3章9話 5日8時 シーリーン、悪夢と邂逅する。(2)



「っていうか、シィ、よかったの?」

「なにが?」


「自分の使える魔術は5つしかない、って、他の人に聞こえるように言っちゃって」

「敵の言うことを信じるバカなんていない。シィたちがどんなに大声で話しても、誰も真に受けないよ」


「そうかしら?」

「それに、少しだけ利用することもできるかなぁ、って思って」


「利用?」

「本当のことなのに、相手はウソだと勘違いしているはずだから、ブラフに使える、ってこと」


「シィって……けっこう身内以外にはドライよね」

「そうかな? 仲間は仲間、敵は敵って、そういう認識は普通だと、自分では思っていたけど……」


 とはいえ事実、それはシーリーンの言うとおりだった。

 この場に集まっている4人以外の全員、シーリーンたちの会話に耳を傾けていたが、その内容を信じた者はいない。


 5つしか使えないなんてありえない、と。

 早ければ5歳児でも習得できる数だ、と。

 ウソを吐くならもっとマシなウソを吐け、と。


 が、しかし――、

 残酷なことに――、


 1人だけ例外が混じっていたのを――、

 ――シーリーンもアリスも、まったく予想していなかった。




「おやおやぁ? そこにいるのはシーリーンとアリスじゃないかぁ?」




 別に会話を禁止されているわけではないが、ここは至極真面目な七星団の入団試験の集合場所だ。

 だというのに、やたらナルシストのように気取っていて、語尾が微妙に間延びしてネットリしていて、ヘラヘラ軽薄で、かなり場違いな調子に乗っている感じの声が会議室に響く。


 続いて、カツ、カツ、カツ――と。

 シーリーンたちの背後から、ワザと鳴らしているような靴音がした。


 そして、その声は男性のモノだった。

 シーリーンもアリスも、そしてイヴとマリアも、その声の主のことを知っている。特にシーリーンは忘れたくても、忘れられるわけがなかった。


 自分のことをイジメていた男。

 自分を不登校に追い込んだ男。


 まさか……っ、と、シーリーンは絶望する。

 しかし一度そう思ってしまったゆえに、もう、その考えを頭から消せなくなる。


 顔は青ざめて、肩は震えて、背中には冷や汗が流れ始めた。

 今、近くには、自分を『彼』から救ってくれたロイはいないのに――……




「久しぶりだねぇ、シーリーン、アリス」

「ジェレミア……ッッ!? なんでここに!?」




 トラウマを刺激されて、なにも言えないシーリーン。

 彼女の代わりにアリスがジェレミアのことを殺意さえこもった双眸で睨み付ける。


 緊迫した雰囲気になる会議室。

 流石にここに戦いにきている受験者とはいえ、戦うのはあくまでも七星団に入団するためである。このように憎しみと怒りを交えて戦うような雰囲気を出すつもりはなかった。


 自明だ。たとえ他人と戦うことになっても、その人とは今日が初対面。

 なんの感情も抱いていないのだから。


 なのにこの刹那、入団試験には似つかわしくない敵意が会議室に漂っている。

 気弱にオドオドしている人はいなかったが、大半の人が、シーリーンたちにどうしたんだ……? という視線を送り始めた。


「愚問だねぇ! ここにいる理由なんて、七星団に入団したいからに決まっているじゃないか!」

「ジェレミア卿が……、七星団に入団……?」


 まるでうわ言のように、シーリーンが信じられない現実を口にする。

 ジェレミアが入団できるか否か、七星団の団員に相応しいか否かは置いておいて……とにかく、シーリーンからしてみれば、今日1日中、行動を共にするかもしれないというのが、逃亡を考えてしまうほどの絶望だった。


 会いたくなかった、会いたくなかった、会いたくなかった。

 逃げてしまいたい、逃げてしまいたい、逃げてしまいたい。


 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

 気持ち悪くて…………正直、吐きそう。


 自らその思考、その感情を自分で認識した瞬間、シーリーンは口を押えて、腹を抱えてえづいてしまった。

 なんとか飲み込んで我慢できたが……口腔こうくうも喉も、まるで焼けて溶けるような不快感を覚えて、あとには心底不味い酸味だけが残り続ける。


 シーリーンの脳内で何度も何度も繰り返されるその思考、その感情。

 そして頭とは別に、彼女の身体には吐き気以外にも、貧血にも似た気持ち悪さが表れ始めた。


 最悪だった。

 悪夢にしても限度がある、と、そう叫びたくなるぐらい最悪だった。


 シーリーンの目尻に涙が溜まろうとしたその時――、

 ドアから1人の女性が入ってきて――、


「注意――シーリーン・エンゲルハルトとジェレミア・シェルツ・フォン・ベルクヴァインは確かに、本日の戦闘テストでマッチングする予定ではある。ですが、指示があるまで互いに手出ししないように。勝手に戦われると困る」


「あなたは?」

「紹介――本日の試験官である、特務十二星座部隊の序列第4位、シャーリー・ヘルツです」


「特務十二星座部隊……っ!? そ、それは失礼しました……」


 今までシーリーンとアリスには偉そうだったのに、シャーリーが自己紹介した瞬間、ジェレミアが下手したてに出る。

 しかし今、アリスには、それよりも気にするべきことがあった。つまり――、


「ま、っ、待ってください、シャーリー様! 今、なんて仰いましたか!?」


「? 本日の試験官である、特務十二星座部隊の序列第4位、シャーリー・ヘルツです」


「いえ、その前です!」


 絶望するシーリーン。

 彼女の頭にはもう、思考と呼べる上等なモノは残っておらず、「逃げたい――」という感情以外は空っぽだった。


 翻って、動揺から帰ってきてシャーリーの発言に気付き、ニヤァ……と、ジェレミアは下種な笑みを浮かべている。計画通り、と。

 それと狼狽するアリス、3人の様子を訝しみつつも、シャーリーは艶やかな桜色の唇を開いて――、


「復唱――シーリーン・エンゲルハルトとジェレミア・シェルツ・フォン・ベルクヴァインは確かに、本日の戦闘テストでマッチングする予定、で、あっている?」


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