4章11話 ロイ、そして小隊長(1)



「なんでですか!? なんでボクたちが殺し合いを……ッッ!?」

「言わずとも知れたこと! 我は魔王軍の一員! それ以外に理由などいるか!?」


「なら、なぜ魔王軍なんかに……ッッ!?」

「生まれた国を愛さなければならない決まりなどない! 愛国心とは強制されるモノではなく、強制されなくても自然に芽生えるべきモノでなければならないのだ!」


 熾烈に熾烈を重ねた凄絶な剣戟の最中さなか、鍔迫り合いに興じながらロイはガクトに叫び問い、ガクトの方もそれに叫んで答える。

 しかし戦う理由はどうあれガクトの言うとおり、両者、互いに自分と目の前の男は敵同士だ。確かにそれ以外に殺し合いに必要な理由はないだろう。


 だが、その事実を早々に受け入れられるか否かは、別の問題であった。


 つい先刻出会ったばかりの相手なのだ。別にロイはガクトにそこまで親しみを覚えていたわけではない。

 だが、まさか自分の騎士小隊の隊長が魔王軍の人間だったなんて、と、意外性というモノは間違いなくロイの心に存在していた。


 一瞬、ロイが思考の方に重点を置き、鍔迫り合いに隙を見せてしまう。

 それを見逃さずにガクトの剣がロイの聖剣、エクスカリバーを弾いた。ゆえに当然、ロイの表情かおに焦燥が滲む。


「――クッッ」

「その命、貰い受ける……ッッ!」


 疾ッッ! と、まさに疾風はやてのごとく、ガクトの剣の切っ先がロイの心臓を目指した。

 闇夜を斬り裂くように閃く切っ先が高速で迫る中、ロイは脳内で詠唱を終わらせ――、


「【光り瞬く白き円盾】っ!」

「甘い!」


 魔術防壁が展開された直後、ガラスが砕けるような音が森に木霊す。

 確かにロイの【光り瞬く白き円盾】はガクトの剣が届くより先に、展開を完了した。


 だが、ガクトはそれにあえて、全力で切っ先を突き刺したのである。

 そして、魔王軍の人間とはいえ、その程度の行動で騎士小隊の隊長を仮にも務めたガクトの攻勢は終わらない。


「――――いッッ!」


 ヒュンッッ、と、【光り瞬く白き円盾】の破片のほとんど全てがロイの顔面に向かって飛び散った。

 遥か雲の上の領域レベルの技量を披露するガクト。即ち、彼は【光り瞬く白き円盾】の魔力のムラを瞬時に見切り、さらに自分の剣の入射角、速度、威力を調整して、意図的に魔術防壁の破片を悉くロイの顔面に飛ばしたのだ。


