4章14話 肉! そして酒!



 空は雲1つない清々しいほどの晴天、降り注ぐのは麗らかなお日様の光。冬にしては比較的暖かい気温で、冷たい北風は休業日だった。

 そんな日和にリタは大きな声で元気よく――、


「第1か~~い! みんなで焼肉大か~~いっ!」


「いえ~い!」


 と、可愛らしくシーリーン。


「さぁ、今日は体重を忘れて食べまくるわよ!」


 と、ご機嫌なアリス。


「みんなで焼肉なんて初めてですわ!」


 と、瞳をキラキラさせているヴィクトリア。


「リタばっかり司会してズルいよぉ~っ!」


 と、プンプンしているイヴ。


「まぁまぁ、もともとリタちゃんが弟くんと約束していたことですしね」


 と、にこやかなマリア。


「はぅ……、美……味しそうな匂い……が、し、ます……」


 と、わかる人にはわかるが、いつもよりワクワクしている感じのティナ。


「みなさま、なにか足りない物がございましたら、わたくしまでご用命ください」


 と、ここでもパーフェクトメイドさんスマイルを浮かべるクリスティーナ。


 この日はロイとヴィクトリアの初夜から数えて初めの土曜日だった。

 もともとリタがロイと約束していたこともあり、彼らは焼肉パーティーをすることになったのである。


 開催場所はヴィクトリアの参加を王国の頭が固いお偉いさんに許してもらうために、まさかの星下王礼宮城の庭の一部である。

 参加者はロイとリタはもちろんのこと、先刻発言した女の子たちに加えて――、


「ったく、なんで俺まで……」

「いいじゃないですか、先輩。このお肉、国王陛下からの頂き物ですよ?」


 ――おまけでレナードも参加することになっていた。

 まさか今回の焼肉パーティーへの招待でお相子にできるとはロイも考えていなかったが、今回、彼はレナードに返しても返しきれない借りを作ってしまったのだ。犬猿の仲とはいえ、焼肉パーティーに招待してもバチは当たらないだろう。


