1章8話 雑貨屋で、窓から誰かが――(2)



 先に前を歩いていたイヴとマリアが、振り返ってロイとシーリーンとアリスに教えてあげる。

 そして5人全員が揃うと、ふとロイはその雑貨屋さんを見上げた。


 やはり王都の建造物らしく石造りのそれで、ドアは温かみがある木製である。ドアの横に置いてあった看板には、グーテランドの文字で「ようこそ、雑貨屋・クレヨンの森へ! 21時まで営業中!」と書かれてあった。

 外見からわかるように3階建てで、この店を前々から知っていたマリア曰く「1階は雑貨、2階は文房具を売っているんですよね。3階は店長の家族のご自宅だそうですね」とのこと。


「いらっしゃいませ~」


 ドアを開けて入ると同時に、それの上の方に付けられていたベルが鳴った。

 その音に反応した30代ぐらいの女性が、店の奥のカウンターからロイたちに挨拶をする。


 店内は木とお日様の匂いがした。前世の文明を知っているロイからすると、かなりレトロスペクティブな雰囲気でオシャレに思えた。

 石畳の床に、木製のテーブルや棚。商品である小物でさえ可愛らしくてインテリアのように思えて、壁にはシンプルな額縁に入っていて、女の子が喜びそうなデフォルメされた天使のイラストが飾られてあった。


「お兄ちゃん、これ買ってよ!」

「ん? これって」


 入店早々、イヴがなにかを見つけてロイにおねだりしてくる。

 彼はそれを受け取って何気なしに口にした。


「ガラスでできた天使――のストラップか」

「ダメ?」


「しょうがないな。特別だからね?」

「やったぁ! お兄ちゃん、大好きだよ~っ!」


 イヴはロイに抱き付くと、彼の身体に顔を埋めてスリスリし始めた。

 すると、今度はマリアが近付いてきて、とある物を彼に見せる。


「栞? 姉さんはこれがほしいの?」


 栞と言っても、自宅で子どもでも作れそうな安物ではない。

 鉄製のフレームの内側に、青色とクリーム色、赤色とオレンジ色のガラスをはめ込み、海、砂浜、夕日、夕焼けを表現している高そうな栞だった。


「いえ、わたしが弟くんにプレゼントするんです」


 見る者全てを恋に落とすような可憐な笑顔で、マリアはそれをロイに渡した。

 ロイは思わず、それを反射的に受け取ってしまう。


「いいの、姉さん?」

「ふふ、プレゼントされるよりも、プレゼントしたい。愛されるよりも、愛したい。だから、受け取ってくださいね? 弟くん♪」


 と、その少し離れたところで――、


「シィは愛されたいかなぁ? アリスは?」

「ふぇ!? わ、私!? 私にはまだ早いけど……、そうねぇ、仮に誰かと結婚したら、私も愛されたいかなぁ?」


「みんなまだまだ子どもですねぇ」

「いや、実際に10代だし、その子ども相手にマウントを取っているお姉ちゃんの方が子どもなんだよ……」


 マリアは少しだけ肩をすくめた。

 確かにマリアはロイとシーリーンとアリスの3人と比べたら7歳も年上だ。だがイヴの言うとおり、いくら弟がいるとはいえ、『上位部』の生徒に『高等教育』の学生が混じっている時点で、彼女も実年齢と比べて少し大人気ない。


 ちなみに3人は『中等教育』の『上位部』の生徒だ。上位部と高等教育は別物なのである。

 さらにちなみに、イヴが在籍しているのは中等教育の下位部で修了まで4年間、ロイたちは前述のとおり中等教育の上位部で修了まで3年間、マリアも前述のとおり高等教育で修了まで4年間なのだ


(なんか、ボクの前世でいうイギリスの教育制度みたいだよね。微妙に差異があるけど、やっぱりここは本当に、西洋風のファンタジーみたいな世界なんだなぁ)


 ロイはマリアの年齢から、彼女の学年のこと、さらにそこからこの王国の教育制度を連想して、そういう感想に至った。

 ここがファンタジーらしい異世界だという認識を、ロイは久しく忘れていた気がする。


 それだけ、ロイが中世~近代の西洋風ファンタジーの住人になれた、ということかもしれない。


「ロイくん、2階にも行ってみない?」

「ていうか、イヴちゃんってノートを買いにきたんでしょ? なら、2階こそ本命じゃない」


「うぐ……アリスさんが厳しいよぉ」

「階段は奥の方ですね」


 少し離れた後ろから、ロイは女の子4人を眺めた。


 シーリーンとアリスは当然仲がいいし、イヴとマリアに至っては姉妹である。

 だが、そこで人間関係は完結していなかった。


 シーリーンとマリアは波長が合うのか話が長続きするし、アリスはしっかり者なので、イヴのことを見守ってくれている。

 なんとなく、ロイはその光景を眺めて、優しい気持ちになっていた。


(さて――)


 ボクも2階に行こうかな? と、心の中で言おうとした、その時だった。

 誰かが自分のことを見ている。そのような視線を感じた。


 バッ――と、勢いよく振り返るロイ。

 窓の外を見てみると、そこには黒いフードを被った何者かが立っていた。


 顔が見えないため、性別も種族も不明である。

 だがそれ以上に不明なのは意味だった。なぜか、黒いフードという怪しい風貌をしているのに、街を闊歩する人たちは誰もヤツに気付いていなかったのである。


 ロイの背中にイヤな汗が滲む。

 そしてその刹那、黒いフードの不審者はその場から走り去った。


(なんとなく、追いかけた方がいいよね?)


 そう判断したロイは、「ちょっと、少しだけ店から出るね?」「ロイくん?」「ちょっと、ロイ!?」というやり取りをして、店から出て走り始めた。


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