「ゴメン、姉さん。みんなが察しているとおり、その女の子がボクの初恋の相手なんだ」

「そうですよねぇ……」


 少しだけ落胆してしまうマリア。

 自分の知らないところで弟が恋をしていたなど、自分では気付かなかったが、姉としてか否かはさておき、かなりショックが大きいことだった。


「それで、ロイくん? その女の子とはどこまで行ったの?」

「本当の本当に、手を繋ぐまでだよ。これ以上は誤魔化せないから白状するけど、キスは正直したかった。でも、その前にボクは死んじゃったし」


「あっ、弟くん、今さらではあるんですけど、前世を思い出しても――」

「本当に今さらだね。でも、大丈夫。克服できたから、もう喋ってもつらくならないよ?」


「でも、お兄ちゃん? お兄ちゃんって心臓の病気だったんだよね? どこで知り合ったの?」


 その疑問はもっともだった。

 特にシーリーンはロイの『毎日がつらかった……ッ、母さんがボクに隠れて泣いているのを見て、心が締め付けられた。父さんの優しさに心を痛くした。一方で、教師はボクのことを腫れ物扱いして、自分が世界に存在する価値を疑った。クラスメイトがボクをからかうから、自分には友達ができないって、ずっと独りなんだって絶望した。クラスメイトの親からは、万が一の時、責任を取れないから、あの子と遊んじゃいけませんって拒絶された』という発言を以前聞いている。


 だいぶ時間が経ったが、今になってよくよく考えれば、確かにイヴのような疑問を、シーリーンも抱いてしまう。


「その女の子の方も入院していたからね。病室が近かったから、遊ぶようになったんだよ。もっとも、あまり激しい運動はできなかったけど」


 なぜその女の子が入院していたのか。

 当たり前だが、シーリーンとマリアはもちろん、一番幼いイヴでさえそれは訊かなかった。


 質問しなくても答えは出ている。

 話を聞いていると、その女の子とロイは彼が死ぬまで、相当長い付き合いをしていたように思える。


 そして恐らく、2人が出会ってからロイが死ぬまで、その女の子は病気、あるいはケガが、完治しなかったのだろう。

 以前、ロイは幼馴染が学校に通っていることをほのめかしていたから、何度か退院することはあっても、最終的には再入院していた可能性が高い。だからこそ、入院していて、他人との接触が比較的少なかったロイとも、頻繁に遊べたはずなのだ。


「お兄ちゃんは……その女の子と、もう一度会いたい?」

「会いたいけど、無理だよ。神様の女の子が言っていた。転生には2つの条件があって、転生先の素体とソウルコードが合致する必要、そして、その素体がきちんと目的地に存在している必要がある」


「このグーテランドに転生するだけでも天文学的確率なのに、さらにお兄ちゃんの近くに転生するのは無理、ってこと?」

「そうだね」


 ふと、少しだけロイは寂しそうに小さく息を吐いた。それを見て、3人は少しだけロイのことを悲しく思った。

 が、彼は3人のその雰囲気を察して、明るく続ける。


「でも、まぁ、そうだね。死ぬ前にお別れはキチンとしたから。バイバイ、君は治るといいね、って。けど、向こうはお別れを認めなかったけど」

「そりゃ、認められないよ……」


 イヴが悲しげに零す。

 そしてシーリーンもマリアも、それに同調することしかできない。


 当たり前だ。前回の大規模戦闘の際、ロイが死んだ時、自分たちは声をらして、涙がれるまで叫び、泣いて、悲しんで、絶望したのだ。

 それは認められなくて当然で、想像するだけでも泣けてくる事実である。


「あ、明るい話をしましょうかね! 弟くんはその女の子とどんなふうに遊んでいたんですか?」

「主にゲームかな?」


「チェスとか?」

「あぁ~、えっと……、少し語弊が生まれるかもしれないけど、イラストを映し出す小さな箱があって、それには上とか右、ほかにはマルとかバツのボタンがあって、ボタンを押すと絵が動くんだよ。で、ボタンを押して絵を動かしていって、絵本みたいにストーリーを進めるわけ。で、そのゲームの中のラスボスを倒したり、恋愛をシミュレートするゲームだったら女の子と結ばれたり、ゲーム各々にある目的の達成を目指して遊ぶ、って感じかな?」


「へぇ、そんな物があるんですね」

「でも、それってすぐに終わっちゃわないかな。イメージだけど、30分ぐらいで。ボタンを押して物語を進めるだけなんだよね?」


「ゴメン、たぶんシィはボクが絵本って言ったから、そのぐらいの時間をイメージしたんだよね? そうだねぇ、どんなに短くても30時間は遊べるかな? それに、ゲームの種類によっては、エンディングが複数あるっていうのも全然珍しくないし、とあるモンスターを狩るゲームなんか、300時間以上も遊ぶ人もいるよ」

「エンディングが複数!? それって、小説でいうと最終巻だけ複数あるってことですよね!?」


「しかも300時間!? ロイくん、それって、1日3時間遊ぶとしても、毎日かかさず100日間遊ぶ必要があるんだよ!?」

「まぁ、確かに最初聞くとビックリするけど、実際にやってみると時間を忘れて熱中するし」


「へぇ、すごいですね。わたし、その人たちのことを本当に尊敬しますね」

「うん、シィも。1つのことにそれだけ集中できるってすごいよね?」


「ところで――」


 と、ここでロイは今まで少し会話から離脱していたイヴの方に視線を向ける。


「――イヴはなにしているの?」

「ぅん? 念話のアーティファクトでアリスさんにもこの会話を流していたんだよ?」


「えっ?」

「だって、アリスさんにもこのことはいつか言わないといけないし! 少しでもお兄ちゃんのためになればなぁ、って思ったんだよ! 褒めて褒めて!」


 すごく嬉しそうなイヴ。

 対して、恐らくイヴがアーティファクトを隠している背中からは――、


『ロイ、あなたの初恋の相手ってシィじゃなかったのね?』

「うぅ……、ゴメン」


『黙っていた罰が必要ね』

「はい……」


『……キチンと、誠意をもって、今夜、私とシィとヴィキーを愛すること』

「えっ?」


 声は恥じらっているのに、なんとも大胆な罰だった。


『ロイ、へ・ん・じ・は?』

「りょ、了解です……」


『よろしい、初恋には、現在進行形の愛で上書きするのが一番よね♡』


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