4章3話 恋人と婚約者と妹、そして戦う覚悟(3)



 一方で――、


「さぁ、饗宴きょうえんの時間だ! 魔王様のため、ソウルコードの改竄かいざん者を抹殺しよう!」

「「「――了解ッッ」」」


 ――魔王軍の連中も戦いの前口上を終わらせる。


 刹那、オークがゴッッッ!!!!! と、まるで大砲の弾のごとき勢いで左側から突進してきた。

 よく観察すると、オークがいたと思われる地点にはまるでクレータのような凹みができている。爆ぜたのは積雪だけではなく、その下の土まで宙に舞い上げるほどの衝撃。そう、オークはただのスタートダッシュで地面を抉るほどの脚力を振ったのである。


 オークは明らかにパワータイプの戦闘を仕掛けてくるように思えた。しかし、パワータイプであることとスピードタイプであることは、決して矛盾しない。むしろ、両立できない方が困難である。

 パワータイプとは筋力が段違いということ。そして脚の筋力が絶大ならば、それはスピードタイプとの両立を意味する。


 彼は今、破壊力を充分に備えていて、かつ常人では及びも付かない速さを見せ付けている。それは正真正銘、暴風の具現のような攻勢であった。

 畢竟、まるで地鳴りのような衝撃を以って、オークが瞬く間に3人を肉薄にした。


「アリス!」

「わかっているわよ!」


 シーリーンが一番左側にいたアリスに対して一喝する。

 その瞬間、左に向き直ったアリスの目の前に突然、超々巨大な長方形のクレータが出現する。


 クレータは出現したあとも積雪ごと地面を沈ませ続けて、その魔術でオークを捕らえることに成功する……かと思われた。

 しかし――、


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!」


 まるで野獣のように獰猛な雄叫びが別荘のある丘全体に木霊す。

 そして次の瞬間、オークは突進しながら、アリスの展開した魔術のほんの50cm手前で、常人なら筋肉が縦横無尽に千切れるほど無茶苦茶な、強引なサイドステップを1回踏んだ。


「……チッ、Sternenkette星の鎖よ! Unsichtbare地から Hand, die sich vom奔る Boden zum見え Himmelざる erstreckt御手よ! 」


 その結果――、

 ――オークは時速100kmに迫る勢いで突進していたのに、直角に、それもノンストップで曲がりきる。


Lass es fallen堕とせ、堕とせ、堕とせ! Fesseln阻む Sie dieseことの Personでき mitない Geheimnissen神秘に, die nichtよって ――ッッ」


 それでオークは曲がったあと、己自身の反射速度の限界に挑戦するかのごとく、1秒と待たずに再度跳躍する。

 それに際して全身に遠心力を加えるように身体を捻り、バク転のように宙で回る。そしてその岩石のように筋骨隆々な剛腕を一番近くにいたアリスに振るおうとするのだった。


blockiertその者 werden könnenに足枷を!!! 」


 だが、アリスも負けてはいない。自分が今オークに狙われていると知るや否や、速攻で先刻と同じ魔術、【 黒よりシュヴァルツ・アルス・黒いシュヴァルツ・星の力 】ステーンステークを3つ重ねて発動させた。

 ゆえに、今度こそオークを捕らえた、と、アリスがそう確信した瞬間のことだった。


「キャハハハハハ! 詠唱ォォォ、追憶ゥゥゥ!!! 【 歪み方にカインヌ・ヴァーゼルング・歪みがないイン・デァ・ヴァーゼルング・不正の極致 】コルピッション・フォン・パーフェクション!」


 流石に戦闘になった時のことを考えて、予め魔術をストックしておいたのだろう。詠唱が追憶されて、ゴブリンの魔術がアリスの魔術を蝕んだ。

 それと同時に、アリスの【黒より黒い星の力】が異常をきたす。


 以前第1部前編4章5話、ロイの前でシーリーンが勉強したことがあったが、魔力場の波が魔力になり、魔力の波が術式になる。そしてその術式の集合体が魔術なのだ。

 ならば術式を組み立てる時、悪意を以って第三者が余計な術式を1つでも加算すれば――必然、最終形態である魔術は使い手が予期しない誤作動を発生させる。


「魔術を妨害する魔術!? 完璧に打ち消せないけど、どの魔術にも適応可能の!?」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ! 喰らえゴラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」


 完璧には打ち消されなかったアリスの重力操作。

 最終的にかかる重力は多少軽減されて、その向きは真下から斜め45度ぐらいにズレを見せる。そしてゴブリンの助力を得て、オークはそこに着地を果たした。


 つまり、それがなにを意味するかというと――、

 オークは空中に跳躍したから方向転換ができない。

 ――そう考えていたアリスの予想を裏切って、再度、彼女が予期していなかった地点、座標に進行方向を変えた、ということだ。


 その上、数瞬前まで明らかに『殴る』ために振りかぶっていた状態のオーク。彼はオークなのに器用なことに、遠心力をそのまま、すでに『回し蹴り』の予備動作に入っていた。


 予備動作が終わるまで1秒も必要ない。

 瞬きよりもはやく、音速の壁に挑むほどの回し蹴りが――、


「アリス――っ!」


 ――炸裂するほんの直前、すでに動き始めていたシーリーンは間一髪、アリスの横から彼女に飛びついて、オークの回り蹴りを2人揃って回避する。

 しかし打撃そのものは躱せたものの、その攻撃速度は常軌を逸していたのだ。ゆえにただの風圧だろうと常人にとっては攻撃に等しく、2人は後方へ飛ばされてしまう。


「おっ、ついにこっちにきたか」

「――――ッッ」


 宙に浮くレベルの風圧。

 それにより飛ばされた2人の着地点には人間やエルフなど、種族関係なく骨も臓器も硫酸のようにかす人型スライムが、自分の身体を水たまりのように広げて待ち構えていた。


 絶望するシーリーン。

 しかし、アリスは嗤う。続いて、誰にも聞こえない声で呟いた。


「お姉様ほどすごくはないとはいえ――特務十二星座部隊の序列第2位、【金牛】の妹も舐められたものね」


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