「――俺を招待したこと、後悔すんじゃねぇぞ?」

「どういう意味ですか?」


 と、ロイが不思議そうに首を傾げる。が、そんな彼のことを無視して、レナードは先ほどから足元に置いていたバッグの中に手を突っ込む。

 そこから出てきたのは――、


「酒だアアアアアアアアアアアアアアア!」

「まだ真っ昼間ですよ!?」


「安心しろよ。妹とワン子とニャン子には、流石に飲ませねぇからよォ」

「あらあら、レナードさん。お酒の趣味がいいですね」


 いつの間にか近付いてきたマリアが、まだバッグの中に残っていた酒のラベルを見て感心する。


「そういえば、まともに話すのは初めてだなァ、ロイの姉貴」

「あっ、以前にも言わせていただきましたが、弟くんの件、本当にありがとうございました」


「ハッ、もう何回も聞いたっつーの。それに、俺の方もロイが死んだままだと、張り合う相手がいねぇからな」

「クス、弟くんはいいライバルに巡り合えたようですね」


「やめてよ、姉さん。そう言われると恥ずかしい……」

「アッハッハッ、珍しいモンを見せてもらったぜ。女子にモテモテのロイでも、姉貴には敵わねぇようだな」


 からかうようにレナードは笑う。

 と、そこでシーリーンとアリスもやってきた。


「うわぁ、高そうなお酒だねぇ」


「っていうかレナード先輩、これ、けっこうありますけれど、何人分のつもりですか?」

「知るか。誰がどのぐらいのペースで何リットル飲めるかなんて知らねぇし、飲めるヤツが飲めるだけ飲めばいいんだよ!」


「あぁ~っ、お兄ちゃんたちだけズルいよぉ!」

「アタシもお酒、飲みたい!」


「いやいやいや! イヴもリタも、まだお酒飲めないでしょ!? ここ、星下王礼宮城の敷地内だからね!? この国で一番、法律を破ったらいけない場所だよ!?」

「みなさま、お酒もよろしいですが、そうこう話している間に、クリスティーナお手製の焼肉もできあがりつつありますからね♪」


   ◇ ◆ ◇ ◆


 そして数十分後――、

 中等教育の下位の3人とクリスティーナを除いた全員は――、


「オイ! ロイ! テメェ、今度はお姫様と一線超えたんだろ!?」

「レナード様……っ、なんてことを言うんですの!?」


「先輩、セクハラですよ!?」

「アァ!? オイ! アリスとシーリーンも聞きてぇよなぁ!? ロイとお姫様の初めての夜をよォ!」


「あはははははは、ロイくん、話して~っ」

「そうよ、ロイ! 話なさい!」


「えぇ……」

「おっと、ロイ、酒がまだまだ足りてねぇよォだなァ! 気化する前に、ほら! イッキ、イッキ!」


「今、気化って言いました!? あまつさえ、そんな物をイッキしろと!?」

「おおっと、ヴィキー、いい飲みっぷりだねぇ! シィも負けないよ!」


「あ~~っ、あ~~っ、わたしは聞きたくありませんからね~~っ! 弟くんの夜の営みなんて、姉として聞きたくありませんからね~~っ!」

「そう言ってマリアさん! ちゃっかりウソを見抜く魔術を使っているじゃないですか! あはははは!」


「ヒック……、アリス様! うるさいですわ! 今、わたくしがロイ様とのアレを思い出して実況して差し上げようと思いましたのに!」

「なにを!? ねぇ!? 今、ヴィキーはボクとのなにを実況しようとしたの!?」


「そりゃナニだろ! あはははははははははは!」

「先輩、表に出ろ!」


「オイオイ、ロイも酒、回ってきてんじゃねぇか! ここ、すでに表だぜ!?」

「あぁ! そうだ! レナード先輩!」


「なんだァ!? アリス!?」

「ずっと言おうと思っていたんですけど!」


「あぁ! ロイを振ってか~ら~の! 俺に愛の告白か!?」

「違います! 私が好きなのはロイだけです!」


「ゴハァ!?」

「でも! 以前、先輩のことをウソの理由で振ってすみませんでした! けれど! 交際を断った私が言うのも、先輩の気持ちを考えていないことになりますが! 私と友達になってくれませんか!?」


「――――」

「ロイくん! 先輩が喜びのあまりに気を失ったんだけど!?」


「水をかければもとに戻りますかね?」

「水はないんで酒で我慢してください、先輩!」


「ごっばばっばばばばば! ロイ、テメェ、殺す気か!? 驚いて言葉出なかっただけだし、水がねぇわけねぇだろ!?」


 ――盛大に酔っぱらっていた。


   ◇ ◆ ◇ ◆


「ねぇ、クリス? 今、アリスさん、レナード先輩にけっこう大事なこと言ったと思うんだけど……あれでいいのかなぁ?」

「お嬢様にはまだわからないとは存じますが、あれでいいのでございます。こういう日に、こういう集まりで、お酒を飲みながら、酔いから醒めたら忘れるとしても、大事なことなのにこんな適当な会話で伝えることになったとしても――ほら、楽しそうではございませんか? 今、この時、この場においては、楽しければそれでよいのです」


「――うん、そうだよね。――確かにそのとおりだよ!」

「そ、う、い、え……ば……、レナー、ド……先輩、って、ア……リ……ス先輩に、振られた……ん、でした、よね……?」


「まぁ、だから、あの2人の間にあったギクシャクも、お酒のおかげで解消ってことじゃないの? 恋人としては無理だけど、友達として、って。いいと思うぜ、アタシは。普通、告白を断ったら互いに気まずくなるはずなのに、それでも友達になれるっていうのは――なんか、こう、いいよな!」

「リタ、語彙力が少ないよ」


 そして、ふと、イヴは酒を飲んでいて、いつもからは想像できないほどはしゃいでいるロイに視線を向けた。


 楽しそうだった。本当の本当に、心の底から、楽しそうだった。

 ただ息を吸って吐いて生きているだけではなくて、生き生きとしていた。


 アリスの時にもすでに、ロイは今までの自分に対しての答えを出して成長している。幸せに近付けている。

 それに気付くとイヴは(なら次はさらに成長した自分に対しての答えを出して、さらにさらに成長するのかな? それなら無限ループだよ!)と心の中で呟くも、しかし、言葉にするのはやめて、気付けた事実を心の内に秘めておく。