 一刻でも早くと言わんばかりに、ロイはまるでり合うように首を動かして顔を横にずらす。

 だがそれすらも見越して、ガクトはロイが逃げようとする方向に牽制として【魔弾】を撃つ。


 畢竟、ロイは【魔弾】に当たらないために、反射で、思わず顔を動かすのを止めてしまった。

 実際に動かし続けていたら頭部を【魔弾】で撃ち抜かれていたとはいえ、ロイは顔の半分で自分が展開した【光り瞬く白き円盾】の破片を受けてしまうことになる。


「ガ……ッッアアアアアア……」


 ロイは右に顔を動かしたのだが、【魔弾】の牽制によって動きを止めたのは前述のとおり。

 最終的にロイは顔面の左半分で【光り瞬く白き円盾】の破片を喰らい、要するに結果、左目を失明する。


 ――好機、到来。

 眼球に破片が刺さった激痛で、一瞬とはいえ集中力を切らしたロイの左側、自分から見て右側に、ガクトは軽快なサイドステップで潜り込む。


 左目を失明したロイにとって、そこはすでに絶対的死角になっていた。

 その移動を完了させると再度、剣を構え、自らの限界に挑戦するような速度で眼前の敵を斬り伏せようする。


 が――、


「スイッチ!」

「――ッッ」


 ロイの利き手は右手で、先刻も彼は聖剣を右手に持っていた。

 それを知っていたからこそ、ガクトもロイの左側に安心して回り込んだわけだが……しかし、彼がそう叫んだ刹那、エクスカリバーは使い手の右手ではなく左手に顕現し直した。


 実に小賢しい、と、ガクトはロイに対して攻撃的な視線を送る。


 ロイは特別なことをなにもしていないし、聖剣のスキルを使ったわけでもない。

 一時的に聖剣を消滅させて、再度、逆の手に顕現し直しただけのことだ。


 だが――、

 ――それだけで一時凌ぎには充分すぎるほど充分だった。


「ダアアアアアアアア……っ」


 ロイは回り込んできたガクトに適当とはいえ聖剣を振う。

 どれほど大雑把だろうと彼我の距離を考えれば絶対に当たるはずだ、と、そう考えてのことだった。


 激烈にして苛烈の一振りは轟々と大気を引き裂き、風切り音を鳴らし、ガクトがロイに向けかけていた剣を弾こうとする。


 逡巡するガクト。

 ロイとガクトほど実力に差があれば、弱者の方が攻撃を仕掛けている間に、強者の方は悠然に次の一手を考えることが可能だった。


 結果、ガクトは後退しないことにして、空気を斬る音さえ響かせるぐらい速いロイの聖剣を――、

 ――なんと、目視してから躱してみせる。


 しかし、そこまでがロイの戦術だった。


「――躱しましたね」


 手応え、空ぶった感覚で『それ』がわかるのだろう。

 犬歯を剥き出しにしてロイが好戦的に笑う。


「喰らえ!」


 叫ぶロイ。ガクトが自分の聖剣を躱したということは、躱された分だけ相手は時間をロスしたということだ。

 そのタイムロスを利用して、ロイは再度、エクスカリバーを消滅させて、さらに再度、今度は逆に左手から右手に剣を持ち替える。


 自分より圧倒的に強い相手を目前にして、たった今、現時点を以って考え至った戦術、擬似ぎじそう聖剣せいけん

 所詮それはまだまだ付焼き刃だ。しかし、だとしても――、


「チッ、生きている右目に我を入れるように立ち位置を変えたか」

「これなら躱せないはず!」


 ロイがしたことは大したことではない。

 意図的に攻撃を相手に躱させて、その相手が回避している時間に、自分は剣を持つ手を入れ替えて、右目の視界に敵を入れるために振り返り、その回転力、勢いを殺さずに先刻、入れ替えたばかりの剣で半回転斬りを仕掛ける。


 多くの過程を踏むというだけで、技術的には大したことではない。

 だが、その一連で重要なのはテクニックの『凄さ』ではなく、流水のような動きの『スムーズさ』にある。


 これなら――、

 ――ロイの言うとおりガクトには躱せないはずだった。ガクトは相手の片目を失明させて安心して、敵に近付きすぎてしまったのだから。


「さっきも言ったぞ、甘い、と」


 ゾクッ、と、ロイはガクトの言葉を聞いて戦慄する。

 自分の今の動きは凄くはないものの、まるで舞踏のように芸術的でスムーズな攻勢だった。


 ガクトに躱せる道理はどこにもない。

 だが、彼は屍のような目で――嗤う。


「ぐ、ォォ」

「この戦術は……ッッ!?」


 ロイは表情に驚愕を呈した。

 その戦い方は自分も充分に知っていたはずなのに――否――自分がそれを多用していたからこそ、敵が同じ戦術を仕掛けてくるとは想定外だったのだろう。


 そう、ガクトは意図的にロイの斬撃を受けて肩を斬られた。

 瞬間、まるで噴水のようにガクトの左肩から紅く大量の血液が噴き出す。


 続いて、ガクトはそのおびただしい量の血液でロイの右目を潰すのだった。


「姑息な手を……ッッ」

「戦場で敵を姑息と貶めるのは、負け犬の遠吠えと知れ!」


 しかも、ガクトの戦術はそれだけで終わらなかった。

 斬られた傷口を早々にヒーリングで跡形もなく治し、両目が使い物にならなくなったロイに対し、斬ッッ!!! と、右肩から左の脇腹にかけて深い斬撃を見舞わせる。


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