4章1節 9時56分 シーリーン、どうしたらいいかわからない。(1)



 馬車で七星団を出発して、さらに王都の城壁から外に出てから、もう30分以上経った。

 1台の馬車に乗れるのは御者を除いて4人程度で、かつ、組分け自由だったこともあり、シーリーン、アリス、イヴ、マリアは同じ馬車に乗っていた。


 窓から外の様子をうかがうと、徐々に鬱蒼うっそうとした木々が無造作に生い茂ってきて、本格的に山に突入し始めたのだろう。

 見ているだけで気分が落ち込むような景色だったが、ジェレミアと同じ馬車にならなかっただけ幸いか。


「……やっぱり、納得できないわ」

「アリス?」


「シャーリー様が言っていたでしょ? シィの試験の相手をジェレミアから変えることはできない――ッッ! その上で、シィの学業の成績を考慮すると、合格したければ、他の受験者よりもさらに確実に戦闘テストに勝っておかないといけない――ッッ!」


 苛立ち交じりにアリスが大きな声を出す。

 その苛立ちに、大きな声を出す以外の発散方法がなかったのだ。


「アリスさん、落ち着いてください。親友のために怒れるのはアリスさんの美徳ですが……それでも、それは感情論に過ぎません。むしろ、試験開始前にシーリーンさんが置かれている状況と、それを踏まえた合格条件を本人に伝えてくれるあたり、試験官として優しすぎるぐらいですね」


「でも……っ」

「実際の戦争では、相手を自分で選ぶことはできません。もしかしたら、自分のトラウマのような魔物と相対することもあるでしょう。だというのに入団試験の段階で、シーリーンさんはジェレミア卿が苦手だから対戦相手を変えてください~、と言うのは非常にナンセンスですね」


「…………っ、それぐらい、本当は私だって……」

「むしろ、アリスさんが言えば言うほど、このシーリーンという女の子はトラウマに限らず、恐怖と向かい合った時に屈してしまう可能性が高い。ひいては、戦場で戦意喪失する可能性が高い。――なんて、そう判断される可能性もありますからね?」


「それ、シャーリー様が言ったことと同じじゃないですか……」

「えぇ、彼女の言い分には1つの文句の付け所もありませんでしたからね」


「…………」


 頭ではモノの道理を理解している。

 しかしそれでも、アリスはまだ、感情的になる自分を上手くコントロールできなかった。


 だが、マリアにも考えがあった。

 たとえば、国王陛下が社会の厳しさを説くのと、若年無業者が社会の厳しさを説くのとでは、どちらに説得力があるだろうか? 恐らく、ほとんどの人が前者と答えるだろう。


 マリアの考えはそれと同じだった。

 アリスと親しい自分がそれを言うのと、特務十二星座部隊の一員だろうと、アリスと話すのが初めてのシャーリーがそれを言うの。この場合なら当然、前者の方がアリスも受け入れてくれやすい。


 自分が多少嫌われてもやむを得ない。

 ゆえに、マリアはアリスに不満を抱かれても、彼女を納得させるために、シャーリーとまったく同じことを、口を変えて言ったのだった。


「でも……それにしてもだよ? ジェレミアはシーリーンさんが不登校だった、ってことを知っているし、5つしか魔術を使えない、っていうのも、最初からバレちゃっているよね?」

「…………」


「駆け引きが、できないよ……?」

「…………」


 イヴの言葉にシーリーンは沈黙しか返せなかった。

 そして無言を貫くしかない彼女に、他の3人の視線はどうしても集まってしまう。


「……だからでしょうね。貴方様が合格したければ、他の受験者と違って、絶対に戦闘テストに勝たないといけない、なんて、シャーリー様が言ったのは」


「どういうこと、お姉ちゃん?」

「使える魔術が5つだけ、というのは、平均と比べると恐ろしく少ないですからね。いくら試験が勝敗無関係の善戦の度合い、実力の誇示を重視しているといっても限度があります。流石にこの数ではいくら善戦したところで、十中八九、実力不足を指摘されるでしょう」


「それは……、その……、みんなシィに気を遣って言わなかったけれど、前々から気付いていました……」

「あぅ、気付いていなかったのはわたしだけだよ……」


 これがアリスが抱いていた『とある心配』の正体であった。

 もちろん、アリスもマリアも、シーリーンに気を遣ってそのことを言わなかったが、指摘しなかった理由はもう1つある。


 単純にシーリーンが一番、自分のことだから、それを理解している、という理由だ。

 自覚していて、本人にも改善の意思がある。ゆえに2人とも、これ以上、自分たちまでシーリーンに現実を突き付けて、彼女を追い詰める必要性はない、と、そう判断していたのだ。


 もし、自分でもマズイと思っていることを、他人から改めて注意されたら。

 その場合、大半の人はやはり、わかっている……っ、と。それ以上言わなくていい……っ、と。苛立つだろうし、シーリーンに当てはめるなら、彼女は必要以上に悩んで、苦しんでしまうだろう。


「まぁ、シーリーンさんの場合、実はジェレミア卿が相手でなくとも、ほぼ確実に勝っておかなければならなかった、というのは置いておいて――とにかく、使える魔術が5つだけでも実力を誇示するためには、明らかに使える魔術が2桁の相手をそれだけの魔術で上回る必要があるわけですね」

「難しい、よね……」


 シーリーンが弱音を零す。

 ほんの数日前にもアリスが言ったことだが、この七星団の入団テスト、アリスも、イヴも、マリアも、シーリーンの参戦に反対しているわけではない。ただ、死んでほしいわけでもなかった。


 そしてそれと同様に、もう戦いを止めることはできないが、ジェレミアと戦って、トラウマを呼び起こしてしまい、心を壊してほしいわけでもないのだ。


 論理的に考えたら、シーリーンはまず間違いなくジェレミアに勝てない。

 あの同年代最強と名高いロイ・モルゲンロートでさえ、前日の段階で突破口を用意しておくことで、自爆を対価に勝利を掴んだのだ。


 シィなら大丈夫。きっと勝てる。シーリーンとジェレミア、2人の実力差はそういう優しい言葉さえ、全て皮肉、嫌味に聞こえるほど隔絶しているのである。

 ゆえに、アリスたちは感情的には間違いなくシーリーンに勝ってほしいと願っているのに、生半可で根拠のない応援の言葉さえ送れなくなってしまう。


「シィ……」

「ただでさえ難しい試験にはなるだろうなぁ、とは思っていたんだよ? それなのに、その相手がジェレミア卿だなんて……」


「「「…………」」」

「精神的な問題だけじゃない……っっ! とんでもなく性格は悪いけど、ジェレミア卿はロイくんがくるまで、アレでも同年代最強の魔術師だった! シィの使える魔術でジェレミア卿の【 幻 域 】ファントム・ヴェルトを突破するイメージなんて、全然湧いてこない……っ! 思い返してみてよ! ロイくんってアドリブで戦うことが結構多いけど、あのロイ・モルゲンロートが唯一装備を整えて戦いに臨んだ相手がジェレミア卿だったんだよ!」


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