後編 3番目のヒロインは銀髪のお姫様(下)
1章1話 全裸、そして秘密(1)
ロイが目を覚ますと、なぜか全裸になっていて、しかも目の前には同じく全裸の美女がいた。
スカイブルーの長髪と瞳は本物の空のように透明で、表情は一糸まとわずにロイ、つまり異性に跨っている割にはどこか乏しい。
シーリーンやアリス、マリアやクリスティーナは胸よりもおしりの方が大きく、いわゆる安産型のおしり、桃のようなおしりをしているのだが、彼女はおしりよりも胸の方がより大きく膨らんでいた。
嗚呼、間違えるわけがない。
「失礼――目を覚ましたようですね、モルゲンロート様」
「シャーリー、さん……っ!?」
ロイに全裸で跨っていたのは彼女の名前はシャーリー。
特務十二星座部隊の序列第4位で、時属性の魔術を得意とするオーバーメイジである。
ヤバイ、と、ロイは焦った。
誰かどう考えても不可抗力だが、ロイは彼女の胸の頂点に咲く桜色の蕾も、とてもやわらかそうな花の楽園も、弁明しようがないほど記憶として脳に焼き付けてしまった。
七星団の全員の憧れの的と言っても過言ではない女性の、生まれた時のままの姿を見てしまったのだ。前世でたとえるなら、美少女アイドル声優の裸を見てしまった背徳感に近い。
当然、シャーリーは怒っているはず。否、怒っていないはずがない。
「あ、あの! す、すみません!」
「疑問――なにに対して謝罪している?」
「なに、って……、裸を見てしまったので……」
「納得――しかし気にする必要はない。ここは私めの自室で、私めは自分の部屋だと服を着ないでいることが多い。そもそも、私めは貴方様がいつか目覚めると承知の上で服を着ないでいた」
「……はい?」
「結果――裸を見た、あるいは見られたのは貴方様の責任ではない」
「いや……、いつか目覚めると知っていたなら服を着ていてほしかったのですが……」
「笑止――私めは貴方様の命の恩人。貴方様はそのようなことを言える立場にない」
「――っ、命の、恩人……?」
「肯定――もう、あれから3日も経っている」
「…………ッッ」
「余談――時を巻き戻して意識も身体も回復、ではなく再生させる魔術も使えたが、それだと少しとはいえ戦闘経験までなくなってしまうから、普通にヒーリングしておいた」
あれ、というのは当然、ロイとガクトの殺し合いのことだ。
あの時、確かにロイは片目を失明して、両足を負傷していたから、気絶する前に要塞に戻る手段がなく、半ば死を覚悟して目を閉じた。
雪が降っている夜の森だ。気絶すれば凍死するのは道理だろう。
その気を失うか否かのギリギリの境界線で、ロイは誰かが自分に近寄ってきたのを記憶していたが……その女性がシャーリーなのだろう。
ならば全裸や服がどうこう、と言うよりも前に言うべきことがある。
「その……改めまして、ありがとうございました。シャーリーさんが助けてくれなかったら、ボクは間違いなく凍死していました」
頭を下げるロイ。
誇張抜きで命を救ってもらったのだ。頭を下げたぐらいでは全然足りない、と、ロイは申し訳なく思うが、今の彼にはこれぐらいしか謝意を示す手段がない。
一方で、シャーリーもロイほどではなく、強いていうなら会釈ほどだが、軽く頭を下げた。
表情の変化に乏しい割に、声は少しだけ落ち込んでいる。
「受理――こちらこそ、助けるのが遅くなってしまい謝罪する。ゴメンなさい」
「いえ、シャーリーさんが謝る必要なんてありません。それで――」
「察知――言わずとも理解している。あれからどうなったかを知りたいのでしょう?」
「はい……」
そこから、シャーリーはロイが意識を失っていた3日間のことを語り始める。
まずロイはガクト、つまり自分が所属する小隊の隊長を殺したが、罪に問われることはなくなった。
というのも、シャーリーが時属性の魔術で2人の殺し合いの様子を、七星団の上層部の連中に、空中に浮かび上がらせて、映像として再現してみせたからだ。特にガクト本人が口にした自分が魔王軍の一員発言には、みな一様にロイの無罪を認めざるを得なかったらしい。
結果、今のロイの上官はガクトではなくアリシアになっているとのことだ。以前言われたとおり、もともとそうなる予定だったから都合がよかったのだろう。
加えて、ガクトの死体は今、七星団の情報収集班と司法解剖室の連中が魔術を使い分析して、脳を弄られているらしい。
また、これは直接に七星団に関係していないが、別荘でロイの帰りを待つ女の子たちにも、魔王軍の魔の手が迫っていたらしい。そして同時に、シャーリーはロイに「制止――女の子たちは全員無事だから焦る必要はない」と彼の内心を機械のような喋り方だが案じてくれた。
今、件の別荘には警護のために腕利きの女性の七星団の団員が駐在しているとのことである。
そしてロイも本来なら医療班に預けられるところだが、シャーリーがどうしても、発見した自分が彼をヒーリングする、と、主張して今ここにいるらしい。
余談だが、シャーリーは時属性の魔術が得意というだけで、オーバーメイジというだけではあり、別に他の魔術が苦手というわけではない。無属性や空属性の魔術などに比べて時属性の魔術が凄いだけであり、他人と比べれば、当然、シャーリーのヒーリングには目を見張るモノがあった。
その証拠にロイの足は元通りになっているし、失明したはずの片目も見えるようになっていた。
最後に助けるのが遅れた理由についてだが、ロイとガクトが戦った場所はシャーリーでも気付くのに難儀した人払いの魔術、加えてこじ開けるのにも難儀した空間断絶の魔術が発動されてあったからだった。
そうして数分後、シャーリーはロイに伝えるべきことを話し終えた。
で、全てを聞き終えてロイは――、
「……2つ、気になることがあります」
「了解――言ってみるといい」
「まず、シィたちが襲われて、でも、全員無事ですんだ、って言っていましたけど……魔王軍が別荘を襲った目的と、再度襲われる可能性は、その、どう、なんですか?」
「回答――襲った理由は推測の域を出ないが、十中八九、貴方様の妹、イヴ・モルゲンロート様にあると考えられる」
「――ッ、やっぱり、ですか……」
「追加――再度襲われる可能性も否定できない。皮肉にも、別荘を守るために派遣された七星団の団員が、それを物語っている。なぜなら、襲われる可能性がないなら守る必要もないから。守る=襲われる可能性ある、ということ」
思わず、ロイは絶望して自分の両手で顔面を覆い、深く俯いた。
まさか自分にとって、この世界で一番大切な人たちがまた襲われるかもしれないなんて、吐き気を催すぐらい気が気ではない。
だが、止まっていても状況は改善しないと判断したのだろう。
ロイはその吐き気を引きずったまま、顔を上げシャーリーに2つ目の質問をする。
「2つ目の質問です」
「――――」
「シャーリーさんは時属性の魔術を使い、状況を再現してボクの無罪を証明したんですよね?」
「驚愕――もしかしてそれだけで察した?」
「ならやはり……ッ」
ロイは急くようにシャーリーに目で訴えかける。
対して、シャーリーは冷静沈着に、ロイに伝えやすくするために、一言一言、噛みしめるように語ろうと考える。
一拍置いて、シャーリーの艶やかな唇が開き――、
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