1章3話 クジ引き、そしてチケット(1)



 マリアの買い物が終わったあと――、

 寄宿舎のロイの自室では彼だけではなく、シーリーンとイヴとマリアもくつろいでいた。ちなみにアリスは寄宿舎生ではないので自分の屋敷に帰っている。


「こんなことがあるんだね、温泉のチケットが当たるなんて」


 ベッドに腰掛けている3人に対して、椅子に座っていたロイが感慨深そうに喜んだ。

 マリアが買い物をした店でクジ引きのチケットを1枚貰い、イヴがそれを実際に使ったところ、今、ロイが手にしている温泉のチケットが当たったのである。


 癒しの都、ツァールトクヴェレ。

 王都、オラーケルシュタットから蒸気機関車で3日のところにある地方都市だった。


 温泉が有名で、魔族領との緩衝地帯と隣接している。

 しかしその分、王国七星団の騎士や魔術師や施設が揃っており、いわゆる要塞マニアにも人気があった。


 もちろん温泉街としても王国で随一の規模を誇っている。

 夜景が綺麗なので恋人同士の観光にも向いているし、時期によってはサーカスやミュージカルも催されるので、子ども連れの家族にも人気らしい。


「お兄ちゃんは絶対に行くべきだよ」

「どうして?」


 それを知ってか知らずか、イヴはやたら強くロイに旅行を勧めた。


「弟くんはもう少し、自分の身体を労わった方がいいですからね?」

「あぁ~、なるほど……」


「ロイくん、そこでなるほどなんて納得しちゃいけない気が……」

「それがもう、身体がボロボロな証拠だよ……」


 ここ最近、ロイの身体は傷付きまくりだった。

 それもコメディな意味でボロボロなのではなく、わざと自爆するとか、身体の一部が欠損するとか、深刻な意味でボロボロだった。


 治癒魔術で事なきを得ているのは事実だ。

 が、それは結果論であり、あまり褒められたことではない。


「都合がいいことに、ツァールトクヴェレにはいろいろな効能の温泉がありますからね」

「この機会に身体を元の健康状態に戻そうよ!」


「だよねぇ……、ジェレミアとの決闘では自爆したし、アリエルさんとの決闘では【 魔術大砲 】ヘクセレイ・カノーナを何発も喰らったし、レナード先輩との試験では腕を切断したし……」

「ロイくん、それ、結果的に治ってはいるけれど、普通は気が狂うレベルだからね?」


 シーリーンは心の底から心配そうにロイのことを注意する。

 そしてイヴとマリアが彼女の発言を肯定するように、うんうん、と、力強く頷いた。


「まぁ、最初からボクは行くつもりだったよ。1枚のチケットで4人まで無料らしいし。それが2枚もあるし。もちろん、1等賞を当てたイヴが誘ってくれたらの話だけど」

「当然許可するよ! お兄ちゃんは家族だもん!」


 にひっ、と、イヴは元気よく、可愛らしい笑みを浮かべた。

 続いて、イヴは唇に細くて白い人差し指を当てて「そういえば……」と続ける。


「わたしとしては、わたし、お兄ちゃん、お姉ちゃん、シーリーンさん、アリスさんの5人は確定だったんだけど……他に3人は誰にしよう?」

「ボクたちだけじゃなにかと困ることもあるだろうし、クリスも誘ってみる?」


 ということで、ロイは自身のメイドであるクリスティーナを自室に呼んだ。

 そして十数秒もかからずにクリスティーナはロイの部屋にやってくる。


 ブラウニー種ということでイヴよりも身長が低い。なのに歩くたびにメイド服の内側でたゆんたゆんと大きく揺れるほど、胸はかなり大きく膨らんでいる。

 種族柄、髪が少しだけボサボサしているので、ライトブラウンの三つ編みが素朴な感じで可愛らしい。そしておっとりしたタレ目、その翠の瞳はエメラルドのように綺麗だった。


「ご主人様、お嬢様方、お呼びでございますか?」


 陽だまりに咲くタンポポのようなパーフェクトメイドスマイルを浮かべて、クリスティーナは自分が呼び出された理由をロイたちに問う。

 そこでひとまず、ロイはクリスティーナに旅のチケットを見せることにした。すると、たったそれだけでクリスティーナは大まかなことを理解した様子で頷いてみせた。


「大丈夫でございます。留守を任されるにしろ、旅にお供してご身辺のお世話を任されるにしろ、どちらにしろわたくしは問題ございません。わたくしはご主人様方のメイドでございますから♪」


 見る者全員を惚れさせるような明るい笑顔を浮かべるクリスティーナ。

 メイドとして100点満点、花丸をあげたくなるような笑顔である。


「なら、クリスはわたしたちに付いてきてほしいよ」

「かしこまりました、お嬢様っ」


 クリスティーナは流れるような動きで、自然にイヴに対して頭を下げる。

 数秒後、クリスティーナは頭を上げるとロイに尋ねた。


「お嬢様が許可してくださるということは、このチケットの持ち主は――」

「うん、イヴがクジ引きで当てたんだ」

「そうでございましたか。お嬢様、ありがとうございます。メイドであるわたくしもご同行させてくださって」


 クリスティーナはロイだけのメイドというわけではない。

 ロイと同じように、イヴのメイドでもあるし、マリアのメイドでもあった。恐らく、ロイの知らないところでイヴとクリスティーナも仲良くなっているのだろう。


 ゆえに、イヴのクリスティーナに対する言葉も親しげで、クリスティーナのイヴに対する返事も、どこか微笑んでいるような感じが強い。


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