1章13話 決闘のあとで、さらに決闘を――(2)



 別に、アリエルは自分の娘が誰から好意を抱かれようが、かまわないと考えていた。

 確かに娘から誰か、というのは都合が悪い。しかし誰かから娘、というのは都合がどうという以前に、想いを寄せる本人の自由だからだ。


 無論、片想いならともかく、両想いは認められないが……。


 しかしそれにしても、と、アリエルはレナードに見定めるような視線をやった。

 兎にも角にも、肝が据わっている。普通、娘の結婚が控えている貴族を相手に「あなたの娘に惚れている」なんて、なかなか言えるものではない。ロイとは方向性が違うが、彼も彼でまた、確かに見所があった。


「レナード君」

「アァ?」

「これ以上、言葉を交わす必要はないな?」

「当然」


 その瞬間、レナードは獣が牙を見せるように攻撃的な笑みを浮かべた。

 一方でアリエルも、それに苦笑して応じる。愚問だったな、と。


「「――往くぞ」」


 決闘が開始したのと同時、レナードはゴッッ!!! と、勢い良く地面を踏み砕き、前方に加速した。

 紫電のごとき燐光と、燃え盛る蒼い炎。それらを聖剣に充分すぎるほど充分に纏わせながら、彼はアリエル目掛けて雷光のごとく疾走する。


 一方でアリエルはなぜか、その場から動かなかった。

 しかし右手をレナードに向けて、彼に対して親指を人差し指を鳴らす。そしてそれを5回も繰り返した。


「――【魔術大砲】の五重奏クインテット!? けど……っ」

「ほう? すでに肉体強化の魔術をキャストしていたか」


 大きく左に跳躍することでレナードは【魔術大砲】の回避を試みる。

 だがしかし、それはアリエルにとって想定内のことだった。直線的な攻撃を撃ったのだ。横に逃げるのは当たり前である。


 ゆえに、次の一手はすでに決定していた。

 アリエルはそれを証明するように、左足をその場で2回足踏みさせる。


「なん、だと、ォォ!? 【零の境地】の詠唱零砕!?」

「これで【魔術大砲】を躱せないはずだ」


 轟々と重低音を響かせて迫りくる【魔術大砲】――。


 アスカロンで斬るか? 否、この聖剣で5つの対象を同時に斬ることはできない。ロイの斬撃舞踏を防げたのは、剣先が4つでも元を辿れば1つだからだ。


 実はレナードはロイの決闘を覗いていたが、彼のように【魔術大砲】に突っ込むか? 否、自分はあそこまで脳筋ではない。


 ならばもう一度、肉体強化の魔術をキャストするか? 否、なぜならば――、


「いいや、なにもしなくても躱せるッッ!」

「な、に……!?」


 間違いなくアリエルの【零の境地】は発動して、レナードの肉体強化の魔術は無効化されたはずである。

 だというのに、レナードの回避スピードが遅くなることはなかった。


 こともなく、レナードは肉体強化の魔術を無効化される前と同等の足の速さで、5つにも及ぶ【魔術大砲】を悉く躱し尽くす。

 そして最後にはその勢いを殺さずに、レナードはアスカロンを構えてアリエルに斬り込んだ


「チッ……」


 と、アリエルは忌々しげに舌打ちをした。瞬間、彼を守護するように【 光り瞬く白き円盾 】ヴァイス・リヒト・シルトが両者の間に展開される。

 しかしそのような壁1枚、アスカロンの敵ではない。


「ぶった斬れ! アスカロン!」


 レナードはアスカロンを力任せに魔術防壁に叩き込む。

 それと同時にアスカロンのスキル『確率の収束に抗う能力チカラ』が発動した。


 斬ったモノに対して統計的な偏りを有意なほどに連発させるスキル。

 結果、アリエルほどの魔術師が構築した魔術防壁でさえ、まるで新聞が破けるように呆気なく斬り裂かれる。しかも――、


(1つの対象に、スキルを同時に2つかける! まるで奇跡が起きたように防壁を壊せたあと、まるで奇跡が連発したように【光り瞬く白き円盾】の破片を光り輝かせる! これで相手の目を眩ませる擬似閃光玉としても成立するはずだ! そして俺は右目を瞑り、光が収まったら左目を瞑って右目を開く!)


 レナードの思惑通り、ガラスが砕けるような音が鳴り響き、完璧に魔術防壁が斬り裂かれた直後、光属性魔術の成れの果ては突発的な閃光を放った。

 次に光が収まったと同時に、使い物にならなくなった左目を瞑って、レナードは予め瞑っていた右目を開いてみせる。


「ハッ」


 と、アリエルが鼻で笑った気がした。恐らくレナードの思惑を察したのだろう。

 ただそれを踏まえた上で、意に介さずレナードは突撃を仕掛ける。ロイではあるまいし、まだアスカロンのスキルを暴かれていないはずだったから。


 けれど――、

 ――そこにはアリエルの姿はなかった。


「こっちだ」


 今、レナードは自らの戦術によって左目が使い物にならなくなっていた。つまり、左側は彼にとって絶対的な死角になっている。

 そして最悪なことに、その死角になっている左側からアリエルの声が聞こえたのだ。


 声の他には、パチンという指が鳴る音も。


「チィィ!!」


 十中八九、攻撃がくるのは左からだろう。

 左からくる攻撃を右に避けたのでは、距離を置くことができるだけで、射線から外れることはない。

 

 そして片目が使えない状態で後方に跳躍するのはあまりに危険だ。できないわけではないが、確実性に欠ける上に、無事に着地できても次の攻撃に繋げづらい。


 つまり、レナードに残されている回避ルートは前方しかなかった。

 迷っている時間はなく、必然、彼は前方に跳躍するしかない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る