3章4話 呆然、そして呆然(2)



「意見――私めから提案がある」


 そう控えめに手を挙げたのは、序列第4位の【巨蟹】、時属性魔術に秀でたオーバーメイジであるシャーリーだった。

 続いて序列第3位の【双児】、空属性魔術に秀でたオーバーメイジ、竜人のロバートが語る。


「俺様からも提案がある。きっとシャーリーと同じことだが、ぜひとも、ロイの妹のイヴってヤツを呼集したい。状況を詳細に訊くという意味でも、イヴってヤツ本人を検査してみるという意味でも、だ」

「そうだね。乗っかるような形になるけど、僕もそれと同意見だ」


 ただ、と、エドワードは静かに続けた。


「けれど、そのイヴちゃんはモルゲンロートさんの妹ということを鑑みるに、まだ僕たちから見れば子どもだろう。具体的な年齢は知らないけれど、もしかしたら、こういうことのために呼集する場合、ご両親の許可が必要な年齢かもしれないよね?」

「――この大規模戦闘が始まりそうという時に、それを気にするのか?」


 煽るように、挑戦的な流し目をフィルはエドワードに向けた。

 そんなフィルに対して、さらに煽るように、同じぐらい挑発的な言い方でカーティスが――、


「へぇ? 戦争を理由に国内のルール、法律を曲げるのかい? あまりオススメはしないねぇ。むしろ逆でしょ。大規模戦闘が始まりそうな今だからこそ、規律を守るべきじゃない? これはあくまでおれの持論だけど、勝つにしても負けるにしても、戦争に最も必要なのは、聖剣でも魔術でもなく、規律だよ」


 もちろん、協力し合わないぐらい関係が悪いというわけではない。

 しかしどうやら、同じ集団に属しているものの、決して意思が1つにまとまっているとは断言できないようだ。


 彼らはキャピキャピで、萌え萌えで、称号が【処女】の48歳、セシリア以外、一見しただけだと過度な個性はないように見える。

 だが、それは表の話だ。基本的に、彼らには強靭な本質、誰であろうと譲れない自我が備わっており、それに基づき、こうして話し合っている。こうして特務十二星座部隊まで上り詰めている。


 端的に言えば、良くも悪くも皆一様に我が強い。強すぎる。

 ゆえに恐らく、意見が分かれることなど、もしかしたら毎回のことなのだろう。


 ロイと、そしてレナードが、このように似たようなことを感じている間にも、特務十二星座部隊の話し合いは進む。

 そして――、


「僕も論理的に考えるなら、確かにイヴちゃんをここに呼ぶべきだと思う。けれど、それはルールに反する。なら当然の帰結として、ルールに基づいて彼女を呼ぼう。一定の時間はかかるだろうけど、イヴちゃんのご両親に事情を説明して、許可をいただく。もちろん、許可が出ない場合は無理強いをしてはいけない」

「ガッハッハッ、そこまでなら、子どもが議論しても簡単に決まるじゃろうなぁ」


 と、ニコラスは豪快に笑う。


「そこまでは当然の答えであります。ゆえに――」


 ふと、ベティはアリシアに視線を送った。


「――えぇ、そうですね。重要なのはその先です」


 このアリシアの言葉を、ロイはなかなか理解できない。

 確かにロイも今回の件に関して、イヴの存在は重要だと認識している。だから、アリシアたちがイヴを呼ぶか否か、呼ぶとしたらどのような方法で呼ぶか、これを議論するのは充分に理解できる話だ。


 無論、呼んだあとになにをするか、たとえば事情聴取するのか、イヴの魔術の感性に関連することを検査してみるのか、今後の戦争で敵に関すること全般を察知するセンサーとして協力を申し出るのか、そういうのを話し合うのも自明のことだ。


 だが、アリシアが言っているのは十中八九、さらにその先のことなのだろう。

 即ち――、


「イヴさんは大なり小なり私たちの力になってくれるはずです。もちろん、仮呼び出すことに成功したらの話ですが。で、それが戦時中、私の行動に影響を与える。私たちの行動が変われば、連動して魔王軍の動きも変わる。魔王軍のこちらへの対応が変われば、やはり同じように、さらに私たちの行動もさらに変わる」


 そしてアリシアは1回、息を吸って吐くと――、


「これを繰り返した場合、最終的に魔王は出張ってくるでしょうか?」


「「――――ッッ」」


「イヴさんの光属性魔術の才覚はセシリアさんにも匹敵するかもしれません。となれば、魔王がほんの少しでも尻尾を見せるタイミングも、完璧にないとは言い切れないでしょう。個人的な都合ですが、私も早く、魔王と再戦したいので」


 これで自分たちが戦慄するのは何回目だ、?

 ロイとレナードはもはやそういう自虐を心の中で口にして、実際の口は引きつらせるしか他になかった。


 アリシアは今、魔王と、そう口にしたのか?

 この世界の悪い常識として、魔王は世界を征服しようとしている、という情報がある。ロイは神様の女の子から100%信じられる情報としてそれを知っているが、噂程度ならば、他の者でも知っている者は多い。


 そしてこの情報のなにが一番恐ろしいかというと――、

 ――時間はかかるだろうが、恐らく、魔王には本当にそれを為すチカラがあるということ。


 世界だぞ、世界、と、ロイの額に冷や汗が滲む。

 そんな空前絶後の化物に、目の前の12人はわざわざ前線に出てきてほしいらしい。


 しかも、アリシアは今、魔王と再戦したいと口にした。

 これはつまり、核反応さえ魔術に組み込めるアリシアでさえ決着を付けられなかった、ということである。もしかしたら魔王が本気を出せば、この惑星ほしを死滅させることさえ可能なのかもしれない。


(確かにボクは――神様の女の子に魔王を倒すことを約束した。それを反故にする気はまったくない……ッ! ボクだって本気で魔王を倒すつもりだ……ッ! だけどッッ、これが目標に現実味が帯びるということなのか!? これが、ボクのこの世界での目標の本来の重圧なのか!?)


 ロイが自分でそれを口にすることと、特務十二星座部隊の面々がそれを口にすることの違い。

 それはやはり、発言者の実力に起因する発言そのものの重みと凄みだろう。


 まさか戦闘ではなく、発言1つを取っただけで実力差が露呈するなんて、ロイは自分が井の中の蛙であったことを強く実感せざるを得ない。


 当然、戦争に勝つ方法の1つに、敵のトップを倒す、暗殺でもなんでもいいから仕留めて指揮統制をぶっ壊すというものがある。

 それはロイにもレナードにも理解できていた。が、だとしても、2人ともあまりに規模が違う発言に、今まではどうにか会話に混ざろうと考えていたが、もう、それすらも諦める。


 ウソ偽りなく、彼らとは住んでいる世界が違う。

 そうして、ロイもレナードも、静かにすることを努めたまま、特務十二星座部隊の話し合いはやがて終了したのだった。


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