1章7話 雑貨屋で、窓から誰かが――(1)



「まぁ、実は頭の片隅ではわかっていたわ……」

「ん? アリス、どうかしたの?」


 アリスの嘆きに応えたのは、ロイではなくシーリーンだった。

 シーリーンは今、ロイの腕に抱き付いている。


 そんな彼女を視界に入れてしまい、なぜかアリスはモヤモヤした気分になってしまう。


「お姉ちゃん、雑貨屋さんってどこだっけ?」

「確か、4つ目の角を右に曲がったところですね」


「イヴ、慌てて転ばないようにね?」

「わかっているよ! わたし、もう子供じゃないよ?」


 ロイとシーリーンとアリス、そしてイヴとマリアの5人。

 彼らは今、カフェで紅茶やスイーツを楽しんだあと、イヴが新しいノートを買いたいということで雑貨屋に向かっていた。


 そう、先ほどのロイは「アリスと一緒に遊びたい」と言っただけで、2人きりでとも、デートとも、一言も口にしていない。

 アリスが勘違いしただけだ。


 もともと、最初はロイとシーリーンが2人きりで放課後デートする予定で、だから待ち合わせ場所を女神の像の前にして、最終的な行き先を夜景が綺麗なフリーデンナハト川にしたのである。

 これは今朝、寄宿舎を出る時点で決まっていた。


 で、寄宿舎を出る際に、シーリーンが優しい性格なので、お兄ちゃん大好きっ娘のイヴと、弟くん大好きっ娘のマリアを、2人よりみんなで遊んだ方が楽しい、という理由で誘ったのだ。

 それで寄宿舎に住んでいないアリスについては、最後、ロイは講義中に誘う、と。


「ロイくん、着々とハーレムを拡大させているね」


 シーリーンがロイにイジワルを言う。好きな男の子の困っている顔を見たいのだろう。

 目論見どおり、事実、ロイは慌ててしまい反応に困る。


「えっ、シィ、もしかして怒ってる……?」

「あはっ、冗談だよ♪」


 にっ、と、笑みをこぼすシーリーン。以前と比べて表情が明るくなって、性格もポジティブになってきた。それは、ロイやアリスの気のせいではない。

 間違いなくそれはいいことのはずなのに、アリスは唐突、子供っぽく頬を小さく膨らませて、ロイに突っかかった。


「ロイ! ハーレムってどういうこと? そんなの……風紀が乱れるじゃない!」


「そんな、ハーレムなんかじゃないよ。確かにシィとは恋人同士だけど、イヴは妹だし、姉さんは姉だし、アリスだって友達でしょ?」


「うぐ……、友達って……」


 自分でもよくわからないぐらい傷付いてしまうアリス。

 同時に、彼女は自分のロイに対する言動を、よくよく思い返す。何度もロイに好きって言った。だがしかし、その度に、今の関係が居心地よかったから変化させたくなくて、友達として! と、予防線を張り続けた。


 そう、友達として、と、最初に言ったのは自分の方だ。

 理由としては、変に異性として意識させないように、同じくしないように。上から目線の言い方だが、勘違いされないように、自分の方もしないように。


 なのになぜか、今は、少し悲しくて、少し寂しくて、胸が苦しくなってしまう。


(なんで私、素直になれないんだろう……?)


 と、思った次の瞬間、アリスはハッ、として頭を振る。

 違う。素直になるってどういうこと? なんで素直になる必要があるの? と。


 そしてアリスが吹っ切れた感じで顔を上げると、そこにはロイの顔が。


「~~~~っ!?」

「大丈夫? 具合悪いの?」


 ロイはアリスの額に自分の額を当てる。体温を比べて熱を測っているのだ。


 アリスの髪から女の子の匂いが。

 触れているわけでは断じてないが、自分の唇とアリスの唇がすぐ近くに。


 しかしそれ以上に気になることとして、アリスの蒼い瞳は潤んでいて熱っぽいし、エルフ特有の透き通るような白の肌、頬が赤らんでいる。

 結果、ロイはますます心配になってしまった。


「だ、大丈夫よ! 家に帰ったら自分でヒーリングするし、薬も飲むし!」


 恥ずかしくなって、アリスはロイのことを両手で押し返した。

 一先ず距離は取れたものの、アリスの心臓はうるさいほどバクバク高鳴ってしまう。


「むぅ、ロイくん? アリスが心配なのはわかるけれど、シィがいるのに、そんなに他の女の子にくっ付いちゃダメだよ?」

「ゴメン、シィ。あっ、でも――」


「なぁに?」「なにかしら?」

「シィとアリスって、前より仲良しになってきたよね? シィ、今、アリスのことをすごく親しげに名前で呼んだし」


 ロイが言うと、シーリーンはロイからいったん離れて、今度はアリスに抱き付いた。

 仲のよさを知ってほしいのか、シーリーンはアリスの頬を自分の頬でスリスリする。


 満面の笑みを浮かべるシーリーンに、照れくさそうにはにかむアリス。

 女の子同士の清らかで親しげなコミュニケーションの周りには、気のせいか、百合の花が咲いている気がした。


「うん、アリスとは一緒に講義を受けることもあるし、それにアリスって、けっこう過保護なんだよ?」

「ちょ、ち、違うわよ。シィはこの前まで不登校だったんだから、他の学生よりも一番心配するのは当たり前でしょ? それに、過保護じゃなくて面倒見がいい、って、言ってよね」


「ふ~ん」 と、ニヤニヤするシーリーン。

「な、なによ……? わ、私はただ、風紀を乱す男子が許せなくて、だからシィを守っているだけなんだから……」


 素直になれないアリスを眺めて、なんとなく、ロイは微笑ましい気分になった。

 シーリーンの方も、変化が急すぎる気もするが、それだけ友達ができて嬉しいのかもしれない。

 そして意外と、アリスよりもシーリーンの方がイジワルしちゃう側らしい。


「お兄ちゃん、着いたよ」

「ここが雑貨屋さんですね」


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