4章14話 同じ場所で、前とは違い自分から――



 そして、今回のエピローグのようなもの――、

 ラピスラズリの月、中旬の土曜日――、


 右腕が完治したロイは自室にこもって、メタ認知の時と同じように、ペンを片手に難しい顔で机に向かっていた。

 彼の隣ではクリスティーナがニコニコしながら立っている。ご用命とあらばいつでも動ける、と、そう言わんばかりに準備万端な状態だった。


(しまった……っ、やらかした! これは想像以上にメンドくさい!)


 以前と同じようなことをロイは心の中で呟く。

 ペン先は固まっていて、ノートのタイトルには『爆炎消火について』と書かれてあった。


 そう、ロイはアリエルとの決闘で、ジェレミアの時と同じく、1つだけ致命的なミスを犯した。

 無論、アリスの政略結婚の話は完璧に潰れたし、ロイとアリスの恋人関係は継続中だ。が、しかし、そのミスのせいでロイはこうして『とある概論』をノートに書くハメになったのである。


 それは――、

 即ち――、


(やらかしたぁぁぁああああああああああああああああああ! 前世で読書とネットサーフィンが趣味だったボクは知っている! この王国の科学水準だと、『爆炎消火』という消火方法はまだ確立されていないんだった! それをアリエルさんの前で使ってしまうなんて!!!)


 で、その結果、アリエルがロイの功績を知り合いの学者に世間話かなにかで話したのだろう。

 ロイはまたしても、メタ認知の時と同じように、概要だけでもいいから説明してくれ、と、頼まれることになったのだ。


「ご主人様♪ 午後3時からは新聞記者からの取材、午後5時からはメタ認知の方の概論の著者校正でございます。お忙しいとは存じますが、今が頑張り時でございますよ!」

「ううぅ……クリス、メイドなのに秘書をやらせて申し訳ないけれど、もう少しスケジュールを軽くできないの?」


「不可能でございます♪」

「そんなぁ……」


「で、さらに、夕食はシーリーンさまとお嬢様、つまりイヴさまとマリアさまとご一緒に。次に夕食後は概論の執筆の続き。寝る前にはアリスさまとアーティファクトを使って、おやすみの挨拶と少々の語らい、で、ございます」

「あっ、夜は意外と楽そう」


「しかしその分、明日は一日中、剣術の稽古がございます。そしてクタクタになって自室に戻ってきたら、身体を動かせない分、ペンを動かす、といったスケジュールでございます」

「明日がそれなら、明後日は久々に筋肉痛になりそう」


「筋肉痛など、幻影魔術で死にかけて、つい先日には腕を切断したご主人様にとって、今さらではございませんか?」

「……最近、クリスがボクのことを雑に扱っている気が」


「むぅ、わたくし、これでも拗ねているんでございますよ?」

「拗ねている?」


「ご主人様が転生者だった。そのことをお隠しになされていた理由は確かに説明されました。が、説明されただけで、納得したとは一言も言っておりません」

「それは――」


「わたくしはご主人様のメイドでございます。ご主人様の過去に、仮に他のなにかがあろうと、決してご主人様のことを裏切りません。まったく、それなのに隠したりなんかして……、ぷんぷんっ、でございます」

「クリス……」


「はいっ、それでは、そろそろ執筆にお戻りくださいませ」


 そうして、数十分の時が流れた。

 すると、廊下からバタバタとした音が聞こえてくる。


「お兄ちゃん! そろそろ取材のお時間だよ~?」

「弟くんっ、入りますね~?」


 言ってロイの部屋に入ってきたのは、イヴとマリアの2人だった。

 そして、姉妹のあとに続くように、さらにもう2人の美少女が入ってくる。


「ロ~イくんっ、執筆は順調かな?」

「お邪魔するわよ、ロイ」


 シーリーンとアリスである。

 何気にアリスがクリスティーナと顔を合わせたのは、これが初めてであった。


 それに、ロイの自室に訪れたのもまだ2回目である。

 2人きりではないとはいえ、未だ慣れない恋人の部屋に足を踏み入れたのだ。


 アリスが落ち着かない感じで、しきりに視線をキョロキョロ彷徨さまよわせるのも、仕方がないといえば仕方がないのだろう。


「皆さま、いったいどのようなご用件でございますか?」


「妹がお兄ちゃんと一緒にいようとするのに、理由なんてないよ!」

「姉も同じですね」


「恋人はもっと理由なんてないよ? ねっ、アリス?」

「そうよ、ロイ。私たちは3人で恋人同士なんだから!」


 何気なく、ロイは口元を緩ませた。

 こんな日常は、もしかしたら珍しいのかもしれない。


 当たり前だ。

 妹と姉がいて、3人で1組の恋人関係を作っていて、その4人が全員美少女なんて、珍しいにもほどがある。


 だとしても、ロイはこの日常が気に入っていた。

 否、これで気に入らない方がおかしい。


 仮に4人の外見を考慮しなかったとしても、4人とも、性格までいい女の子たちなのだから。

 こんなにも性格のいい女の子たちに囲まれて、日常が充実しないわけがない。


 だからロイは思った。

 再三になるけれど、この世界に転生してよかった、と。


 叶うことならば、前世でもっと長生きしたかった。

 けれど、過ぎたことを気に病んでも、どうにもならない。


 だから『今』を、『この世界』を全力で生きよう。

 ロイはそう決意する。


(確か――シィは【聖約ハイリッヒ・テスタメント生命ヴィダー・ダス・再望】リーン・ツァールロストっていう魔術を引き合いに出して、クリスは日常の中での違和感を起点に話し始めたんだったよね。なら、それを参考にして――)


 だとしたら、この瞬間、ロイが一番にしなくてはならないことは決まっている。

 概論の執筆は、数分だけ後回しにしよう。


「アリス、イヴ、姉さん、聞いてほしい話があるんだ」


 まるで前回との対比だった。


 前回はシーリーンとクリスティーナに前世のことを指摘されて、消極的に前世のことを説明した。

 だけど今、ロイは積極的に前世のことを説明しようとする。


 生きることに前向きになれたのだろう。

 自分の人生を認められるようになったのだろう。


 そう思うと、ロイは少しだけくすぐったい感じがした。


 そして彼が自分の心を他人ひとに明かせるようになって――、

 ――そうして、いづれ最強に至る少年の道の第1部が終わるのだった。


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