2章9話 特務十二星座部隊の【金牛】、そして魔王軍幹部(1)



「さて、みなさん! 魔王軍を殲滅する用意はよろしいでしょうか? 七星団に所属しているみなさんならご存知でしょうが、全滅は敵軍の3割を殺すこと。壊滅は敵軍の5割を殺すこと。ならば必然的に、殲滅とは敵軍の10割を殺し尽くすことに他なりません!」


 通常、特異な例を除いて考えるならば、戦闘行為において陣営の半数が戦闘担当で、残りの半数が後方支援という配分はそこまで珍しくない。

 そして、自軍と敵軍は正面から向かい合うように戦うのだから当然、後方支援の半数より、前線に立つ戦闘担当の半数の方が先に傷付きやすい。


 だからである。

 全滅という陣営から3割、どのような理由であれ戦線離脱する現象は大体、戦闘担当の6割程度の消滅を意味しており、後方支援は消滅しないことも、やはり珍しくなかった。


 だが、アリシアは言った――『殲滅』と。

 戦闘担当や後方支援の割り振りは関係ない。敵は敵でしかなく、それ以上でも以下でもない。しかしそれだけで殲滅、殺すのではなく、殺し尽くす理由としては充分すぎるということだろう。


「朝の輝き! 空の青! 屍の山を築くにはとても清々しい日和ひよりです! 存分に剣を振り、存分に魔術を撃ちましょう! その先には勝利があります! 勝利以外の結末なんてありえません! さて、王国に! 七星団に! 魔王軍との膠着こうちゃく状態なんて必要ですか? まして、敗北なんて知りたいですか? 否。否っ! 否ッッ! 勝利の美酒は七星団にあり! 祝宴のステーキは王国にあり! 国王陛下に献上するのは常世とこよ全ての常勝無敗の報告! 自明でしょう! 勝利を報告するためには、まず、報告するための勝利が必要です! 騎士の剣に眩いばかりの輝きあれ! 魔術師の魔術には、太陽のごとき光があれ! 私はこの日、この場所で、みなさんが私のあとに続いてくれることをとても嬉しく思います!」


 常勝の魔術師は高らかに晴天に声を張る。

 アリシアという女性らしい美しく、高く、弾むように軽く、艶やかな大人っぽくて、上品な、声だけで傾国級の美女とわかる声が響き渡った。


 だがそれは幾千億の英雄の雄叫びにも勝る戦争の唄のように、それを聞いていたロイは感じた。


 それを耳にしただけで、身体は高ぶり、魂は、精神は昂ぶる。

 その演説は陣営を鼓舞するならば最上にして至高の、まるで軍歌だった。


 嗚呼――、

 だからこそ――、


「特務十二星座部隊の序列第4位、【巨蟹】のシャーリーさんが未来視で示してくれた時刻になりました! それでは、全軍突げ――――、っ、ッッ、ッッ!」


 ――その演説が唐突にも『銃声』で途切れたならば、陣営の動揺を誘うのは必然でしかなかった。


「――――は?」


 と、ロイは声を漏らす。


 そしてみなが一様に静まり返る。

 数秒後、一拍遅れて、絶叫が晴天に木霊した。


 目の前で起きたことを認められないぐらい激しい動揺が――、

 自分は今、どうするべきか考え始めても思考が全然まとまらないレベルの狼狽が――、


 そこに集っていた全員、騎士も魔術師も問わず万人に音よりも早く伝播する。

 ロイですら、アリシアが銃弾で撃たれた瞬間、呆気に取られた。


 当然だ。ここに揃った七星団員のほとんどは殺し合いに参加したことがあり、敵も味方も問わず死体だって何回も見たことがある団員だって多い。

 しかし、アリシアは師団長にして、1人で5000体近い敵を殺し尽くせる特務十二星座部隊の一員なのだ。


 だからだろう。

 魔力の反応を察知されないために、魔術ではなく銃弾を撃ったのは。


 だが――、

 しかし――、


「まったく、どこのどなたですか? 他人が話している最中に銃弾を撃ってくるマナーの悪い方は?」


 ――アリシアは涼し気な顔をしながら、キチンと自らの両足で立って溜息を吐いていた。

 とはいえ、アリシアの左胸からはドバドバとおびただしい量の血液が噴水のように流れているのも事実である。そして左胸からだけではなく、桜色の艶やかな唇からも色鮮やかな紅が零れていた。早々に、彼女の足元には大量の血溜まりができ始める。


 それだけでも最悪なのに、それ以上に悪いことに――嗚呼、そう、あれは間違いなく、心臓に届いていた。

 その事実は誰の目から見ても明らかであり、それがますます、陣営の焦燥を絶望的なまでに増長させる。


 ロイから少し離れたところで犯人と思しき男性が地面に組み伏せられ捕まっていたが、しかし言わずもがな、アリシアが撃たれた現実は変わらない。

 しかし彼女は――、


「けほ……、けほ……っ、落ち着いてください、みなさん! たかが心臓に穴が開いて咳込んだけです!」


 ――信じられないことに、心臓を撃ち抜かれても言葉を話せるぐらいには生きていた。

 無論、無傷ではないにしても、絶望している団員たちを落ち着かせようとできる余裕さえアリシアから窺える。むしろ、統率がなくなりつつある団員たちよりも、アリシアの方が余程、普段と同じぐらいの冷静さを保っているぐらいである。


「はい、ちょっとそこのあなた、こっちにきてください」


 パチンッッ、とアリシアが指を鳴らすと、彼女の目の前に犯人と思しき男が空間転移されて出現する。

 しかも魔術を使い宙に浮いている状態なので、逃げようとしても絶対に逃げられない状態だった。


「ふざけんな! なんで心臓を撃っても死なねぇんだよ!?」

「心外ですね。常時そういう魔術を使っているからに決まっているじゃないですか。寝込みを襲われたら、いくら私だってもしかしたら死にますよ」


「クッ、そォ! 生命いのちへの冒涜者め……ッッ!」

「さて、見せしめもかねて、いくつか力尽くでもお聞きしたいことがあります。なぜ私を殺そうとしたですか?」


「この国が……っ、この国の王家が……っ、そしてあいつらの支配下に置かれているこの七星団が間違っているからだ! オレは知っているぞ! 証拠だってある! お前ら特務十二星座部隊は全員! 1人残らず! 魔王――……  」


 と、そこまでだった。

 その男は再度、アリシアの空属性魔術によってどこかへ転移されて消えてしまう。


「本当に、侮辱にも限度というモノがありますのに……。礼儀を知らない人でしたね」


 欠損した心臓と胸に空いた穴を魔術で埋めながらアリシアは深い溜息を吐いた。

 そして――、


(弾丸が物理的な弾丸そのものであると同時に、魔術的に、撃たれた者の魔力を大幅に激減させるアーティファクトでもあるようですね。撃って殺せればそれでOKで、殺せなくても、一般的には相手の魔術を完全に封殺できる、というわけですか)


 言わずもがな、心臓に穴が開いたという事実そのものをピックアップしてしまう団員が多いのもアリシアは理解しているが、それに伴う痛みだってないわけではない。

 だというのに、アリシアは今もなお身体に激痛が走っているのに、平然と状況を分析している。


「師団長ッ! 大丈夫ですか!?」

「えぇ、まぁ、なんと――」


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