2章6話 アクアマリンの月27日 アリシア、今後の戦争について話す。(2)



「ただ、1つだけ付け加えるならば、スパイを送り込むと言っても、今からスパイを送り込もう! というわけではありません。すでに送り込んでいるスパイに増援を与えよう! ということです」


 ふと、事もなげにアリシアは新しい事実を暴露する。実はすでに、こちらもスパイを送り込んでいたんだ、と。

 しかし、ロイは別段驚きもせず、心底、落ち着いた様子で返した。


「それも理解しているつもりです。察するところはありましたから」


「へぇ、どこにそれがあったかお伺いしても?」

「よく、戦争を扱った小説や演劇でもありがちですが、敵軍の進行が始まる前に、あと何ヶ月後に敵軍が攻めてくる! って、なぜかわかるじゃないですか」


「確かに、前回の大規模戦闘でもそうでしたね」

「それに、前回は5つの場所から攻めてくるという情報があり、その5つに同じ数の師団をぶつけたら、ものの見事に戦闘になりました」


「えぇ、そのとおりです」

「他にもいろいろ可能性はありますが、敵から一番手っ取り早く情報を入手するには、やはりスパイ行為が一番です」


 と、ロイは言いきった。

 それに対して、アリシアは魔力を込めながら、ゆっくり、丁寧に包帯を巻きつつ――、


「他にも可能性はある、と、そう言いながら、すでにこちらもスパイを送り込んでいたことに気付いていた理由は?」

「ありきたりな答えで申し訳ないですけど、全ての可能性を考慮していただけですよ。ただ強いて言うなら、戦争における常識的な考えと、ボクが七星団の参謀指令本部の一員、その立場だったらそうする、っていうのが理由ですかね。ボク1人で思い付くような作戦を、上層部が思い付かないわけがありません」


 訊かれた質問にロイはスラスラ答える。

 すると、アリシアはうっとりした感じでため息を吐き――、


「あぁ、ロイさんは本当に優秀ですね」

「そ、そうですか?」


「アリスにはもったいないくらいです」

「反応に困ることを言わないでください……」


「しかし、ロイさんの仰るとおりです。戦争において、敵国にスパイを送り込むなんて、もはや常識と言っても過言ではありませんからね」


 と、ここでようやく、アリシアがロイの左腕に包帯を巻き終えた。


「また色を変えるんですか? ご両親が滞在していた時みたいに」


 そう、アリシアの言うとおり、ジュリアスとカミラが滞在していた時も、ロイはこの包帯を左腕に巻いていたのだ。ただ、誰にも心配をかけないように、魔術で色を変えて、肌の色と同化させていただけで。

 だがしかし、ロイは今回、首を横に振る。


「いえ、母さんも父さんも、もう帰りましたし、ずっと魔術を発動しているのも疲れるんで、もうカモフラージュはしないつもりです」

「そうですか。それでは、また1週間後にここにきてくださいね?」

「はい、よろしくお願いします」


 ちなみに、ロイが中央司令本部のアリシアの自室に訪れるのではなく、アリシアが星下王礼宮城のロイの自室に訪れるのは、不可能ではないが、互いにあまりオススメできなかった。


 なぜならば、今、星下王礼宮城には頻繁に、アリシアの妹であるアリスが出入りしているからである。

 アリシア曰く、この幼女の姿を見せるわけにはいかない。かといって、大人の姿で再会しても、なぜ家に帰ってこないのかを問い詰められてしまうだろう。


 しかも、ロイはアリシアが幼女の理由を知っていた。

 それなのにアリシアを自室に呼んでアリスとバッティングしてしまったら、アリシアに質問の矛先が向かなくても、ロイに向く可能性があるのである。


「ところで」

「はい、なんですか?」


「ロイさんはアリスに今、包帯のことをなんて説明しているんですか?」

「心苦しいですけど、七星団のメディックに巻いてもらっている、って説明しています。これをやっているのがアリシアさんってバレちゃいますと、アリスの質問と、七星団の箝口令で板挟みになってしまうのが目に見えていますし」


「すみません……、ややこしい立場に置いてしまって」


 と、アリシアがロイに軽く頭を下げた。

 逆にロイは目上の人に頭を下げられるのが、どうにも苦手だったので、すぐに話を変えようとして、事実、変えた。


「そういえば、だいたいどの程度でこの包帯は取れるんですか?」

「そうですねぇ……、だいたいあと1ヶ月ぐらいでしょうか? ただ、気を付けてほしいのですが、グールの細菌の除菌と、闇のチカラをなかったことにするのは別々です」


「? つまり?」

「実は以前、ロイさんの魔術適性を拝見したことがあったのですが、もともと、ロイさんには闇属性の魔術適性がなかったはずです」


「えぇ、そのとおりです」

「まず、ロイさんはグールに噛まれたことにより、中途半端とはいえグール化しました。この時点で左腕にグールの細菌が繁殖しましたが、さらにそれとは別に、闇属性の魔術適性も得たのです」


「はい」

「それで結論を言いますと、グールの細菌はグール化を進行させるためのもの。一方で、闇の魔術回路が開いた原因はグールの細菌でも、開いてしまったモノは戻りません。グール化の進行が可逆的なモノなのに対し、魔術適性の解放は不可逆的なモノなんです」


「――――」

「私が教えて、先ほどロイさんが言った、『闇のチカラを抑える』というのは、『グールの細菌にはグール化を進行させるチカラがあり、その進行により生来的ではない適性、もしかしたら拒絶反応が出るかもしれない適性が高くなるから、包帯を使って除菌する』という意味合いです。原因は一緒でも、グール化と適性の解放は同義ではありません。別々の事象です」


「なるほど、一度開いてしまったモノは、もう閉じない、と」

「えぇ、というわけで、闇のチカラを抑える=除菌で、闇属性の魔術適性は一切関係ない、という認識でいてもらえれば問題ないかと」


「わかりました」

「まぁ、この惑星には世界の構造に迫るためのアプローチが、魔術と科学で2つあります。ですが、それは人手や予算が分散されるということでもありますからね。ロイさんの前世ほど世界の構造が明らかになっていれば話は別ですが、これは脳みそや神経が関わってくるような問題です。もしかしたら別に問題ない可能性もありますが、不透明な部分とリスクが多い以上、本来自分には合わない魔術の適性をこれ以上、上げるべきではないでしょう」


「ですよね、やっぱり。ボクの前世でも、脳とか神経は未知な部分がまだまだ多い分野でしたし」


 と、ここでロイが立ち上がる。

 そしてアリシアの部屋から出ようとすると、その彼女がどうやら見送ってくれるようだった。


「すみません、私も少々仕事があるので、見送りがドアまでで恐縮です」

「こちらこそ、お忙しいところ、毎週毎週、失礼します」


「あと、くれぐれもスパイ掃討作戦と、その次の作戦のことはご内密に」

「今さらですけど、音響魔術、大丈夫でしたか?」


「ふふっ、私は特務十二星座部隊の序列第2位、【金牛】のアリシア・エルフ・ル・ドーラ・ヴァレンシュタインですよ? ロイさんが部屋に入った時点で、実は発動していました。えっへん」


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