第2部 雪花繚乱

前編 3番目のヒロインは銀髪のお姫様(上)

1章1話 冬の始まり、そして両手に花(1)



 1年で最後の月であるラピスラズリの月も、もうすでに中旬だった。

 グーテランドはこの惑星の北半球にあり、冬至を1年で最後の日と定めている。そのため今はロイの前世、日本の12月にとても近い気候であり、端的に言えばかなり寒い。


 また、グーテランド七星団学院の前期もすでに折り返し地点に差しかかっていて、どの学年でも中間試験に向けての雰囲気が漂っていた。

 そして雰囲気だけではなく、実際に講義の内容も今までのおさらいが増えて、試験を意識したモノに少しずつ変わってきている。


「でも、普段からこつこつ予習復習していれば、試験なんて余裕なのにね」

「……その予習復習の継続が難しいんじゃないかな?」


「そうかしら?」

「まぁ、できる人はできるわけだし、難しいとは思わないよねぇ……」


「むっ、ロイのイジワル。あと、私は人間じゃなくてエルフよ」

「あっ、そこだけはゴメン」


 その日の講義が終わっても、講義室に居残って喋り合っていたロイとアリス。


 なんとなくロイが窓の外に視線を送ると、真っ白な雪が深々と降っていた。

 冬ということでかなり日が短くなり、空はもう夜の色をしていて、学院のガス灯にも橙色が灯っている。


 そして、ロイしか実感できないことかもしれないが、西洋風の街並みに雪が積もると、日本の似非えせクリスマスよりも、なおのこと本物のクリスマスという感じが強い。

 惜しいのは、この世界にクリスマスがないということなのだが……。


「ロイくんっ、アリスっ、お待たせ!」

「ううん、大丈夫だよ」

「シィもきたし、行きましょうか」


 ロイが感慨深げに窓の外の雪景色を眺めていると、講義室のドアがガラッと開き、シーリーンが現れた。

 2人は別の講義予定を組んでいたシーリーンを待っていたのである。


 そのシーリーンと合流できると、3人は講義室から出て学院の門扉を目指す。

 雪も降っていることもあり、建物の外はやはりなかなかに寒かった。冷気が身体を芯から凍らせるようである。


 手の指先がかじかみ、耳たぶに低温やけどのような感覚が宿り、そして口から吐く息は白い。

 しかし、シーリーンはこれをチャンスだと見方を変えた。


「ロイくん、寒いねぇ」

「? そうだねぇ」


「と! いうわけで! えいっ」

「っっ」


 かけ声と共に、シーリーンはロイの腕に思いっきり抱き着いた。そして幸せそうに満面の笑みを浮かべて、ロイの腕に頬をスリスリさせながら、彼に自分の大きく膨らんだ胸を押し付ける。

 そこにイヤらしい意味はない。少しでも、結婚したいと思えるほど好きで、大好きで、愛している男の子と触れ合っていたかったのだ。いや、そもそも彼女は本番でさえ「好きな人と結ばれることのなにがやましいの?」と、イヤらしいこととは思っていないが……。


「こうすれば暖かいよね~?」

「シィは甘えん坊だね」

「えへへ、ロイくんだけ。他の人にはしないよ?」


 と、シーリーンは初雪のように白い頬を乙女色に染めてはにかんだ。

 しかし次に、シーリーンとは逆隣りを歩いていたアリスが、彼女と同じようにロイの腕に抱き着いた。


「~~っっ、あ、っ、あなたの恋人は、その……シィだけじゃないでしょ? 私にも、同じことをしないと不公平だわ」


 透明感のある白い頬を赤らめるアリス。

 シーリーンデレデレのそれが好きな男の子に素直になった結果なら、アリスツンデレのそれは好きな男の子に照れた結果だった。


 アリスの政略結婚に関する一件で、確かにロイとアリスは結ばれた。が、アリスはまだ少し、ロイに対して上手く素直になれていない。

 厳密に言うと、まったく素直になれなくて気持ちを伝えられない、ということではないないのだ。どうも、素直になった次の瞬間には、見栄を張ったり、言い訳したり、少しだけツンツンしている感じを取り戻してしまうらしい。


「もぉ、アリスは素直じゃないなぁ」


 と、シーリーンがある意味自分よりも初々しいアリスに、微笑ましいモノを見る時の視線を送る。

 それで当然、アリスはシーリーンに言い訳がましくなりつつも反論を試みた。


「べ、っ、別に! 私は……その、そう、アレよ。ロイとそこまで腕を組みたいわけじゃないわ。ただ……こっちの方がこの季節、私もロイも、暖かいわね、って」

「そっか~」


 唇をツンと尖らせて見栄を張るアリスが微笑ましくなり、ロイまだ彼女に対してクスクスと微笑んだ。

 するとアリスはそっぽを向いて、ロイと視線を合わせない代わりに、彼の手の甲を軽くつねった。無論、痛くも痒くもなく、アリスなりの甘嚙み、愛情表現なのだろう。


「なによ、ロイのバカ」


 とはいえそれでも、アリスはいじけたように不満を口にした。

 だがやはり、決してロイから腕を離そうとはしない。口ではいろいろ言いながらも、満更でもないのだ、好きな男の子と触れ合えているこの状況が。


 やはり恋をすると、人も、エルフも、個人差はあれど変わるものだ。


 少なくともアリスの場合、これでもロイの前では本当の自分を見せるようになった。

 というより、なにかを隠す時の隠す対象が変わった。みんなの前では優等生としての仮面を被っているが、ロイとシーリーンの前でだけはただの乙女としての見栄を張っている。


 それに、どうも優等生であることを期待されて、しかも自分で自分に言い聞かせていたからだろう。

 半ば抑圧されていた反動で、アリスはロイとシーリーンの前では少しだけ子どもっぽくなる。素直じゃなくてもロイなら受け止めてくれる、という甘え要素もあるのかもしれない。


 余談だが、夜に恋人同士で愛を深める時、シーリーンはかなりロイのことを甘やかす。

 が、逆にアリスはロイにかなり甘えてくる感じだった。それはもう、普段とのギャップが計り知れないほどに。


「そうだ、アリス」

「? なに?」


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