 たぶん、他のみんなも気付いている。ロイならちゃんと、幸せな未来に辿り着けるはずだ、と。

 それでも声に出して言葉にしないのは、きっと、それが野暮だからだろう。


 年齢のせいで酒を飲めなかったのは残念だったが、しかしイヴは自分の兄を見て――、


「お兄ちゃん、よかったね」


 ――と、小さく呟いた。


 終わり良ければ総て良し。

 先日、ロイが気に入り始めた言葉を、彼の酔いながらも笑った顔を見て、イヴもまた好きになり始める。


 イヴに知るよしはないが、特務十二星座部隊のシャーリーはロイが治るのは難しいと断言している。

 だが意外なことに、少しずつだが、しかし確かに、ロイは今、現在進行形で治り始めている。


 どのようにロイ本人の生死観が壊れていたとしても、現世、今生きている世界に生きていたい理由を、一緒に幸せになりたい仲間を作れば、結果的に彼も普通の人生を過ごせるようになれるのかもしれない。もしかしたらロイが直る日も、そう遠くはないのかもしれなかった。

 と、そんなことをイヴが思っていた一方で、ロイ本人は――、


「そういえばヴィキー?」

「ヒック、なんですの?」


「ヴィキーが酔っているから、覚えておいてほしくなから、今のうちに訊いちゃうんだけど……」

「? なにかありましたの?」


「ヴィキーにとっての好きか否かの基準って、相手と結婚できるか否かなんだよね? なら、相手と結婚できるか否かの基準ってなんなのかな?」


 別に、今のロイの質問に深い意味はなかった。

 本当の本当に、話題として以前からストックしてあったから、なんとなく今訊いただけだった。


 しかしヴィクトリアは上機嫌に頬を赤らめながら――、

 ロイに抱き付いて――、


「そんなこと、わたくしも存じませんわ」


「自分のことなのに?」

「でも、ロイ様と結婚できるのは事実ですわ。といいますか、実際に結婚しておりますし」


「そうだね」

「ただ、強いて言えば直感でしょうか? わたくしとロイ様の相性は絶対によろしいはずだと、ビビッときたのです!」


「インスピレーションか」

「だって、そうではありませんか! ロイ様はいわば勇者です。そして、勇者と結ばれるのはお姫様だと、昔から小説でも演劇でも、相場が決まっているのですもの」


「イジワルを言うけれど、相場だからボクと結婚したの?」

「まさか! 繰り返しますが、ロイ様は勇者ですわ。そして勇者ともあろう者が――」


 するとヴィクトリアは少し背伸びして――、

 ロイの頬にチュッ、と、キスしたあと――、


「――カッコよくない、なんて、ありえないですわ」


「――――」


「その勇敢さに、王国のお姫様が慕うようになってしまい、結ばれ、それで物語はハッピーエンド! ですのっ」


 優しくはにかむヴィクトリア。

 対して、ロイはこそばゆくて、彼女に照れくさそうに微笑むばかりだった。


 つまりヴィクトリアは、ロイのことを好きな女の子は数多くいる。そして自分はお姫様だから、他の子よりも積極的にアピールできた。ワガママを押し通すことができた。と、酒に酔っているがそう言いたいのだろう。

 そこでようやく、ロイは彼女が割と自由奔放な性格だったことを思い出す。


 ただ、それに関して言えば、ヴィクトリアの言うとおりだろう。

 いかに英雄的なことをしようと、本人の性格に問題があれば、ヴィクトリアと結婚できるわけがない。シーリーンとアリスに続き、ヴィクトリアもまた、ロイの肩書きではなく中身で好きになってくれた、ということだった。


 そして、ヴィクトリアの言うとおり、勇者の勇敢さをお姫様が見初めて、それで物語はハッピーエンド。

 こうして、ロイの物語の第2部は終わるのだった。


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