4章12話 ロイ、そして小隊長(2)



 だが、ロイだって機転が利かないわけではない。


「――これは?」


 違和感を覚えたガクト、彼は高速連続バックステップでロイから距離を取った。


 そして彼は慎重にロイを観察し始める。

 彼我の距離は10mを超えるほどに離れてしまった。一歩進めば斬ることが可能で、一歩後退すれば敵の剣を避けることが可能の間合い、つまり一剣一足の間合いがこの瞬間、完全に崩壊した。


 間違いなく、ガクトは今、ロイの右肩から左の脇腹にかけて斬撃を成立させたはずだった。

 ならば必然、本来なら傷の深さは10cmを優に超えて、ロイが死に、ガクトの勝利で戦いが終わるのが普通のはずである。


 しかし――、


「剣の先が欠けている? まさか――」

「どうですか? 自分の身体の内部に【光り瞬く白き円盾】を埋め込ませるなんて、普通、思い付かないでしょう?」


「面白い……ッッ! それは自分の脂肪や筋肉に、一時的とはいえ、ワザと異物を紛れ込ませるということだぞ? 発狂するほど痛いはずだが?」

「身体中に激痛が走っていますけど、死ぬよりは上等です……ッッ」


 ロイが仕掛けたことは、言葉にするだけなら至極単純だった。


 左目が失明した状態で右目に血液の目潰しを受けたのだ。

 ゆえにロイはこの瞬間、絶対に追撃がくると確信して、【光り瞬く白き円盾】を脳内にストックしたのである。


 だがしかし、両目が潰されている以上、ガクトがどこに立ち、自分の身体をどこから斬り始め、上下左右、どちらに向けて斬撃を進めるかは、どう頑張っても推測不可能だった。


 ゆえに――、

 ――身体に切っ先が少しでも触れたら、【光り瞬く白き円盾】をそこの皮膚の内側に展開して、そしてそこから動き始めたら、その進行方向にガクトの剣よりも速く、【光り瞬く白き円盾】を斬撃が終了するまで延長し続ける。


 言葉にするなら、本当にたったこれだけだった。

 だが、実際にしてみせるのは狂気の沙汰でしかない。


 口の中に食べ物を入れたり、耳の中に耳かきを入れたりするのとはワケが違う。

 空洞に物を入れるのではなく、脂肪や筋肉という固体の中に別の固体を割り込ませるわけだ。もはやロイは戦いにおける覚悟だけならば、特務十二星座部隊にもあと少しで届くだろう。


 ネタが割れたところで、ロイは戦闘を再開すべくヒーリングを発動しようとするが――、


「――ヒーリングなど、させはしない。【零の境地】!」

「ッッ!?」

「魔力感覚で探る必要もない。このタイミングのヒーリングは推測だけで充分に確信を得られる」


 ロイのヒーリングが無効化される。

 幸いにも右目にかかった血液は拭っただけで事なきを得るから、会話の最中にそうしたものの、左目は未だに失明したままだし、魔術防壁を解除したとはいえ、身体にはまだまだ内側からトゲが生まれるような激痛が走っている。


 ロイは先ほど、死なないために身体の中に魔術防壁を埋め込んだ。

 限りある時間の中でその選択をしたのは断じて間違いではなかったものの、しかし、これをヒーリングできないのはあまりにも痛手すぎる。


 誇張抜きでロイは絶望していると、風よりも速く、ガクトが自分を肉薄にすべく迫ってきた。

 そして、流水のごときスムーズさで剣をロイに向けて構える。


「クソ……ッッ、飛翔剣翼!」

「ほう? 斬撃を飛ばすか?」


 指摘どおり、エクスカリバーから斬撃が飛んでくる。

 言わずもがな、ガクトにとって飛翔剣翼は初見だ。だというのに事前に攻撃の内容を察知していたのは、戦闘を始める前にロイ本人から聖剣の特性と、それで可能な攻撃のほとんどを教えられたからに他ならない。


 畢竟、ロイは初めて見せる攻撃を、難なくガクトに躱されてしまう。


「――――ッッ」


 言葉を失うロイ。ガクトが飛翔剣翼を躱したあと、その勢い、速度を殺さないまま高速で左右に動いてフェイントを魅せたからだ。

 これでは再び飛翔剣翼を撃ったとしても、当てることなんて夢のまた夢である。


 ロイは前世の拳銃を思い出す。

 撃たれたらどう足掻いても躱せないから、根本的に照準を付けさせない、トリガーを引かれる前に射線から身体を逸らす、という攻略法が銃にはあり、前世では絶対に不可能だったものの、今のロイならば、それはギリギリ可能だった。


 しかし、あくまでもギリギリ、だ。


 だというのに、ガクトはそれをあまりも簡単にやってのけている。

 そこにはもはや、時間や体力の余裕すら感じざるを得ない。


 だが、いや、待て、と、ロイはガクトのフェイントの高速さに絶望しながらも、思考を加速し続ける。


(隊長は今、ボクに向かってきている! つまり、どんなにフェイントを織り交ぜたところで、最終的にボクの立っている地点に動きは収束するはずだ! なら――ッッ)


 勝つ方法はある。

 簡単に言ってしまえば、どこに攻撃を仕掛けてくるかがわかっているのなら、その地点で待ち構え、そして迎撃すればいいだけだ。


 迎撃に使う技は斬撃舞踏。

 一振りで4つの刃、斬撃を敵に見舞わせる剣術で、近接戦闘ならば星彩波動よりも優秀な攻撃だ。


 ロイの技量が凄まじいというわけではなく、聖剣エクスカリバーのスキルのおかげだが、いかに斬撃の速度に加速に加速を重ねたところで、100%同時に2つ以上の刃で敵を斬るということは絶対に不可能。


 ゆえに、斬撃の四重奏は剣の道を極める者たちからしたら、喉から手が出るほどの技であった。


「死ね――ロイ・モルゲンロート」


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